北朝鮮はコンピューター教育を奨励している。保護者に対して「学校教育で最も重要な科目は何か」と尋ねた世論調査でも、コンピューターは数学、英語と並んで高い人気を得た。コンピューターを扱う仕事であれば、外貨を稼いだり、高い地位を得たりする機会を得やすいと考えているようだ。
こうした背景から、北朝鮮の各地には「電子図書館」と呼ばれるコンピューターに触れる場所が用意されている。政府の資金不足のため、トンチュと呼ばれる新興富裕層に許可を与えて代わりに運営させるケースもある。
そこでは、文字通り、コンピューターを通じた資料集めや学習が行われる。問題はインターネットだ。北朝鮮ではインターネットはほとんど使えない。韓国の人権団体「成功裏に統一を作っていく人々」が2023年6月に発表した「北韓インターネット報告書」によれば、北朝鮮の都市部で携帯電話の普及率が70~90%に達するのに対し、インターネットを利用した人物はほとんど見当たらない。同団体のナム・パダ事務局長は「政府高官や、海外に留学経験がある研究者、ソフトウェア競技に出る人間などが、非常に厳格なルールのもとに使用できるだけだ」と語る。
報告書によれば、インターネットの使用には事前許可がいる。
使用許可が出ても、利用者2人の間に司書が座り、左右の画面を常にチェックしている。画面は5分ごとに自動的にフリーズし、そのたびに指紋認証を求められる。利用時間は1時間だけで、韓国語の文献には触れられないという。
ナム事務局長は「北朝鮮にとってのインターネットは、あくまで、情報収集や研究が目的で、娯楽ではない。自由に使えるのは最高指導者とその家族くらいだろう」と語る。2013年12月に処刑された金正恩総書記の叔父、張成沢(チャンソンテク)元国防副委員長の親戚で、海外居住経験がある脱北者も、ナム氏らに「北朝鮮でインターネットを使ったことはない」と証言したという。
北朝鮮には国内だけで使えるイントラネット「光明」がある。北朝鮮の携帯やパソコン、タブレットなどはイントラネットが使えるが、厳格な手続きを経て、販売店などでソフトをダウンロードしてもらう。ほとんど、朝鮮労働党の政治宣伝に使われているため、人々はあまり利用しない。報告書では脱北者158人に設問調査したが、イントラネットを使った経験がある人は15.2%にとどまったという。
ただ、ナム氏も「電子図書館」でオンラインゲームを楽しんだという脱北者の証言を得ていた。平壌で電子図書館を経営していた男性だった。2011年末に金正恩体制が始まって以降、当局の取り締まりが強まったり弱まったりしたため、電子図書館も閉店と開店を繰り返したという。そこでは、世界で流行しているオンラインゲーム「カウンターストライク」や「コールオブデューティ」などの戦闘ゲームも楽しめたという。ナム氏は「海外のゲームを不法にダウンロードしたのだろう」と語る。
北朝鮮のイントラネットを利用しているのか、電子図書館内だけではなく、遠く別の北朝鮮内の都市にある電子図書館の利用者とゲームで対戦することも可能だったという。ただ、北朝鮮はイントラネットとはいえ、すべて監視している。集会の自由も保障されていない。ゲームを楽しむのが目的だが、当局が「無差別にネットワークを作ろうとしている」と疑えば、処罰される可能性が高い。
このため、電子図書館の経営者たちはその図書館の中だけで対戦を楽しむよう利用者に指示していたという。ナム氏は「北朝鮮にもゲームコミュニティーがあるが、非常に限定された日常的に付き合っている範囲に限られているそうだ」と話す。
北朝鮮は海外派遣労働者にも現地でのインターネットの使用を禁じているが、隠れて使った経験者もいるようだ。ただ、北朝鮮に戻った後、当局にインターネットの使用が知られると政治犯収容所に収監される可能性が極めて高いため、絶対に周囲には話さない。周囲も、聞いてしまったら当局に対する申告義務が生じるため、あえて聞かないでいるという。
ナム氏は「世界はインターネットからAI(人工知能)の時代に入ろうとしているのに、北朝鮮は1980年くらいで社会の発展が止まっている」と嘆く。
2022年3月、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射を視察するために現れた金正恩氏は革のジャンパーにサングラス姿だった。ナム氏は思わず失笑したが、脱北者の人々は「外部を知らない北朝鮮の人々にとっては、格好よく見えるかもしれない」と語っていたという。
ナム氏は「金正恩は海外からの情報を遮断しようとしており、一定の成果を上げているようにみえる。ただ、遮断すればするほど、後で真実が分かったときの反発や反作用が大きくなるはずだ」とも語った。