■大幅に下がった空母の稼働率
アメリカ海軍は依然として航空母艦中心主義を堅持している。この歴史については後述するが、アメリカ海軍は空母打撃群(航空部隊を積載した原子力空母を中心に、前方警戒に当たる1~2隻の攻撃原潜、空母周辺の警戒に当たる1~2隻のイージス巡洋艦、2~3隻のイージス駆逐艦、それに1~2隻の戦闘補給艦で編成される空母艦隊)を表看板に掲げている。
ところがアメリカ海軍の大黒柱とされるこの航空母艦が、稼働率の大幅な低下という危機的状況に直面しているため、海軍関係者はもとより連邦議会でも安全保障上深刻な問題としてとりあげられている。
現在米海軍は空母を11隻運用している。うち1隻の最新鋭艦ジェラルド・R・フォード(CVN-78)が2017年7月に米海軍に引き渡され、当初の予定では2020年中には実戦配備が開始されることになっていた。
ところが、CVN-78に装備された世界初の電磁カタパルト式航空機発艦装置、先進型航空機着艦制御装置、先進型兵器用エレベーター、デュアルバンドレーダーシステムなどに不具合が見つかった。それに加え、動力システムにまで不調が生じてしまった。そのため、就役早々15カ月にわたる大規模メンテナンスが必要となってしまった。
ようやく長期にわたるメンテナンスが完了したものの、最新型航空機発艦装置や航空機着艦装置の問題点が解消しないため、CVN-78では最新鋭F-35Cステルス艦上戦闘機を運用することは不可能になった。いまだに先進型兵器用エレベーター11基のうち、作動するのは4基といった状態である。そのため、CVN-78が実戦に投入可能になるのは24年にずれ込むというのが海軍当局の見通しである。
ここで米海軍がなぜこれほどまでに空母中心主義になったのか、歴史的背景を押さえておきたい。
■太平洋戦争での「成功体験」
78年前の1941年12月8日(米国時間、12月7日)、大日本帝国海軍(以下、日本海軍)が真珠湾攻撃を敢行した。
強大な国力を持つアメリカと一戦を交えるために日本海軍が生み出した戦術は、航空母艦を中心に据えた遠征艦隊(機動部隊)で、アメリカ太平洋艦隊の本拠地パールハーバー基地のあるハワイ・オアフ島に隠密裏に接近し、空母艦載機による奇襲攻撃を実施するというものだった。
日本海軍の奇襲作戦は成功し、アメリカ太平洋艦隊の戦艦をはじめとする主力戦闘艦は全滅した。大損害を受けたアメリカ海軍は、航空母艦の威力を思い知らされた。ただしこの時、日本側が撃ち漏らしたターゲットがあった。パールハーバーを本拠地にしていた3隻の航空母艦は、たまたま攻撃の日に全て基地を留守にしていたのだった。
その後も日本海軍の機動部隊はオーストラリア北部の海軍拠点ポートダーウィンを襲撃したり、セイロン沖海戦でイギリス海軍に痛撃を与えたりとめざましい活躍を重ねた。ますます航空母艦の重要性を認識したアメリカ海軍は、航空母艦の建造スピードを加速させた。だが、軍艦は数カ月で生み出せるわけではなく、太平洋艦隊の空母戦力が強化されるには42年12月まで待たねばならなかった。
真珠湾攻撃からおよそ5カ月経った42年4月18日、アメリカ軍は快進撃する日本軍に対する士気を高めるために、本州に接近した米海軍航空母艦ホーネットから米陸軍爆撃機16機を発進させ、東京をはじめ日本各地を爆撃した。この特攻作戦(ドゥーリットル襲撃)の成功で米海軍は一層、航空母艦重視の姿勢を強化した。
引き続いて42年5月7~8日には、史上初の空母部隊同士の海戦(珊瑚海海戦)が日米両海軍の間で戦われた。双方ともに航空母艦1隻を失い、太平洋で対峙する日米の航空母艦戦力は、日本海軍が10隻、アメリカ海軍が3隻と、日本側が圧倒的に優勢だった。
このような状況下で、日本海軍がアメリカ空母戦力を全滅させアメリカ太平洋艦隊を無力化するためのミッドウェー作戦が発動された。戦力では劣勢だったアメリカ海軍だが、情報戦では完全に優位に立っていた。戦闘に突入すると、状況に即応する臨機応変さでも凌駕し、日本海軍機動部隊の虚を突くことに成功した。珊瑚海海戦より規模の大きな空母部隊同士(日本4隻対アメリカ3隻)の激戦となり、アメリカ側は1隻を失ったが、日本側は出動した4隻の航空母艦全てを喪失した。
この海戦後もしばらくは日本海軍の戦力がアメリカ海軍の戦力を上回ってはいたものの、著しく士気が高まったアメリカ海軍が優勢に転じた。結局、44年10月23~25日のレイテ沖海戦で、日本海軍の戦力は実質的に壊滅した。したがって、アメリカ海軍にとってミッドウェー海戦は、日米戦争のターニングポイントになった「歴史に残る大手柄」と位置づけられている。
このようにミッドウェー海戦の主役が航空母艦であり、その後の太平洋での日本海軍との戦いでも、航空母艦が中心的役割を果たしたことから、その後のアメリカ海軍は航空母艦中心主義に凝り固まっていったのである。
太平洋での日米両海軍の死闘が終息した後、75年近くにわたって空母艦隊同士の海戦は勃発していない。しかし、アメリカ海軍は朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争などの大規模な戦争だけでなく小規模軍事介入の多くでも空母艦隊(現在は空母打撃群と呼ぶ)を派遣し、海軍(ならびに海兵隊)航空戦力を投入し続けている。戦闘に至らずとも、政治的圧力を強烈にかける必要がある場合(たとえば1996年の台湾海峡危機など)には、空母艦隊を派遣して軍事的に威嚇する砲艦外交の主力に用いている。
米海軍は現在のところ航空母艦11隻を運用しているとは言え、24年までは実戦や訓練に投入できる航空母艦が10隻に留まる状態が続く。それら10隻の航空母艦うち、5隻はアメリカ東海岸(ノーフォーク基地)を、4隻はアメリカ西海岸を(ブレマートン基地、サンディエゴ基地)、そして1隻は日本(横須賀基地)をそれぞれ本拠地としている。
それらのうち、実戦運用中の空母は横須賀を母港とするロナルド・レーガン(CVN-76)と、現在アラビア半島周辺海域で作戦中のエイブラハム・リンカーン(CVN-72)の2隻だけである。ただしCVN-72は、交代予定だったハリー・S・トルーマン(CVN-75)が故障して修理が必要となり、作戦展開期間が大幅に延長されてしまった。そのため、新しい母港のサンディエゴに帰還した後には、長期にわたるメンテナンスが必要になると考えられている。残り8隻のうち4隻は大がかりなメンテナンス状態であり、4隻は作戦出動後の整備あるいは作戦出動に向けての整備と乗員の訓練中といった状態である。
以上のような空母稼働数の劇的低下という状況に陥った最大の原因は、海軍工廠(こうしょう)と民間造船所を含んだアメリカ国内における造艦・メンテナンス能力の不足にあるといえる。このような海軍関係ロジスティックス能力の低下は量的なものだけではなく、質的にも深刻であるという調査結果も数多く提示され、アメリカの国防上、深刻な問題となりつつある。
米海軍が、これまで表看板にしてきた空母打撃群戦力の要である原子力空母そのものの運用状況がこのように貧弱な状態であるということは、アメリカの国防にとってはもとより、アメリカの軍事力の庇護を大前提にした国防政策しかない日本にとっても、極めて憂慮すべき事態だ。
そして、空母稼働数の劇的低下という問題に加えて、米海軍の空母中心主義そのものへの大きな疑義が浮上している。それは、アメリカ国防政策が中国とロシアを主たる仮想敵に据えたことに伴い、戦略環境の変針と、軍事技術の急激な進化に対応する形で、一部の海軍戦略家や米海軍関係者が唱え始めているものだ。米海軍の空母中心主義に対する疑義については、次回の本コラムで取り上げたい。
アメリカ海軍が運用中の航空母艦(2019年12月1日現在)
【日本に母港がある空母】
ロナルド・レーガン(CVN-76)
母港:横須賀
作戦行動から横須賀に帰還し待機中
【アメリカ西海岸に母港がある空母】
カールビンソン(CVN-70)
母港: ブレマートン(ワシントン州)
ピュージェットサウンド海軍工廠のドライドックで長期メンテナンス作業中
ニミッツ(CVN-68)
母港:ブレマートン(ワシントン州)
サンディエゴで訓練中
セオドア・ルーズベルト(CVN7-1)
母港:サンディエゴ(カリフォルニア州)
整備・訓練中
エイブラハム・リンカーン(CVN-72)
母港:ノーフォーク(ヴァージニア州)からサンディエゴ(カリフォルニア州)に変更
現在アラビア海で作戦行動中、間もなく新たな母港であるサンディエゴに帰還する予定だったが展開延長中、現在アラビア海で戦闘作戦中
【アメリカ東海岸に母港がある空母】
ジョージ・ワシントン(CVN-73)
母港:ノーフォーク(ヴァージニア州)
ドライドックで大規模メンテナンス中
ジョージ・H・W・ブッシュ(CVN-77)
母港:ノーフォーク(ヴァージニア州)
ドライドックで28カ月メンテナンス中
ドワイト・D・アイゼンハワー(CVN-69)
母港:ノーフォーク(ヴァージニア州)
ノーフォークで待機・整備中
ジョン・C・ステニス(CVN-74)
母港:ノーフォーク(ヴァージニア州)
ノーフォークで大規模メンテナンス開始を待機中
ハリー・S・トルーマン(CVN-75)
母港:ノーフォーク(ヴァージニア州)
緊急修理が完了し、大西洋で訓練中
【2024年まで実戦投入ができない空母】
ジェラルド・R・フォード(CVN-78)
母港:ノーフォーク(ヴァージニア州)