歴代米大統領のうち、料理に関心を持っていたのはほんの一握りにすぎない。
第34代大統領のドワイト・アイゼンハワー(1953~61、訳注=以下、大統領名に続く数字は在任期間)はステーキを直接炭火に載せて焼く手法を広めた。第39代ジミー・カーター(1977~81)は田舎料理の腕前に自信を持っていた。第16代エイブラハム・リンカーン(1861~65)はエプロン姿になったことで知られる。
しかし、大統領の座にこれほど近い歴代候補のなかで、現副大統領で民主党候補カマラ・ハリスほどの料理の腕を持つ者はいない。前大統領の第45代ドナルド・トランプ(2017~21)がゴルフ場でくつろぎ、そこを政治の舞台裏として利用するのと同じように、ハリスはキッチンを使っている。
「ハリスほど料理が持つ力を知る政治家はいないのではないか」とアレックス・プルドームはいう。「Dinner With the President : Food, Politics, and a History of Breaking Bread at the White House(大統領との晩餐〈ばんさん〉会:ホワイトハウスの料理と政治、そして食事会の歴史)」の著者だ。
ハリスは料理動画を選挙運動に利用し、飢えや農場労働といった食料問題にとくに関心を注いできた。それだけでなく、瞑想(めいそう)する方法としても料理を活用する。
「ほかのことは、すべてめちゃくちゃに大変でもいい。1週間に6回、飛行機に乗ったって構わない。そんな中で平常心を保てるのは、日曜の晩ご飯を家族のために作るからだ」。ハリスは上院議員(カリフォルニア州選出)だった2018年に、ニューヨークのオンライン誌The Cutにこう語っている。「私にとって料理をするということは、『私は自分の人生のかじを握っている』と実感することでもある」
食べ物は、長らく政治の小道具になってきた。候補者がお気に入りの郷土料理をぱくつくのを見たことがある人なら、だれでも分かるだろう。大統領が食べ物によい感覚を持っているか否かは、外交努力にも、農業政策にもかかわってくる。それどころか、大統領の人格を見定めるポイントにもなる。
第40代のロナルド・レーガン(1981~89)は、お菓子のゼリービーンズを自分の象徴にしていた。トランプはファストフードが大好きで、現大統領ジョー・バイデン(第46代、2021~)はアイスクリームに目がない。もし、ハリスが大統領になれば、それはボロネーゼソースのパスタということになるだろうか。
2019年に流れていた90秒の動画が最近、SNSで再び注目されている。米ニュース専門放送局MSNBCのスポット番組に出る直前に撮影されたもので、ハリスは音声の調整をしてもらいながら感謝祭(訳注=毎年11月の第4木曜日)に出す七面鳥料理の下ごしらえの方法を記者に説明している。
七面鳥を塩水にひたすより、塩を振りかけた方が簡単だと教える。「塩とコショウを全体にまぶして。空洞になっている腹の中にも。そう、赤ちゃんにせっけんの泡を塗るように、やさしくまぶして」
ハリスに最初に料理を教えたのは、母のシャマラ・ゴパランだった。「カマラ、あなたはおいしいものを食べるのが好きみたいね。だったら、料理を覚えたら」といわれた――。2020年の大統領選挙に向けて、民主党の指名を争う予備選に初めて名乗りをあげたとき、女性向けの米ファッション誌グラマーでこう述べている。
ハリスは、料理のサイトをよく眺め、一日の終わりには料理の本を読んでリラックスする(イタリア料理の専門家であるマルセラ・ハザンと、カリフォルニア料理のシェフであるアリス・ウォータースの本を好んでいる)。2023年に歌手・俳優のジェニファー・ハドソンのトークショーにゲストとして招かれたときは、いずれ自分も料理の本を書いてみたいと語っている。
予備選の選挙期間中、短編シリーズとして撮影されたYouTube動画「カマラと一緒に料理しよう」を見ると、料理の腕前はかなりのものだ。卵を片手で割り、玉ねぎのみじん切りも有名シェフのトム・コリッキオが一目置くほどだった。
自宅のキッチンには、ほうろうのフライパンやオーブンつきのガスレンジ台があり、レンジのわきにはヘラやスプーンがあふれるほどに入った陶器の入れ物がある。家庭料理の熟練者の「武器庫」だ。
女性にとって、料理を政治にからませることには危険がつきまとう。ヒラリー・クリントン(訳注=職業は弁護士)は夫ビル(第42代、1993~2001)が立候補していた1992年の大統領選期間中、「家にいてクッキーを焼き、お茶を楽しむこともできただろうが、私は職業をまっとうすることに決めた」と話し、自分のキャリアを誇った。
その結果、対立候補で現職大統領だった第41代ジョージ・ブッシュ(父、1989~93)の妻バーバラと競い合ってクッキーを焼く羽目になった。主婦になる道を選んだ女性たちをなだめるために、発言をどんどん後退させざるをえなかった。
ヒラリーは、2016年にトランプと大統領の座を争ったときにこの言葉を繰り返し、自分の立ち位置をはっきりさせた。
そして、次の2020年の大統領選に向けても料理が登場した。民主党の大統領候補の指名を争った上院議員エイミー・クロブシャー(ミネソタ州選出)が、予備選序盤のニューハンプシャーとアイオワの両州で票を勝ち取るために、秘伝のホットディッシュ(訳注=ミネソタ州で人気の家庭料理)のレシピを利用した。
最初に予備選に出たときに、政治と料理の融合をさらに進化させたのがハリスだった。
まず、600万回も再生されたハリスのYouTube動画には、俳優のミンディ・カリングのキッチンを訪れたシーンが出てくる。
二人には南インド系の家庭に育ったという共通の生い立ちがあり、一緒にマサラドーサ(訳注=南インドの料理で、ミックススパイスをぬったクレープ状の食べ物)を作った。驚くことに、いずれの親も、同じブランドのインスタントコーヒーの広口ビンにスパイスを保存していた。
もっと政治に直結した料理の利用方法もあった。ハリスは、アイオワ州での党員集会で自分に投票することを予定しているティーンエージャーの一人と、一緒にモンスタークッキーを焼いた。そして、リンゴとベーコンのソテーを作るために自陣営の地元責任者のキッチンに行き、リンゴもベーコンもアイオワ産であることをアピールしながら調理した。
コロナ禍の最中、インスタグラム・ライブに登場し、シェフのホセ・アンドレスに卵料理の手ほどきを受けた。その際に、営業停止がレストラン業界に与える影響について論議しながら、有名シェフのコリッキオにモロッコ風ミートボールの作り方を教えたりした。
さらに、上院議員マーク・ウォーナー(民主党、バージニア州選出)が電子レンジで温めたツナのメルト・サンドイッチの動画を公開して人気を集めたときには、ハリスは改良版の動画をつくってウォーナーをからかった。
その画面にディジョンマスタード(訳注=フランス発祥の製法でつくったマスタード)のビンが映り込んだのを見つけたウォーナーは、「君たち北カリフォルニアの人は、おしゃれな食材を使っているね」とからかい返した。
もちろん、もしハリスが大統領としてホワイトハウスにたどり着いたとしたら、料理をする時間なんてほとんどないに違いない、と第44代バラク・オバマ(2009~17)政権下でホワイトハウスの上級料理人の一人だったサム・カス(訳注=2009~14年に副料理長などを務めた)は指摘する。といっても、ハリスが絶対に料理する時間を見つけられないというわけでもない。
「大統領が日曜のディナーを自分で作りたいというなら、そうなると思ったほうがいい」といってカスは笑う。「でも、下ごしらえを手伝う有能な料理人がいっぱい出てきそうだ。まあ、皿洗いはしなくて済むだろうね」(抄訳、敬称略)
(Kim Severson)©2024 The New York Times
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