過去、テレビ討論会の視聴者は両党の熱心な支持者に限られ、大統領選にそれほど大きな影響は与えないと言われてきた。ところが、6月27日に行われた第1回テレビ討論会で、バイデン大統領の高齢化が浮き彫りになり、候補者の交代に至った。米国の有権者が改めて討論会に関心を寄せるなか、今回の大きな注目点の一つは「ハリス氏とは一体どんな人物なのか」という点だった。
渡辺氏によれば、ハリス氏には世論の支持におもねる、ポピュリスト的な傾向がうかがえる。
リベラルな空気が強いカリフォルニア州選出の上院議員時代は、気候変動問題で地球温暖化ガスの排出を厳しく制限する政策を支持し、警察予算削減の政策も支持した。ところが、バイデン氏の副大統領候補に指名されたころから、政策を中道寄りに修正。8月の民主党大会では、パレスチナ自治区ガザを巡る情勢で、イスラエルとパレスチナのどちらにも配慮した発言を繰り返した。
ハリス氏は討論会で、自らが抱える政策の矛盾について「価値観は変わっていない」と主張。一例として、反対の立場から容認に転じた、フラッキング(水圧破砕法を使ったシェールガス・石油の開発)について過去の主張に触れず、推進する現在の政策だけを語った。
ただ、渡辺氏は「ハリス氏の最大の弱点である政策シフトについて、トランプ氏は十分に追及できなかった」と語る。
実際、討論会でトランプ氏のイメージがやや悪化した一方、ハリス氏に対するイメージは改善した。討論会前後に実施したCNN・SSRS世論調査によると、討論会を視聴した投票者のうち、トランプ氏を好意的に見ると回答した人は、討論会前に41%いたが、討論会後には39%に減った。ハリス氏は同調査で39%から45%に上昇した。
討論会を巡る事前調整では、マイクはそれぞれの発言時以外は基本的にオフになり、トランプ氏の「不規則発言」を引き出そうとしたハリス氏陣営の思惑通りにはならなかった。
しかし、ハリス氏はトランプ氏がこだわる大規模な支持者集会で「途中退席者が多い」などと指摘すること、外交政策で脆弱であること、親から多額の贈与を受けたとされるトランプ氏と中流階級出身の自身との違いなどに言及することで、トランプ氏をいら立だせることに成功した。渡辺氏は、トランプ氏の「口撃」に対するハリス氏の受け答えについて「ハリス陣営は明らかに対策を練り、弱点を追及される度に話題をそらしていました。同時にトランプ氏をいら立たせるネタを多数用意していました」と評価した。
ニューヨーク・タイムズ紙などによると、ハリス氏陣営は先週、テレビ討論会が行われる激戦州ペンシルベニア州内のホテルで「模擬討論会」を開き、準備に余念がなかったという。2016年大統領選で民主党候補だったクリントン元国務長官が模擬討論会を行ったとき、「トランプ氏役」を演じたクリントン氏の元側近フィリップ・レインズ氏も再びトランプ氏が常に着用している濃紺のスーツに赤のネクタイを結んで参加。特訓を重ねたという。
米大統領選の情勢は、ハリス氏とトランプ氏が競り合う状態が続いている。米政治専門サイト「リアル・クリア・ポリティクス」の世論調査平均値(2024年9月11日時点)では、ハリス氏がトランプ氏を1ポイントほどリードしているが、誤差の範囲内だ。
渡辺氏によれば、ハリス氏が大統領候補になってから、黒人らのマイノリティー層、若年層の支持を回復したものの、民主党支持層からの支持の広がりはいま一つだという。ハリス氏は現時点で、2020年大統領選でのバイデン氏の支持率に劣る。ハリス氏陣営は激戦7州のうち、「ラストベルト(さびついた工業地帯)」と呼ばれる東・中西部3州で勝利するのが、勝利への一番手堅い戦法と位置付けている。
3州のうち、ウィスコンシン、ミシガン両州ではハリス氏の支持が上回っているが、ペンシルベニア州では接戦が続いている。渡辺氏は「ペンシルベニア州をハリス氏が落とした場合、大統領選を制することが非常に難しくなります。ペンシルベニアはどうしても落とせない州なのです」と語る。
11月5日投開票の大統領選まで残り2カ月を切った。渡辺氏は今後の展開について「大統領選までで命取りにもなりかねなかった討論会をハリス氏は乗り切ることができましたが、引き続き、接戦であることには変わりません。トランプ氏をはじめ共和党がハリス氏の政策の矛盾などについて攻撃を強めるなか、大統領選までハリス氏を取り巻く高揚感が続き、民主党内の結束が維持されるかどうかが重要なポイントになります」と語った。