――日本経済は1990年代初めのバブル崩壊後、低空飛行が続いています。
日本の長期低迷の原因の一つは、バブル崩壊への対応の遅れ、つまり不良債権処理の長期化だといえます。
右肩上がりの「土地神話」が崩れ、不動産を担保に融資を増やしていた銀行は巨額の不良債権を抱え込みました。銀行がつぶれてパニックになることを恐れて、不良債権処理は少しずつゆっくり進めることになりましたが、不良債権がどこにどれだけあるのかはっきりしないため、「あの銀行やあの企業はあぶないかもしれない」と人々は疑心暗鬼に陥りました。コロナ禍で検査拡大を慎重にしすぎて国民の不安を増幅した政策当局の判断と似ています。
日本と同時期にバブルが崩壊したスウェーデンのように、不良債権処理を迅速に進めていれば、1994~95年ごろには終了していたでしょう。だが、不良債権処理に15年もの時間をかけたことで、成長につながる前向きな人材が育たないなど悪循環が発生し、その後の15年も後遺症に悩まされました。日本の長期停滞の素地をつくったのが不良債権をめぐる政府の対応だったといえます。
――景気低迷から脱しようと日本は財政出動と金融緩和を続けました。
バブル崩壊後の1990年代前半、政府は財政出動や減税を繰り返したが、不良債権という根本問題に対処しなかったため、成長基調に戻すことはできませんでした。日本銀行は金利を引き下げ、短期金利は1995年秋に実質ゼロとなりました。名目金利はゼロより下にすることはできないので、さらに金融緩和をしようにも手立てがない。そこで日銀は2001年3月、金融政策の目標を金利から貨幣の量に切りかえる「量的緩和政策」を世界に先駆けて導入しました。
その後もほぼゼロ金利が続き、2013年4月から日銀は「異次元緩和」を始め、2016年にはマイナス金利政策を、同年9月にはイールドカーブ・コントロールを導入しました。短期金利はゼロからマイナスに、長期金利も0%程度に誘導したにもかかわらず、インフレ率は1%程度の低インフレ時代が続きました。
――ゼロ金利・マイナス金利といった金融緩和政策によって、景気を刺激し、物価も上がるのではないでしょうか。
そもそも金融緩和は、需要が供給より少ない「需要不足」が起きているときに一時的に需要を増やす効果はあるが、長期の経済成長率を変える力はない、というのが今のところの経済学のコンセンサスです。
金融緩和で貨幣量を増やせばインフレ期待が高まって物価が上がるという「リフレ派」が力を持ったが、異次元緩和をしても日本の物価が上がらなかったのは、中央銀行が人々の将来についての期待を操作することの難しさを物語っています。
経済学は、四半世紀にわたってゼロ金利・マイナス金利が続くことを想定していません。むしろ、最近の研究では、長期停滞への対応策である金融緩和や財政出動が、実は経済停滞をさらに長引かせている可能性があるといわれています。
――経済成長のために良かれと思って続けていた政策が、逆に低成長を引き起こしているということですか。
政府債務の増大で、国民は「財政破綻が起こるかもしれない」という財政そのものに対する懸念より、「年金や医療などの社会保障は将来も大丈夫だろうか」という形で不安を抱えています。将来、財政危機が起きれば、社会保障の削減や大増税がおこなわれると予想し、現金をため込んで生産的な投資が行われなくなって成長率が低下します。
経済学の教科書どおり、金利の低下が「一時的」だった場合は投資が増えて生産も拡大します。だが、2020年代に入ってからの研究では、低金利が「恒久的」だった場合、成長率が低下することがわかってきました。金利が高ければ借金の返済が難しくなって倒産する可能性が高いのに、低金利だから生き残る「ゾンビ企業」が多くなる。金利が低いと地価が上がるので、起業家が新たなビジネスを始めにくくなる。現在のトップ企業は低金利でお金を借りて技術開発投資を増やす一方、2番手3番手の企業は投資を控えるようになって市場独占が進む。そうした理由が考えられます。
物価の面でも、短期的な低金利は景気を刺激してインフレを高める効果があるが、長期的な関係を見ると金利が低いときにはインフレ率も低い。こうした見方が正しければ、低金利を長期的に続けても、インフレ率が高まって経済成長率が高まるという状況はいつまでたってもやってこないかもしれません。
最近は円安と輸入品の値上がりなどによってインフレ率が上がり、金利も上昇傾向となっています。日本政府は巨額の債務を抱えているが、成長率が国債金利より高ければ、税収が増えて債務は減る。だが、過去のデータを見ても、標準的な経済理論を見ても、国債金利が成長率より高くなるのが正常です。そうなれば債務が雪だるま式に増えることになるため、財政の持続性を保つ検討を進めなければなりません。