映画は、作家の佐藤愛子さんが90歳の視点で社会を風刺したエッセーが原作で、草笛さんは佐藤さんの役を演じた。
誕生日は撮影現場でスタッフやキャストに祝ってもらった。その時の心境を尋ねるとこんな答えが返ってきた。
「良い気持ちはしないですよ。だって90歳って言ったらもう、人生の終わりだからね。マラソンで言えば、競技場に戻ってきてゴールテープを切る前の、あの気持ちね。こっちは苦しいのに、みんなは頑張れ、頑張れって」
意外なことに、「九十歳。何がめでたい」は草笛さんにとって90歳にして初の単独での主演映画だという。
「見てくださる方に力を与えたいとか、偉そうなことは言わない。私にそんな力はないしね。ただ、何でも自分で面白がることが大事。私の良いところは何でも楽しめるところ。心は若いの」
昨年2月には、2冊目となるファッションブック「草笛光子 90歳のクローゼット」も出版。黄色やオレンジのビタミンカラーを採り入れ、シャツワンピースを着こなし、草笛さんが装うことを楽しんでいることが伝わってくる。
年配女性のファッションをめぐって「年がいもない」という声が上がることもある。だが、何を着ても草笛さんの愛らしさ、自由さ、気品が加われば、そんな「周囲からの規制」は意味を成さない。
若いときから舞台に向けて体を鍛えてきた。72歳のときにパーソナルトレーナーを付け、コロナ禍前までは週に1回トレーニングに励んできた。「体が痛いぐらいして、いい汗をかくから体にいいんでね」。今は散歩と自宅の階段の上り下りがよい運動になっている。
食事は好き嫌いがある。「焼き肉が好きでお肉はよく食べるし、ご飯もよく食べる。果物も。チョコレートが大好きね。お魚と野菜はあんまり趣味じゃない。わがままにしています。あるがまま」
語り口は気取らず、歯切れが良い。「(横浜出身の)ハマっ子だからね。5年ぐらい前かな、変わった。それまではちゃんと見せなくちゃと思っていたけれど、90歳になって完全にタガが外れちゃった。人にどう思われようといいし、どこからでもどうぞ見てくださいって。裸にはなりたくないけどね」と笑う。
2、3年前までは年齢をめぐって不満がくすぶっていた。「もっと舞台に立ちたい」と思っても、周りが年齢を考えて「草笛さんにけがをさせてはいけない」とオファーを控えることがあったという。「年齢なんて関係ない。89歳から90歳になって一つ年代をまたいだから老けなきゃいけないなんてことはない」
やりたい仕事はたくさんある。その一つがミュージカルだ。草笛さんは「ラ・マンチャの男」や「シカゴ」の日本初演に参加するなど、日本ミュージカル界の草分け的な存在だ。
「昔は毎年、ニューヨークのブロードウェーに見にいって勉強していたの。『ラ・マンチャの男』はあまりに衝撃的で、自分で東宝に持ち込み、頼み込んで版権を買ってもらった」
そしてこう続けた。「『ラ・マンチャ』や『王様と私』をもう1回やりたいと思っても、舞台は大変なので今の私は言えないけれど、女優としては舞台をやっているときの自分の燃える心は忘れちゃいけないよ、と思っている」