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「金利なし」のイスラム金融 普通の銀行と併存するマレーシア その仕組みと歴史

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クアラルンプールの繁華街にある銀行。従来型銀行とイスラム銀行の二つの看板を掲げている
クアラルンプールの繁華街にある銀行。従来型銀行とイスラム銀行の二つの看板を掲げている=2024年6月3日、マレーシア、中川竜児撮影

マレーシアのクアラルンプール。多くの観光客が行き交う繁華街に、二つの看板を掲げる銀行があった。一つはその銀行名のアルファベットに続けて「BANK」、もう一つは「ISLAMIC」と書かれている。後者が「イスラム金融」と呼ばれる「利子のない金融」を実践する銀行だ。といっても、実際には建物の入り口は一つで、中に入ると、1階が通常の銀行(従来型銀行)の窓口、2階がイスラム銀行の窓口と分かれていた。頭にスカーフを巻いた女性が2階へ上がっていった。

クアラルンプールで見かけたATM
クアラルンプールで見かけたATM=2024年6月3日、マレーシア、中川竜児撮影

日本人になじみの従来型の銀行は、融資に際し利子を課し、お金を預ける顧客にはそれより低い金利をつける。その差額の利ざやが銀行のもうけとなり、これによって資金を必要とする人が新たな事業などに取り組むことができ、経済が回っていく。

「汗水流さないでお金もうけはいけない」

一方、イスラム教の聖典コーランは、お金を貸し借りしてリバー(利子)を取ることを禁じている。「汗水流さず、お金を動かすだけでもうけるのは不当利得に当たり、好ましくない」と考えるからという。ただ、商売やお金もうけ自体を禁じているわけではない。そこで、「不当利得」と考えられる利子をとらない手法が考案された。

手法は大きく二つ。一つは商品を売買するパターン。車を買う場合、銀行は顧客が望む車をディーラーからいったん購入し、銀行の利益を上乗せした価格で顧客に販売する。顧客は分割などの方法で支払えば、従来型銀行で言うところの「利子」はない形で車を手にできる。

もう一つは事業を一緒にするパターン。事業のために従来型銀行からお金を借りた場合、成否にかかわらず、期限が来れば銀行に利子をつけて返済しなければならない。一方、イスラム銀行は事業の当事者のような形で参加し、利益も損失もシェアする。成否を見極め、必要なら口出しすることで、「ともに働き、汗をかいて」利益を得ることをめざす。

預金者900万人以上の巨大基金

こうした手法が現代の銀行に組み込まれる形でできたのは、半世紀ほど前。マレーシアでは「タブン・ハッジ」がその扉を開いた。イスラム教徒がサウジアラビアのメッカ巡礼に行く資金を積み立てるために創設された基金だ。サイード・ハマダ・サイード・オスマンCEOは「かつてイスラム教徒は巡礼のために自宅などをすべて売却していた。すると、帰ってきた時に困窮する。どうにかしないといけない、と基金ができた」と説明する。

マレーシアの巡礼基金タブン・ハッジのサイード・ハマダCEO。手にしているのは基金がつくられた1960年代の写真で、カウンターの横に立っているのは父親だという
マレーシアの巡礼基金タブン・ハッジのサイード・ハマダCEO。手にしているのは基金がつくられた1960年代の写真で、カウンターの横に立っているのは父親だという=2024年5月31日、クアラルンプール、中川竜児撮影

当時も従来型銀行はあったが、利子を敬遠するイスラム教徒は多く、タンス預金をしていたり、金製品を買ったりしていたという。

1963年に運用を始めた際、預金者は1281人だったが、今は900万人以上。預金残高は920億リンギ(約3兆円)にのぼるという。基金は預金を運用し1年ごとに配当する。投資先も特徴があり、イスラム教が禁じるカジノやアルコール関連などは不可だ。

気になる昨年の配当率は3.1%。市中の従来型銀行が提示している短期の定期預金の利子と同じか、少し低い水準という。

マレーシア国民大学経済学部のムハンマド・ハキミ准教授は「タブン・ハッジの歴史は、英国から独立し、近代国家として歩み始めたマレーシアの歴史とも重なる。大きな資金を不動産や旅行業などの分野で運用しており、存在感も増している」と説明する。

マレーシア国民大学経済学部のムハンマド・ハキミ准教授
マレーシア国民大学経済学部のムハンマド・ハキミ准教授=2024年5月30日、スランゴール州、中川竜児撮影

50歳のイスラム教徒の女性は15年かけて1万2000リンギ(約40万円)ため、配当や補助金と合わせて巡礼できる額に達した。ただ、巡礼は長期の順番待ちが常態化しており、「あと15年は待たないといけない。インフレで食べ物や日用品の値段が高くなっている。サウジアラビアの宿泊費も心配。15年後に巡礼に行けるほどの貯金額かどうか」と不安をもらした。

女性は、預金の配当をもらいつつ、巡礼の順番を早めてもらうようアピールし続けるという。巡礼の費用は年々上がっており、配当だけでまかなえなくならないよう、積み立てを続けなければならない可能性もある。仕事の口座もイスラム銀行で開いているという女性はその理由を「信心深い、良いイスラム教徒でありたいから」と語った。

一方、昨年からタブン・ハッジで積み立てを始めたという28歳の男性は「私たちの世代が巡礼に行けるのは50年先とも言われている。積み立てはするけど、途中でやめて結婚の資金に充てるかも」と話した。この男性は、仕事の口座は従来型銀行で開設しているという。「特に深い理由はない。本当はイスラム銀行の方が良いのかも知れないけど、友人に薦められたから決めた」と説明した。

マレーシアのイスラム教徒がメッカ巡礼のために積み立てたお金を管理運用する基金タブン・ハッジの建物
マレーシアのイスラム教徒がメッカ巡礼のために積み立てたお金を管理運用する基金タブン・ハッジの建物=2024年5月31日、クアラルンプール、中川竜児撮影

イスラム法学者による審査も

マレーシアの大手イスラム銀行に2015年から3年間勤務した三菱UFJ銀行の小川善弘さん(38)は「イスラム金融は、従来型銀行が普及した後にできた概念で、イスラムの教義と、利子によって成り立つ従来型銀行の矛盾を解消するために、イスラム法学者たちが考えだした仕組みだ。一つ一つの案件を法学者たちがイスラム法に反していないか審査しているため取引は異なるが、実質的には従来型銀行の金利と同水準に利益配分を設定している」と説明する。

マレーシアの大手イスラム銀行に勤務経験がある三菱UFJ銀行の小川善弘さん
マレーシアの大手イスラム銀行に勤務経験がある三菱UFJ銀行の小川善弘さん=2024年5月24日、東京都千代田区、星野眞三雄撮影

マレーシアは、人口の6割強がイスラム教を信じるマレー系だが、中華系やインド系が計3割ほどを占める多民族国家だ。すでに従来型銀行が浸透していた社会だが、イスラム金融の預金と貸出残高は増え続け、全体の4割強を占めるようになった。

各銀行は従来型とイスラム方式の銀行をそれぞれ持っているが、同じ銀行とはいえ区別していて、イスラム金融の預金を従来型銀行の企業融資に充てるということはしていない。預金や融資の金利とイスラム金融の利益配分も別々に提示しているが、公表されている数字を見るとほぼ同水準で推移している。小川さんは「イスラム教の理想と金融の現実とのギャップを埋めるためにつくられたイスラム金融だが、利子を利益配分とするような『読み替え』はほぼ終わり、イスラム教の理想を実現するために金融の力を活用する段階に移りつつある」という。

拡大続けるイスラム金融

イスラム銀行は1970年代のオイルブーム以降、アラブ首長国連邦(UAE)やサウジアラビアなどで誕生し、拡大を続ける。世界の金融資産全体から見れば1%強に過ぎないが、イスラム諸国の人口増加と経済成長を背景に存在感を増している。

ただ、「イスラム教徒のための特殊な金融システム」との見方は違うようだ。実際、イスラム教徒でなくても、イスラム銀行は利用できる。

イスラム金融の歴史に詳しい京都大大学院アジア・アフリカ地域研究研究科の長岡慎介教授(44)によると、近代イスラム銀行の黎明(れいめい)期、英国の公共放送BBCは利子を取らない手法などに懐疑的で、「呪術的」と称した。だが、その英国は2000年代以降、イスラム金融を採り入れるための税制などを整え、当時の財務相が「イスラム金融のゲートウェー」をめざすと表明。イスラム諸国に展開する邦銀も各種のイスラム金融商品を扱うようになっている。

京都大大学院アジア・アフリカ地域研究研究科の長岡慎介教授
京都大大学院アジア・アフリカ地域研究研究科の長岡慎介教授=2024年5月10日、京都市、中川竜児撮影

長岡教授は、車の購入例や投資に際して「銀行もともに働く」といった原則を挙げ、「イスラム金融は、実物を介したやり取りや投資判断の慎重さに特徴がある」と指摘。「顔が見えない」低所得者向けローンを複雑に組み合わせたことによって生じたリーマン・ショックの後、イスラム金融の再評価が進んだといい、「私たちが暮らす資本主義社会の問題をとらえ直すきっかけにもなる」と話す。

銀行員として中東に駐在し、イスラム金融に詳しい国際通貨研究所客員研究員の九門康之さん(66)も「中東はイスラム金融を採り入れている国が多いが、米ドルと為替レートを固定しているドルペッグの国が多いため、基本的に独自の金利調節はしていない。実体の取引や事業がないとお金のやりとりができないイスラム金融では、金利調節に起因するバブルの発生はありえない。イスラム金融は実体経済に根ざした金融を考えることにもつながる」と指摘する。

国際通貨研究所客員研究員の九門康之さん
国際通貨研究所客員研究員の九門康之さん=2024年5月8日、東京都中央区、星野眞三雄撮影