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脱北に失敗したらどうなるのか 中国をへて韓国に逃れようとした北朝鮮男女の末路

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
韓国のキリスト教牧師チョン・ギウォン。中国経由で逃走する北朝鮮人難民たちを、ソウルの事務所から支援している=Chang W. Lee/©The New York Times

北朝鮮のソフトウェアエンジニアは死に物狂いだった。

彼は、北朝鮮の体制のために資金を稼ぐ目的で、2019年に中国北東部に派遣された。監視者に常に見張られながらの長時間労働を終えた後、ウェブサイト上に電子メールのアドレスを見つけ、2021年に悲痛なメッセージを送信した。「命を落とす危険を覚悟して書いている」と彼は言ったのだ。

北朝鮮から2018年、人身売買業者によって中国にひそかに連れて行かれた若い女性は2023年初め、同じウェブサイトのオーナーと連絡をとった。彼女は韓国に亡命するつもりだったが、中国国境の町で監禁され、サイバーセックスでカネを稼ぐことを強要された。「ここから逃げるのを手伝ってほしい」とメールに書いた。

このウェブサイトは、在ソウルのキリスト教牧師チョン・ギウォンのものだった。チョンは、中国経由で逃れる北朝鮮難民支援で広く知られる人物だ。中国経由は、大半の脱北者が使うルートである。チョンは北朝鮮当局から度々非難されており、韓国や米国に逃れる北朝鮮人数百人を手助けしたとして中国で投獄されたことがある。

しかし、中国での脱北者支援の事業は「ほぼ不可能」になったとチョンは言っている。

中国は、パンデミック(新型コロナウイルスの大流行)の間、出入国や国内旅行でさえ厳しい制限を課した。ここ数カ月はそうした規制が緩和され、チョンら支援関係者のもとには中国内で足止めされている数千人の北朝鮮人からの訴えが急増している。

だが、人身輸送を請け負う業者を雇う費用は高騰している。中国の警察に捕まるリスクが高まったからだ。中国政府の監視体制は拡大の一途をたどっており、当局から逃れるのは一段と難しくなっている。2019年に韓国に到着できた北朝鮮人の数は1047人だった。それが、2022年には63人に激減した。

「脱北者の減少は、抑圧的な体制から逃れたいという願望が北朝鮮人の間で減退したことを意味しない」。難民の動向をモニターしている人権活動家ハンナ・ソンは2023年6月、米ワシントンでの議会公聴会で語った。「むしろ、このことは中国の広範な監視措置によって、脱北時にもたらされる困難が増大したことを反映している」と言うのだ。

チョンは、冒頭で紹介したソフトウェアエンジニアとサイバーセックスワーカーのリーを支援する取り組みを立て直すために、テキストメッセージや音声ファイル、銀行口座の記録その他の文書をニューヨーク・タイムズに提供した。チョンはニューヨーク・タイムズに対し、ソフトウェアエンジニアのフルネームや女性の下の名、その他の詳細については本人たちの保護のために明かさないよう求めた。

中国で立ち往生

リーとソフトウェアエンジニアはお互いに知り合いではないが、2人とも同じ理由でチョンのもとにたどり着いた。つまり、金正恩の抑圧的な体制下に送り返されることなく中国から脱出することだった。

「彼らは、私の行動をすべて見張っている」。ソフトウェアエンジニアは2021年、チョンへの最初のメールにそう書いた。

ソフトウェアエンジニアは、新型コロナの大流行前、北朝鮮の何千人もの若いコンピューター専門家とともに中国入りした。そうした技術者たちは、情報技術関連の仕事かサイバー犯罪を通じて金正恩政権の資金を調達する目的で、海外に定期的に送り込まれていたのだ。

北朝鮮は自らをインターネットから切り離しつつ、核兵器計画に対して科せられた国際的な制裁を回避するため、高度に訓練された専門家を中国や東南アジアなどに派遣して働かせている。専門家たちは通常、アパートタイプの寮で一緒に住み、お互いを監視するよう指示されている。彼ら北朝鮮人の監視者は、韓国ドラマを見るなど不忠の兆候を注視している。

ソフトウェアエンジニアはメッセージアプリ「Telegram(テレグラム)」を通じてチョンと会話し、自身の暮らしを「籠(かご)の鳥」にたとえた。北朝鮮政権のための資金稼ぎに、彼は朝から晩までコーディング(訳注=コンピューター用のプログラムを組むこと)の仕事を求めて「Upwork(アップワーク)」のようなオンラインプラットフォームを探っていた。

彼がチョンに送ったビデオ映像には、彼自身や北朝鮮人の仲間たちが壁に設置された監視カメラのもとで働く様子や「崇高な業務実績で、敬愛する金正恩指導者に我らの忠誠を示そう!」と書かれたスローガンが映っていた。

しかし、労働者たちは彼らの管理者が設定した月収ノルマの4千から5千ドルを稼ぎだすのに苦労した。彼らは、しばしば偽の身分証明書を買う必要があった。制裁下で、国際的なビジネスをする事業体は北朝鮮人を雇うことが禁じられているからだ。

ソフトウェアエンジニアは、初めて中国に来た時には韓国に逃亡するつもりはなかった。だが昨年、彼はあざのできた顔を映したビデオ映像をチョンに送り、不服従を理由に殴られたと語った。「自由な人間として生きたい。たった一日でいい。たとえその途中で死んでも構わない」と彼は書いた。

人権団体は、中国内の多くの北朝鮮人が奴隷並みの状態に置かれているとして中国を非難しているが、断固たる措置を求める彼らの呼びかけはほとんど無視されてきた。中国当局は、韓国に逃れようとする北朝鮮人を捕まえると、彼らを難民としてではなく、不法移民として扱い、懲罰を受けさせるために北朝鮮に送り返すことが多い。

中国は、逃走中の人物や無許可で国内に滞在している外国人を捕まえるために監視技術を駆使している。

(先述した若い女性の)リーが5年前に中国に来て以来、ずっと考えてきたのは韓国に亡命することだった。

彼女を北朝鮮から中国に密入国させたブローカー(仲介業者)は、ボスのもとで3カ月間働いたら韓国に送られるだろうと彼女に告げたという。ところが代わりに、そのブローカーは彼女を、北朝鮮国境近くの白山市の中国人警察官と結婚していた北朝鮮人女性に売り渡してしまった。

リーのような女性はしばしば、妻を見つけられない中国の田舎の男性に売られたり、ポン引きや違法なサイバーセックス組織で働かせる人身売買業者に売られたりする。白山市の女性はリーをアパートに監禁し、男性客相手にウェブカメラの前で無理やり性的な行為をさせた。

リーは2023年1月、チョンと連絡をとり、彼女自身と2人の北朝鮮人女性が別の人身売買業者に売られそうになっており、緊急に助けが必要だと訴えた。

隠れ家への道筋

北朝鮮難民に関する2本のドキュメンタリーを制作した映画監督イ・ハクジュンの話だと、北朝鮮難民を支援するには信頼できる人身移動仲介業者、つまり「ブローカー」を雇う必要がある。

ただし、「ブローカーが優先するのはカネであることが多く、難民ではない」と彼は言い、ブローカーが仲介手数料を受け取った後に北朝鮮難民を見捨てたり、当局に通報しない代わりにさらにカネを払うよう強要するために身柄を拘束したりするケースを挙げた。

新型コロナの大流行以降、この問題はさらに深刻化している。人権活動家らによると、中国経由で脱北者を移動させる費用は、パンデミック前の数千ドルから数万ドルに跳ね上がっている。

チョンは1月、方策を尽くし、ソフトウェアエンジニアとリー及び彼女のルームメート2人を救助するための資金を調達した。彼は、タイでブローカーを雇った。中国の仲介業者とつながっている人物だ。北朝鮮人たちを中国の東海岸の港湾都市・青島にある隠れ家に移送する計画だった。

彼ら全員が隠れ家に集まったら、次は全員を中国からラオスへ、そしてタイへとひそかに連れ出すのだ。北朝鮮人が韓国への亡命を申請できるタイは、多くの難民にとって一般的な経由ルートになっている。中国内は車で移動する。コロナ流行の間、場所や時間を問わず身分証のチェックが行われるようになり、公共交通機関は使えなくなったからである。

チョンは、ソフトウェアエンジニアと女性3人の青島までの移動ルートを数段階に分けた。それぞれの段階で、ブローカーは移動用の車を替えるのだ。顔認証その他の監視技術を駆使して追跡されるのを阻止するためである。

チョンはソフトウェアエンジニアやリーに、顔写真を送るとともに、監禁されているアパートを抜け出す際にどんな服装をするのかを知らせるよう要請した。

彼は、ブローカーには、北朝鮮人たちを乗せるのに使う車の写真とプレート番号を送るよう求めた。全員と計画の詳細を共有し、それを実行に移した。

「すべてうまくいっている。私はいま、ここを立ち去る。洋服を着ているところだ」とソフトウェアエンジニアは逃げる少し前、チョンにメッセージを送信した。

追跡と逮捕

人身移動仲介業者がソフトウェアエンジニアを青島に直接連れて行くかわりに中国北東部の吉林市にある隠れ家に行き、途中でまた予定外の寄り道をしたことから破綻(はたん)し始めた。

ブローカーはソフトウェアエンジニアを(吉林市内の)隠れ家に連れて行った後、チョンに連絡し、エンジニアのための食べ物や新しい服、靴を買う追加のカネを要求した。

翌朝、ブローカーが白山市にいる女性3人を連れ出すために家を出ようとしていたら、吉林市の警察に呼び止められた。警察はまた、ソフトウェアエンジニアも捕まえた。

ソフトウェアエンジニアについては、北朝鮮人の監視者からも行方不明になっていると報告されており、ブローカーが彼を連れて行くために使った車は予定外の寄り道の際、監視カメラで特定された。これはチョンが、現在投獄されているブローカーの親戚から聞いたことだという。

チョンは、手遅れになる前に3人の女性を救出するため、急いで別のブローカーを探した。

「ブローカーは真夜中、指定された場所であなたたちを待っているだろう。紫色の車だ」とチョンはリーにメッセージを送った。ブローカーが識別できるよう、右手に傘を持っているようにと伝えた。

2月の初め、新しく雇われたブローカー(複数)が3人の北朝鮮人女性を青島の隠れ家に連れて行った。だが、到着から数日後、リーを監禁していた北朝鮮人女性の夫である白山市の中国警察官が隠れ家のドアを壊し、チンピラらとともに押し入ったとチョンは振り返る。これは、3人の女性たちが大混乱のさなかに電話でチョンに伝えてきたのだという。

チョンによると、ブローカーの一人が夫(の警察官)と手を組んで、女性3人と引き換えに現金を手に入れようと仕組んだに違いないという。「それ以外に説明がつかない」とチョンはみている。

ソフトウェアエンジニアは現在、北朝鮮への送還に向けて中国で刑務所に収監されている、とチョンは言う。北朝鮮では、韓国に逃亡しようとした者は強制収容所に入れられるか、もっとひどい処遇を受ける。

リーがどこにいるかは、依然として不明だ。

「私はこの23年間、北朝鮮の人たちを支援してきた」とチョンは振り返り、「これほど悲しく、無力だと感じたことはない」と語った。(抄訳)

(Choe Sang-Hun)©2023 The New York Times

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