1. HOME
  2. World Now
  3. 揺らぐ治安、いらだつ難民希望者、それでもニューヨーカーが待ちわびる夏の到来

揺らぐ治安、いらだつ難民希望者、それでもニューヨーカーが待ちわびる夏の到来

World Now 更新日: 公開日:
メモリアルデー(祝日)の週末、ハドソン川沿いの公園の芝生でくつろぐ人々
メモリアルデー(祝日)の週末、ハドソン川沿いの公園の芝生でくつろぐ人々=2024年5月26日、ニューヨーク、ロイター

ニューヨークにまた夏がやってくる。夏は世界中からの観光客が押し寄せ、摩天楼ならではのヒートアイランド現象も気にせず、楽しげに街中を歩く。ニューヨーカーも「暑い、暑い」と言いながらニューヨーク名物、連日の屋外無料コンサートに出掛けては思いっきり楽しむ。その一方でコロナ禍が残した経済的打撃は今も残り、街の中心部にすら空き店舗が目立つ。ダメージは低所得者層に一層重く、ホームレスが増加し、地下鉄構内での犯罪も激化。同時にアメリカ南部国境からの難民希望者が大量に押し寄せ、市行政は対応に苦慮している。混沌のニューヨークの今を解説する。(堂本かおる=ニューヨーク在住ライター)

人口が減り、埋まらない空き店舗

ニューヨークのあちこちで見掛ける空き店舗。今は市内全店舗の11%にもなっている。

理由は諸説ある。一つには市の条例が厳しく、コロナ禍に閉店した路面店舗に、業種によっては出店したくともできないのだという。

昼間人口の減少も大きな理由だ。コロナ禍が終わった今も多くの企業が部分的であれリモート勤務を続けており、以前ほどの通勤者がいなくなった。朝にコーヒーをテイクアウトする人、ランチを外食する人、仕事帰りにショッピングをする人が減ったのだ。

そもそもニューヨーク市の人口自体が減った。コロナ禍前には880万人とも言われたが、初期に感染爆心地となり、多くのニューヨーカーが出て行った。戻ってきた人も少なからずあったが、最新データには800万人をわずかに切ったとするものさえある。人口80万人の減少は消費経済に大きく影響しているのではないか。

マンハッタンのチェルシー地区の空き店舗
マンハッタンのチェルシー地区の空き店舗=2024年5月24日、ニューヨーク、ロイター

相次ぐ閉店と倒産 苦境のドラッグストア

閉店舗の中でも特に目に付くのが、ドラッグストアだ。

全米最大手のドラッグストア・チェーン「CVS」は、2018年から今年末までにかけて全米で1100店舗以上を閉店。2位のウォルグリーンも同様に続々と閉店が続き、3位のライト・エイドに至っては昨秋に破産申請を行っている

ドラッグストアの閉店にも複数の理由が絡み合っている。以下は筆者自身の「CVSとの蜜月と別れ」の物語だ。

コロナ禍が始まる前、シャンプーなどトイレタリー製品を含む日常生活用品の多くは最寄りのCVSで買い、トイレットペーパーなどかさ張る商品のみをアマゾンで注文していた。

コロナ禍の期間は外出を可能な限り減らすため、CVSで買っていた商品のほとんどをアマゾンでの購入に切り替えた。

この間、CVSに出向いたのはコロナ・ワクチンの接種時のみ(アメリカでは特設専用会場やクリニックに加え、各ドラッグストアにて接種が行われた)

やがてコロナ禍は終了するも、アマゾンで割引のあるサブスク設定にした日常生活用品はそのままアマゾンから購入を続けた。

それでも、まれに必要なものが出てCVSに出掛けると、多くの商品が鍵付きの棚に並べられており、店員を呼んで鍵を開けてもらわねば買えなくなっていた。棚に収納される商品は行くたびに増え、もはや自由に買い物ができる状態ではなくなってしまった。これが理由でCVSに足を踏み入れることはほぼ皆無となった。

盗難防止のために鍵のかかった棚に陳列された大手メーカーの洗濯用洗剤
盗難防止のために鍵のかかった棚に陳列された大手メーカーの洗濯用洗剤=2023年7月3日、ニューヨーク、ロイター

「万引き」と呼べない大規模窃盗が横行

鍵付き棚の理由は「万引き」だ。ニューヨークだけでなく、全米のあちこちで今、万引きとは呼べない規模の大量窃盗が堂々と行われている。1人、またはグループで店内に入り、店員や他の客がいても一切かまわず、手に持てるだけ、もしくは持参の大きなバッグ、またはショッピングカートに入るだけの商品を詰め込み、そのまま出て行く。

筆者もCVSでの買い物中に遭遇したことがある。CVSの従業員は、事故や負傷を防ぐために犯人に手出しをしてはならないことになっており、その時も若い男性店員はいかにも悔しそうに窃盗犯をにらむだけだった。

盗まれた商品は個人使用だけでなく、路上で売られたり、"元締"に渡してネット販売もされたりしている。

つまり、ドラッグストアは買い物客が減った上に、万引きで膨大な損失を出し、その予防策の鍵付き棚が理由でさらに客を減らしているのだ。

ちなみにドラッグストアの閉店が相次いでいるのは、ほとんどが黒人やラティーノの多い低所得地区だ。こうした地区に加入者の多い低所得者対象の公医療保険は、薬を販売した際のドラッグストアへの還元率が低い。つまり、全体の損失を少しでもカバーするために、利益率の低い地区の店舗を閉鎖しているのだ。普段から何かにつけて不便を強いられている低所得地区の住人は、新たに「近所にドラッグストアがない」という不便を強いられつつある。

メキシコ国境を部分封鎖、大統領選近づき寛容政策を転換

6月4日、バイデン大統領がアメリカ-メキシコ国境を部分閉鎖する大統領令を発令した。有効なビザを持たない難民申請希望者の入国を停止するというものだ。

ニューヨークのエリック・アダムス市長(民主党)は、この政策を難民希望者の流入を「スピードダウンさせる」と歓迎した。ニューヨーク市には大統領令が出された週だけでも1200人の新規流入者があったのだ。

再立候補に際し、高齢であることが危惧されているバイデン大統領
再立候補に際し、高齢であることが危惧されているバイデン大統領=2022年4月4日、ワシントン、朝日新聞社

アメリカの移民法では原則、有効なビザを持たずに国境を超えた者も、入国後に難民申請を行うと裁判所での難民認定もしくは却下までの期間、米国内に留まれる。ただし過去から現在に至る申請者の数があまりにも多く、裁判所への出頭まで何年もかかっており、その間、申請者は労働許可証を得てアメリカ国内で働きながら生活することとなる。

前トランプ政権は難民希望者に非常に厳しい政策を採った。そのため、移民に寛容とされる民主党からバイデン大統領が就任するや、新たな希望を抱いた難民希望者が以前にも増して殺到するようになり、バイデン政権の予想をはるかに上回る数となった。

それでも難民希望者の入国を認めてきたバイデン大統領だが、11月に迫った大統領選への対策もあり、国境の部分閉鎖に踏み切ったのだった。

ニューヨークの街にあふれる難民希望者

2022年、国境に接するテキサス州のグレッグ・アボット知事(共和党)は同州にあふれる難民希望者をバスに乗せ、移民への寛容策を持つ「聖域都市」と呼ばれる他州の都市へ送り付け始めた。

その最大のターゲットとなったのがニューヨーク市だった。

人口800万人のニューヨーク市に過去2年間で20万人もの難民希望者がやってきた。同市の条例に「誰にでも宿泊場所を提供する」の条項があり、かつホームレスの定義が「自身の住所を持たない人」であることから、市は難民希望者にもシェルターを提供している。

とはいえ、市内に新たなシェルターを建設できる土地はほとんど残っておらず、多くのホテルがシェルターに転用されている。ここから観光客向けのホテルが不足する事態も起きている。

ニューヨーク市最大のホームレス支援NPO、Coalition for the Homelessによると、難民希望者の流入が始まる前は6万人だったホームレス・シェルター入所者は現在約15万人。友人宅や親族宅に寝泊まりしている推定20万人超、これも推定の野宿者数千人を合わせると、実に35万人以上が「ホームレス状態」にある。

市行政は過去2年間に46億ドル(約7300億円)を難民希望者支援に使い、その結果、公立学校などの予算がカットされた。

市長は首都ワシントンD.C.に何度も出向いて難民支援の費用だけでなく、難民希望者への就労許可証発行のスピード化も陳情した。移民法は連邦政府の管轄であり、市長の権限ではなんともできない部分なのだ。

それでも市長は長期滞在もしくは永住が予想される難民申請者に「市民」としての生活を提供しなくてはならない。それが当事者だけでなく、彼らと共生していくニューヨーク市民にとっても生活の場の安定につながるからだ。

労働許可が下りない難民申請者の中には不法就労をしている人たちがいる。シェルターには入れても、着るものや身の回り品が必要だ。食事も配給されるものだけでは足りない。市民から寄付金や古着を募り、難民希望者に手渡している団体もあるが、足りてはいない。また、難民申請料金が払えない人も多い。そうした理由から地下鉄車内でお菓子を売り歩く子供たちがおり、問題視されている。

対応に苦慮する行政、子供や若者の就学や就労

難民希望者家庭の子供たちはシェルター近くの公立学校に編入しているが、ESL(英語を母国語としない子どもたち専用のコース)、スペイン語対応の問題が発生している。

難民希望者はメキシコとの国境を越えてはくるが、その多くがベネズエラ人だ。彼らも含めて全体の9割近くがラティーノ(中南米出身のスペイン語話者)であり、他にごく少数の黒人(アフリカ諸国、カリブ海諸国の出身)、白人(出身国未詳)、中国人も含まれる。

ニューヨーク市はそもそもラティーノ人口が多く、スペイン語話者の教員も多いが、急激な難民希望者の流入に学校は対応し切れていない。しかし子供への英語教育を怠れば、近い将来の貧困層増加、そこからの犯罪増加は火を見るより明らかだ。

ニューヨークのクイーンズ地区にある亡命申請者用の保護施設周辺。近くの小学校へ子供を送り迎えする人たち
ニューヨークのクイーンズ地区にある亡命申請者用の保護施設周辺。近くの小学校へ子供を送り迎えする人たち=2023年10月6日、朝日新聞社

事実、中心部から離れた場所に設置されたシェルターに入所した、特に若い男性たちが事件を起こし始めている。難民申請がなかなか進まない、働けない、することがない、タイムズスクエアなど繁華街に出てみても現金がなければ何も楽しめない...... これらが積み重なった若者たちが衝突、けんか、もしくは犯罪に走り、傷害事件にまでなってしまうのも想定済みだった。

6月初頭には同市クイーンズ区の、ホテルを転用したシェルターに入所していた19歳の若者が警官2人を撃つ事件が起こった。犯人は道路を原付きバイクで逆走していたところをパトロール中の警官に呼び止められ、徒歩で逃走した後に不法所持の銃を取り出して発砲。警官1人の脚に当たるも命に別条はなかった。逮捕後、犯人は近隣地区で起こった複数の強盗事件と関係していたことが発覚。

このように重罪を犯した者は通常、強制送還となる。

犯人はベネズエラ人だった。ベネズエラからメキシコに到達するには、闇の移民斡旋業者に高額の料金を払い、パナマに広がる「デリアン・ギャップ」と呼ばれる深く危険なジャングルを歩き抜く必要がある。季節によるが、1週間から10日間ほどかかり、命を落とすこともある。その行程をサバイバルし、ようやく到着した目的地アメリカで罪を犯し、暴力が蔓延する祖国に送り返されるのだ。

ニューヨーク市は6月末に夏休みが始まる。9月初頭までの長い夏休みを、難民希望者の子供たちは、仕事のない若者たちは、一体、どう過ごすのだろうか。

重大犯罪が相次ぐニューヨークの地下鉄

3月初頭、ニューヨーク州のキャシー・ホーコル知事は、ニューヨーク市内の地下鉄に州兵隊など1000人を配備すると発表した。地下鉄車両内や駅構内での凶悪犯罪が続いた中、決定打となったのは車掌が襲われた事件だった。

2月末、ブルックリンの駅を発車しようとしていた車両の車掌が、規定通り、車掌室の窓から安全確認のために頭を出した。その瞬間、何者かが車掌の首を刃物で切り付け、逃走した。車掌は34針縫う重傷を負った。

ショッキングな事件ではあったが、今年1〜3月の地下鉄での犯罪件数は538件と昨年同時期とほぼ同じ。多くは無賃乗車であり、NBCニュースは「地下鉄での暴力事件はまれ」「地下鉄での殺人は2022年の10件から2023年は5件に減っている」と報じたが、この数字を市民は「安全」とは感じない。

理由は、地下鉄を徘徊する精神疾患を持つホームレスの人々だ。

地下鉄に頻繁に乗ると、かなりの率で不審なそぶりの人を見掛ける。ゴミ袋に詰めた大きな荷物を抱えて座席で横になって寝ているだけならニューヨーカーは全く気にしない。だが、大きな声で意味の通らないことをしゃべり、車両内をウロウロと歩き続ける人とは目を合わせないようにしながらも警戒心を怠らない。

実のところ、精神疾患者の多くは他者に危害を加えないが、母数が多いと事件が起こることもある。

市の社会福祉課の巡回職員が地下鉄で初めて覚知した(それまでの記録に名前が残っていなかった)ホームレスの人数は、2021年の1766人から、2023年には2倍の3527人に増えていた。シェルターを拒み、地下鉄に寝泊まりする人の多くは何らかの精神疾患を抱えている。まだ逮捕されていないが、上記の理由もなく車掌を切り付けた人物も何らかの精神疾患を持っているものと思われる。

ニューヨーク市の地下鉄
ニューヨーク市の地下鉄=2020年4月30日、朝日新聞社

3月末にはマンハッタンの駅で突き落とし殺人が起こった。プラットホームにいた24歳の男性が54歳の男性を線路に突き落とし、被害者は列車にひかれて亡くなった。反対側のホームにパトロール警官がいたが、なすすべはなかった。

加害者と犠牲者の双方が精神疾患もしくは麻薬中毒、かつホームレス経験者だった。犠牲者は麻薬中毒を克服し、ホームレスから脱して自身のアパートに移ったばかりだった。しかし加害者は昨年から少なくとも6回ほど精神疾患による入退院を繰り返し、ホームレス・シェルターの担当者に暴行を働いて逮捕されたこともあった。

州知事による州兵隊の配備は乗客に視覚的な安心感を与え、犯罪の抑制に役立ったのも事実だ。しかし500近くある全駅のホームの端から端に、または全ての車両に配備することは不可能。解決策は精神疾患患者の保護と治療以外になく、そもそもホームレスは貧困に由来することから、根源的には貧困をなくすしかないと言える。

このように厳しい状況ではあるが、ニューヨークには人の情もある。

首を切られた車掌は車掌室にあるアナウンス用のマイクを使って自ら助けを求めた。それを聞いた医者である乗客が駆け付け、救急隊の到着まで止血を行った。後日、車掌は「あのドクターは天使です。彼がいなければ私は死んでいました」と語った。

「エンジョイ・サマー!」

いくつもの難題を抱えるニューヨークだが、歴史的には大幅に治安が改善していると言える。治安が最悪だった時代の最終期と言える1990年、殺人事件の被害者は年間で2262人だった。それが昨年は391人まで減り、今年も現在のペースのままだと300人を下回りそうだ

この数値をどう解釈するかは意見の分かれるところだが、ニューヨーカーは今年も夏を楽しむ。恒例の無料の屋外コンサートはクラシックからジャズ、ロック、ヒップホップ、民族音楽まで、あらゆるジャンルが毎日開催される。映画の上映会もあれば、講演会やヨガなどのアクティビティーもある。美術館の多くは「任意の入館料」制度となっており、自分の財布と相談した金額を出せば済む。

コロナ禍の数少ない恩恵として、レストランは今も歩道のテーブル席を許可されている。夏の宵に道をそぞろ歩くニューヨーカーを眺めながらワインを飲み、食事を楽しめるのだ。

以下、代表的な無料イベントを紹介して今回の記事を締める。

ニューヨークのサマーイベント(2024年、筆者調べ)