カットしたマッシュルームをフライパンでころがすと、塩ゆでのピーナツやカブの葉と一緒にミキサーに入れる。美しい緑のソースの上に、煮崩れしないよう昆布だしで仕上げたカブをどんとのせ、上には地元特産のレモンこしょう、仕上げにレモンの皮をシュッとする。
「料理名は『丸ごとカブ煮』でどうでしょう」。磨き上げたキッチンに立つ吉村昇洋さん(44)は、まるでフレンチレストランのシェフのようだ。
ここは広島市にある曹洞宗の寺、八屋山普門寺。この寺に生まれた副住職の吉村さんは、2002年から2年2カ月、曹洞宗の大本山永平寺(福井県)で修行。5カ月強、調理をになう大庫院に所属し、そこで「精進料理」の奥深さに感銘をうけた。05年からウェブ上でレシピや禅の教えを書いた「禅僧の台所~オトナの精進料理」が人気となり、コロナ前まで寺で開いていた料理教室には月に30人が参加した。今年、著書「精進料理考」を出した。
精進料理では肉、魚、卵などの動物性食品は使わず、「五葷(ごくん)」と呼ばれるネギ属のニラ、にんにく、ねぎなども用いない。「それ以外とても自由です」。地元の特産市で旬の食材を手に入れ、大事に調理する。
「肉を食べない」という印象がある精進料理だが、吉村さんによると、インドで仏教を開いたお釈迦さま(シャカ)は民衆から朝食の余りを施しとしていただき、その中に肉があれば食べていた。「自分のために動物が殺されたことを見ていない、聞いていない、その疑いが一切ないなら肉もいただいていた。『お坊さんが来てくれたから鶏をつぶします』というのはアウトです」
当時の宗教者の食事は必ずしも野菜料理に限定されていなかったが、インドでヒンドゥー教の勢力が強まる過程で「肉食はけがれである」という考え方が広がり、口にされなくなった。「殺生を禁じるため」という考え方はだいぶ後になってできたものだという。
ネギ属の食材を用いない理由は、一般的には、怒りや淫欲がわくためだと言われる。「初期仏教の戒律には、お釈迦さまの説法中もそわそわ落ち着かない弟子がおり、理由を聞くと『にんにくを食べたにおいで周りに迷惑をかけていないか気になって』と話したと書かれている」。修行の妨げになると考えられたようだ。
「精進料理を食べたことがありますか」。吉村さんは講演会などで、参加した聴衆に尋ねることにしている。「きれいな景色の中で、野菜料理をみんなでわいわい食べました」と答える人もいる。あれっ、精進料理って野菜料理の別名なんだっけ。会席料理のような「和食」を想像しがちだけど、インドでお釈迦さまが食べていたものが元にあるのに、そもそも和食といえるのか? ううむ、謎が深まる。
「じつは『精進料理』という言葉は仏典には一切出てきません。精進は仏道修行にはげむこと、ならば一般的な解釈としては仏道修行に励む僧侶が食べそうな料理ということになります。それでは野菜料理とどう違うのでしょう」。
こう問いかける吉村さん、その答えはこうだ。「精進料理とは作ることも食べることも仏道修行となる料理のこと。仏教の作法にのっとっていただくことで野菜料理は精進料理になるのです。精進料理になるかどうかは自分次第」。
吉村さんが料理教室の参加者らに伝える、簡略化した五つの食事作法がある。
この作法にのっとって、記者もおかゆをいただいた。箸を握っては置き、音を立てないようにたくあんをかんで……と考えるあまり、緊張して味がわからない。いま、食べるということだけに向き合う。静かな時間が流れた。
食事の前には「五観の偈(ごかんのげ)」という五つの文を唱える。一つ目は、たくさんの人の手を通って私がこの食事にありついている、ということ。二つ目は、あなた(私)はこの食事に値する人間か、という厳しい問いかけだ。
三つ目は、怒りやむさぼりの心が自分の中にないかを見つめること。四つ目は、食事はやせ衰えることを防ぐよい薬だということ。そして五つ目は、悟りを得たお釈迦さまと同じように食事をいただくことだ。
思えば食べ物は、生産者や流通・販売に関わる人、作る人や運ぶ人など多くの手を通って私の目の前にある。野菜や米など、様々な命をいただくことでもある。それなのに「隣の人の方が量が多くてずるい」とか、「まったくどうしてこんなに料理が下手なんだよ」といった不満ばかりを頭に浮かべていないだろうか。テレビでお笑い番組などを眺めながら、心ここにあらずで食べていなかっただろうか。
帰り際、吉村さんが「而今(にこん)」という言葉を教えてくれた。「今この瞬間という意味です。この瞬間目の前にある事に向きあうという、大切な教えです」。
ヴィーガンなど、菜食を日常にとり入れる人たちには、環境保護や動物の命を無駄にしたくないという気持ち、健康改善の願いなど、様々な思いがあると聞いた。それと仏教の教えを実践することは必ずしも同じことではない。ただ、いま菜食や精進料理が見直されているのは、食べることを通して、慌ただしく過ごしがちな自身の暮らしを、見つめ直したいと思う人が増えていることの表れといえるだろう。
子どもと一緒に背筋を伸ばし、私も黙ってご飯をかみしめてみようと思う。
吉村昇洋さんが教える精進料理のレシピ(2人分)
〈丸ごとカブ煮〉
【材料】
マッシュルーム…5個
カブ…大きめの2個
ピーナツ…ひとつかみ
日本酒…大さじ2
白醬油…大さじ1
レモンこしょう…適量
レモンの皮…適量
<昆布だし>
水…2リットル
乾燥昆布…20cm×10cm程度 1枚
【下準備】
・カブは、実の水分の流出を防ぐため、できるだけ早く葉を落としておく。
・昆布だしは、鍋に入れた水に乾燥昆布を4時間ほど浸した後、中弱火にかけ、沸騰手前で火を切ったらフタをして、そのまま粗熱をとる。冷めたら清潔なペットボトルに移し替え、5日ほど冷蔵庫でもつ。
1)鍋に、包丁で上部と下部を平らに整えたカブを入れ、ひたひたになる程度に昆布だしを注ぎ、そこに日本酒、白醬油を入れて強火にかける。沸騰したらキッチンペーパーで落としぶたをして30~40分ほど弱火で煮る。
2)フライパンにカットしたマッシュルームとひとつまみの塩を入れ、ゆっくりとから煎りする。塩ゆでしたピーナツ(生落花生)と塩ゆでしたカブの葉、炒めたマッシュルーム、昆布だし1.5カップをミキサーでしっかりかくはんし、適量の塩で味を調える。
3)皿に2を敷き、その上に煮崩れしないよう仕上げたカブをのせる。レモンこしょうを添え、仕上げにレモンの皮をすったら完成。
〈カブ菜の甘あえ〉
【材料】
残ったカブの実
カブ菜…1個分
ポポー…1個
花オクラ…1個
藻塩…適量
1)カブ煮で切り分けた実の部分を3ミリほどの薄さに切る。カブ菜、花オクラはさっと塩ゆでし、4cm幅で刻んでおく。
2)ポポーの皮をむき、種を外したら実を潰してソースをつくる。1の野菜をあえ、藻塩で味を調えて完成。