1. HOME
  2. World Now
  3. 金正恩氏の別荘も被害? 気候変動が北朝鮮を襲ったら、の予想図

金正恩氏の別荘も被害? 気候変動が北朝鮮を襲ったら、の予想図

北朝鮮インテリジェンス
豪雨被害を受けた北朝鮮・咸鏡南道を視察する金徳訓首相(右)。8月12日付の労働新聞が伝えた=同紙ホームページから

朝鮮中央通信によれば、正恩氏は2日の党中央委員会政治局拡大会議で「世界的に災害の恐れがある気象現象がひどくなっており、わが国にもその危険が押し寄せている」と語った。北朝鮮には昨年、3個の台風が連続して国土を直撃した。今年も8月上旬、東北部の咸鏡道で大規模な水害が発生した。農耕地や鉱山などで大規模な被害が発生している模様だ。

正恩氏は、国家経済発展5カ年計画(2021~25年)で、河川の改修と渓流砂防工事、堤防補修と海岸防潮堤工事を基本的に終えるよう指示した。

9月2日の党中央委員会政治局拡大会議で演説する金正恩朝鮮労働党総書記=朝鮮中央通信ホームページから

だが、世界的な気候変動の波は、小手先の対応で解決できるほど簡単な問題ではない。最近でも、ギリシャやイタリアなどで大規模な山火事が続く一方、今月には、ニューヨークなど米東部で大雨による大規模な被害が発生した。

こうした国々に比べ、北朝鮮は災害に対する耐久力や復旧能力に著しく欠けている。米国の研究機関、ウッドウェル気候研究センター(WCRC)などが7月に発表した報告書は「気候変動が、既に不安定な北朝鮮の状況をさらに悪化させる」と警告した。

報告書は、気候変動の影響で、北朝鮮の穀倉地帯でのコメ生産が不作に陥る頻度が、従来の7年に1回から5年に1回になると予測した。平壌では2020年の梅雨の時期、市内中心部を流れる大同江にかかる橋が2度、通行止めになった。平壌市内で洪水が発生する可能性は、従来を100年に1度とした場合、2050年までに34年に1度にまで悪化する。北朝鮮沿岸の海面は50年までに0・3メートル上昇。年間、約55万3千人が洪水被害を受けるという。日本海側の元山近くにある金正恩氏の別荘や海岸の観光施設なども水害に遭う可能性があるという。

さらに、報告書は昨年、北朝鮮の寧辺核施設の一部が、近隣を流れる九龍江の氾濫で被害を受けたと指摘した。1971~2000年の間を100年に1回とした場合の洪水発生率(毎年、1%の発生確率)が、2050年までには68年に1回になるという。報告書は「洪水は核分裂物資の生産と原子炉の安全な機能に脅威を与える可能性がある」と指摘した。北朝鮮の潜水艦基地がある日本海側の新浦も気候変動による被害を受ける可能性が高いという。

朝鮮中央テレビは8月11日、咸鏡北道で道路が浸水するなどの大きな豪雨被害が出たと報道。被害地域には、舞水端里の弾道ミサイル発射基地がある花台郡も含まれていた。米政府系放送局、ラジオ・フリー・アジアは、豊渓里核実験場がある吉州郡も大きな被害を受けたと伝えた。核実験場に至る道路や橋が至るところで寸断された模様だ。

豪雨被害を受けた咸鏡南道での復旧活動。8月10日付の労働新聞が伝えた=同紙ホームページから

なぜ、ここまで北朝鮮は気候変動に脆弱な国になってしまったのか。

脱北した元党幹部は「朝鮮には近代国家建設のビジョンがなかった」と語る。金日成主席は「瓦の屋根の家に住み、絹の服を着て、コメのご飯と肉のスープが食べられるようにする」と語っていた。貧困からの脱出というわかりやすい政治目標だったが、専門家の意見を取り入れた国造りにはつながらなかった。

北朝鮮は1970年の第5回党大会で「全国水道化構想」を打ち出した。これも「川や井戸から汲んだ水おけを頭に載せて歩く女性の姿を根絶しよう」という発想からだった。

北朝鮮が1980年代、平壌近郊の港湾都市、南浦のそばに建設した西海閘門も、政治的な産物だった。金日成氏はかつて「(日本海側の)元山から平壌を経て南浦までつなぐ半島横断の運河の建設」を唱えたことがあった。金正日総書記が父親と自分の政治的業績を狙って建設した。WCRCなどの報告書も西海閘門について「湿地が提供していた生態系を減らす」と指摘している。

平壌も過去、何度も大規模な洪水被害に遭っていた。金日成氏がボートに乗って市内を視察する記録映画を見た脱北者もいる。それでも、被害が一過性だったため、学校では「朝鮮は日照りも洪水も知らない国だ」と教えてきた。

それが、1990年代になり、多数の餓死者を出した「苦難の行軍」を引き起こすほどの大水害に見舞われた。近年では毎年のように干ばつや水害が発生している。WCRCの報告書は「気候変動は、北朝鮮の国内統治と体制の安定に対する最も直接的な脅威だ」とし、「その影響は、地域の緊張を悪化させる可能性もある」と指摘。苦難の行軍当時に脱北者が相次いだように、大量の難民が発生する可能性も指摘した。

北朝鮮も金正恩氏の発言に代表されるように、危機感を抱いているが、インフラ整備に乗り出す資金がほとんどない。韓国政府が18年に行った調査によれば、北朝鮮の鉄道では、建設から60~110年経った橋をそのまま使っている。幹線道路もコンクリートを使っていたが、破損した箇所は土砂で補うため、大雨ですぐに流出してしまう。

エネルギー不足などから森林を乱伐し、全国の2割の森林で荒廃が進む。土砂を伴った雨水が山間部から河川に流れ込むため、洪水が起きやすくなっている。正恩氏は植林作業を推進しているが、成果が出るのは20年以上先になる。

8月7日付の労働新聞は1面で「災害性気候に徹底的に対処していく」とした記事を、国家非常災害委員会の様子などとともに伝えた=同紙ホームページから

北朝鮮当局が台風や地震などによる被害を抑え込む指針を示した「国家防災戦略」は、2030年を目標に警報システムや避難所の整備をうたう。朝鮮中央テレビは昨夏の台風被害の際、24時間体制で台風の接近情報を伝えた。台風被害の復旧作業のため、正恩氏が平壌市民に対し、被災地に赴くよう異例の呼びかけを行った。

だが、この戦略にも、インフラ整備についての具体的な構想は盛り込まれていない。英語版には「グローバルな協力が必要だ」と明記したが、国際社会に応じる動きはない。バイデン米政権は、北朝鮮が具体的な非核化措置を取るまで、制裁の緩和には応じない方針を打ち出している。

■技術革新や気候変動を巡る安全保障に詳しい長島純・防衛大学校総合安全保障研究科非常勤講師(元空将)の話

北朝鮮は、気候変動の影響の重大さを見誤り、脆弱な社会インフラの建て直しを行わなかったつけを払わされているように見える。

現在、懸念される気候変動には、多くの気象要因が複雑に影響を及ぼし合い、その影響が予測を超えるスピードと激しさを持つようになる「非線形相互作用」という特徴がある。

その結果、大洪水や山火事が、年を追うごとに頻繁にその規模を増している現状に、世界は直面している。

金正恩氏は、核兵器や弾道ミサイル開発に国家資源を優先的に投入したため、自ら社会システムの脆弱性を招いているようだ。軍事分野でも、異常気象による浸水や高温化によって軍事基地や関連施設が使用できなくなる事態も想定される。今後は、今月に試射を行った鉄道利用ミサイル発射システムや車両型の移動式発射台(TEL)を多用する可動式ミサイル発射態勢への変換を図り、気候変動の影響を局限化しようとする試みも考えられる。

将来的に、社会インフラの再整備には、多くの時間と費用がかかる。気候変動の影響が非可逆的に厳しくなってゆくなかで、正恩氏は、軍事力強化と国土強靱化を天秤にかけるという、難しい国家統治を迫られるのではないか。この北朝鮮の状態を放置すれば、北アフリカや中東の一部で見られる気候難民の流出や食糧不足に起因する国内情勢の不安定化が早晩起きると考えられる。東アジア地域の安全保障に影響が及ぶことも懸念される。気候変動の影響は、国や地域を選ばない。東アジア地域の安定という観点から、北朝鮮の気候変動に対する回復力(レジリエンス)を増やすよう支援するという考え方も必要になってくるだろう。