NKDBの金佳映局長によれば、人身売買事件が最も多かった時期が2000年代で50.1%(2104件)。次いで1990年代が27%(1131件)、2010年代が11.9%(499件)となっている。韓国に入国した脱北者が最多を記録したのが2009年の2914人。経済難や体制への不満から脱北者が相次いだ金正日体制末期に、人身売買被害も多数発生したようだ。
北朝鮮女性が中国へ不法越境する場合、生活苦や体制への不満、外部世界に対するあこがれなど多様な理由があるという。中国や韓国への定着を目指す場合もあるが、中国で短期間、金を稼いで北朝鮮に戻るケースもある。
北朝鮮では通行の自由が保障されていないため、大多数の北朝鮮住民は違法な方法で国境を越える。この過程で助けが必要になった北朝鮮女性が人身売買ブローカーから目をつけられる可能性が高くなる。1人で中国への越境に成功しても、中国語を知らず、中国地域の事情に疎い女性の場合、中国公安当局の取り締まりから逃れるため、やはり、人身売買ブローカーに見つかってしまう。
ブローカーは中国に住む脱北者か、中朝国境近くの両江道や咸鏡北道など住む北朝鮮人。北朝鮮女性に「良い仕事がある」「裕福な中国人男性を紹介する」「カネを稼いで韓国にも行ける」などとだまして中国内のアジトに連れ込む。極端な場合、「中国に公安に脱北した事実を申告して、北朝鮮に送り返してやる」と脅迫する場合もある。
ブローカーは女性たちを、結婚相手を探している中国人男性や売春業者に売り払う。1990年代には約5千元(約8万5千円)、現在では3万元(約51万円)前後で取引される。金氏は「女性には1元も支払われない。その後に働いても、極めて低い賃金でこき使われる」と語る。
売買された北朝鮮女性が送り込まれる地域は吉林省、遼寧省、黒竜江省、内モンゴル自治区など多岐にわたる。強制結婚の場合は、人口が少ない山間部や農村が多いという。大多数の被害者は、人身売買で売られた場所の具体的な地名や位置をきちんと覚えていない。金氏は「被害者本人がどこに売られたのかさえ把握できないほど、秘密裏に売買が行われたことを示している。場所もわからないので、脱出も簡単ではない」と語る。
中国人男性との強制結婚では、言葉がうまく通じず、文化も違うため、家族から無視や迫害を受ける。妻や嫁として尊敬されるのではなく、子どもを産む機械のように扱われるケースも相当数あるという。夫から暴言や暴行、強制性交などの被害を受けたという証言もある。中国人の夫やその家族は、北朝鮮女性が逃亡しないよう、無断外出を禁じることはもちろん、トイレに行く際も監視を受けた女性もいた。
親切な中国人男性と結婚し、公安の取り締まりからも逃れ、無事に中国国籍を取得し、夫と韓国に定着したケースもある。それは、ほんの一握りの例外に過ぎない。
強制結婚のほかにも、売春業者に売られる場合もある。オンラインで裸を見せるビジネスに利用された人もいた。金氏は「彼女たちは女性として耐えられない経験を強いられた」と語る。人身売買された女性たちが公での証言を避けるのは、こうした過酷な体験からだ。
女性たちは標準的な賃金も受け取れず、事実上監禁された状態で仕事を続けざるを得ない。北朝鮮では携帯電話が600万台以上普及しているが、人身売買の被害に遭う女性たちは低所得者で、北朝鮮に住む家族と自由に通話できる携帯を持っていない。監視されて電話を利用することもままならない。
国際人権団体、ヒューマン・ライツ・ウォッチの尹理哪アジア部上級研究員は2004年以降、150人以上の脱北女性と面会してきた。尹氏は「北朝鮮には家庭暴力やセクハラが問題だという意識がない。北朝鮮でつらい思いをしてきた女性が、中国でもっとひどい扱いを受けている」と語る。
そして、人身売買の被害者たちは、いつも北朝鮮に強制送還される恐怖と隣り合わせで生活している。北朝鮮女性はほとんど中国語も話せず、中国の生活にも慣れていないため、不法滞在者としての疑いをかけられやすい。実際、隣の中国住民が公安に申告して、強制送還になった事例が相当数あるという。
中国公安当局に逮捕されると、中朝国境地帯に駐在する北朝鮮の国家保衛省(秘密警察)に引き渡される。北朝鮮は新型コロナウイルスの感染対策として2020年1月末から中朝国境を閉鎖し、強制送還の受け入れも拒んでいた。ただ、米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア」(RFA)は7月16日、中朝国境の丹東から14日朝、脱北者50余人を乗せたバスが北朝鮮に向かったと報じた。
尹氏も40~50人の脱北者が北朝鮮に送られたという情報を聞いていた。尹氏によれば、中国内で拘束されている脱北者は最低でも1170人にのぼる。尹氏は「このうち460人は中国で罪を犯し、中国の刑務所で刑期を過ごしている。残る710人はいつ北朝鮮に送還されるのかわからない状態だ」と語る。
北朝鮮に強制送還された女性は、ほとんど例外なく身体検査を受ける。下着まですべて脱いだ状態で数十回、数百回と立ったり座ったりする行為を繰り返し強要し、体の中に金品を隠していないか確認する、屈辱的な方法が取られる。
被害女性らは、保衛省で中国に脱北した理由、韓国人と会ったかどうか、宗教行為に携わったかなどを追及される。その過程で暴行や拷問を受ける。
中国で妊娠した後に強制送還された場合、「中国人の子どもを身ごもった」と非難され、集結所と呼ばれる強制送還された女性たちを収監する施設などで強制的に堕胎させられる。病院に連れて行かれ、薬物を注入されて強制堕胎させられたケースもあるが、保衛省や集結所の関係者が妊娠した女性の腹部を殴って堕胎させたという証言もある。強制堕胎させた赤ん坊は適切な措置も受けずに、トイレや裏山に捨てられるというのが共通した証言内容だという。
北朝鮮は中国で人身売買の被害を被った脱北女性に対し、人身売買による被害を治癒するのではなく、脱北した事実のみに注目し、強制拘禁や拷問など、過酷な処罰を下す。通常、集結所で強制労働を科される。中国で韓国人との面会や宗教活動への参加などで罪が重いと判断されると、教化所(刑務所)に送られる。短くて2~3年、他に密貿易などの罪も加算されて10年も強制労働の刑に服したケースもある。
さらに、中国で韓国の情報機関、国家情報院と接触した場合はスパイと認定され、管理所(政治犯収容所)に送られる。中国で公然と金正恩体制を批判した人間も同じ処罰を受ける。政治犯収容所から無事、出所できた証言者がいないため、詳しい状況はわかっていないという。
こうした過酷な経験から、身体や精神の後遺症に苦しむ女性もいる。人身売買の経験を語ることをためらう女性が多いため、きちんとした治療を受けていないケースも相当数あるという。
また、中国人男性と強制結婚させられた後、中国で子どもを出産した女性も多い。後に韓国などに逃れても、身の危険や経済的な理由で、子どもを中国に残したままで逃れるケースが多いという。金氏は「子どもの生活実態についての詳細な調査結果は多くない。母親がいなくなり、不自由な生活を強いられているのではないか」と語る。
子どもの出生届を出す場合、不法滞在者であることが発覚して強制送還されることを憂慮し、子どもを無国籍者として放置する女性も少なくない。子どもは中国人でも韓国人でもなく、教育や福祉の死角に置かれることになる。
韓国でお金をため、中国から子どもを呼び寄せる女性もいる。子どもたちはすでに中国で青少年期を過ごしたため、自分が中国人なのか韓国人なのかというアイデンティティーに苦しむ。言葉も文化も中国になれているため、韓国生活に定着することも難しい。
金氏によれば、韓国や中国、北朝鮮は、北朝鮮女性の人身売買被害者の救出活動について、公式のコメントを出したことがないという。「脱北者の救出は人権問題として意味のあることだが、韓国政府としては中国や北朝鮮との関係を考慮しなければならない」
中国は内部で人身売買を根絶する政策を取っているが、中国で難民認定を受けられず、不法滞在するしかない脱北女性たちの安全を図る措置について発表したことはないという。尹氏が所属するヒューマン・ライツ・ウォッチも、中国に脱北者の強制送還をやめるよう訴えているが、反応はないという。
北朝鮮も脱北住民の人身売買被害について公式の見解を表明したことがない。金氏は「北朝鮮当局が、中国で数多くの脱北者が人身売買の被害に遭っている事実を認めた瞬間、地上の楽園だと宣伝している北朝鮮の体制に我慢できずに脱北した人々が多いという事実を認めることになる。愛民政治を掲げているにもかかわらず、自国民を保護できなかった点を認めることになる」と語る。
それどころか、北朝鮮外務省は8月1日付で、「中国の強制送還説を持ち出している」として、ヒューマン・ライツ・ウォッチを謀略団体だと非難する論評をホームページで発表した。
尹氏は「北朝鮮政府にとってそれだけ、重要で敏感な問題だということだろう」と語る。
北朝鮮当局は中国内に脱北者が人身売買の被害にこれ以上遭わないよう努力することはせず、中国で逮捕された脱北者を北朝鮮に送還するよう中国と水面下で交渉することに必死になっているという。
金氏は「脱北した北朝鮮の女性が人身売買被害を受けずに住むよう、北朝鮮外の第三国に保護施設をさらに多く設置しなければならない。国際法上、脱北女性たちが中国で難民の地位認定を受けられるようにし、人身売買ではない方法で十分な生活基盤を築ける環境も必要だ」と語る。
そして「脱北女性を難民として認定することで、中国と北朝鮮の間で起きている脱北者の強制送還を阻止しなければならない」とも指摘する。
尹氏も「中国は監視社会だが、コロナのために更に監視が強化されている。中国に隠れ住む脱北者たちは、更に苦しい状況に置かれている」と語った。
■北朝鮮女性の声は
韓国のNGO、北韓人権情報センター(NKDB)の北韓人権記録保存所に報告された、中国で人身売買の被害に遭った北朝鮮女性の証言の一部は以下の通り。
■証言①2013年に人身売買された両江道出身の女性
(ブローカーから)「中国で暮らすなら、嫁に行かなければならない。望む男性と結婚できるわけではない。どんな人と結婚するのか考えるな」と言われ、3日間泣いた。車に乗り、どこかに着いた。人身売買ブローカーが待っていた。6万元(約102万円)で売られた。中国の家では「金をたくさん払ったんだから、ちゃんと働け」と言われた。
監視も受けた。トイレに行っても、トイレの前で夫が立って監視していた。朝鮮を離れて自由になろうと思い、中国に来たのに、むしろ監視がひどくなったと感じた。洗濯物を干そうと庭に出ても、義父がついてきて監視した。
■証言②2015年に人身売買された咸鏡北道出身の女性
ブローカーが私に「良い仕事をやる」と言った。それで(中国に)行ってみれば、中国人社長がろくな賃金も払わず、朝鮮人を働かせていた。仕事をちゃんとやらないと殴られた。木を伐採したり、ニンジンを収穫したりする仕事だったが、朝5時から夜の7時まで働いた。そんなに働いても、一生懸命ではないと、すぐに殴られた。
■証言③2009年に人身売買された咸鏡北道出身の女性
2009年に中国に行った。私より若く、美しい朝鮮女性らがたくさん来ていた。数日後、女性たちが全員いなくなった。後で朝鮮族ブローカーに尋ねたら、「体を売る場所に行った」と聞かされた。私はそんな所には行きたくないと思い、中国人の家で暮らした。
生活は非常に苦しかった。言葉も通じず、食事も口に合わなかった。苦しんでいると、隣家の朝鮮族のおばさんが「働き口を紹介してあげる」と言った。その言葉を信じてついて行ったが、小さな居酒屋に私を売り払った。「体は売らない」と3日の間、争ったが、結局金と食事をもらえず、無理やり体を売らざるを得なかった。