「教育」をテーマに行った世論調査の資料は計20余ページ。世論調査に協力した北朝鮮市民50人は男性19人、女性31人。職業は教師1人、一般労働者と農漁業従事者が各5人、党職員4人、貿易・外貨関係3人、医療関係者4人、治安・軍関係者2人、自営業・主婦6人、密輸業者19人、政府職員1人。居住地は平壌7人、江原道・慈江道各3人など、人口分布に比例して偏りがないようにした。すべての回答者には子どもが1人ずついる。10歳未満が9人、10代が35人、20代が6人だ。
金正恩総書記は2011年末の権力継承後、科学技術の発展に力を注いできた。朝鮮労働党は6月に開いた党中央委員会拡大総会で、改めて「全ての部門、分野で科学技術の発展を中核戦略として捉え、これに主な力を入れなければならない」と強調した。
革命史より親が重視する教育科目は
世論調査でも、こうした世間の風潮を強く意識した結果が出た。
「学校教育で最も重要な科目は何か」について、複数回答で尋ねたところ、断トツに多かったのが「数学」で41人、次いで「英語」(26人)、「コンピューター」(19人)だった。40.7%が「知識と能力を高める」と答え、32.2%が「大学入学に役立つ」とした。一方、北朝鮮当局が力を入れる「革命史」を挙げた人はわずか3人だった。回答者の9割が、「政治イデオロギー教育の時間を増やす必要はない」とも答えた。北朝鮮の親たちが、学校が子どもの思想教育の場になっていることを憂えている様子がわかる。
広がる貧富や地域による教育格差
そして、驚かされたのが家庭教師を雇っての「私教育」の充実ぶりだ。
回答者の61%が「自宅にコンピューターがあるか、家庭教師と共にコンピューターを学んだ」と答えた。父母の39.2%が「子どもにプライベートな授業を受けさせることで、学校の地域間格差などを解決する」と答えた。同時に15.2%が「金銭的な余裕がないので、私教育はあきらめている」とした。これらは、北朝鮮でも貧富による「教育格差」が広がっている事実を示している。
この世論調査に協力した50人の北朝鮮市民の月収は、「30万ウォン以下」が19人、「30万から50万ウォン」が13人、「50万から100万ウォン」「100万から200万ウォン」が各6人、「200万ウォン以上」も5人いた(1人は月収額不明)。
北朝鮮の国内レートは1ドルが約8000ウォン。平壌の4人家族世帯の1カ月に必要な生活費が100ドル程度、地方であればその半額から3分の1程度とみられている。11人は余裕のある暮らしが可能だとみられる一方、収入の格差は、この調査対象者の間だけでも10倍程度に広がっていることがわかる。
教師の暮らしも副業だのみ
逆に教育現場でも、副業なしには生活が成り立たない状況になっている。
教師は日常的に生徒の父母からの食糧や金銭の支援を必要としている。コンピューターや英語などの技能がある教師が裕福な家庭の「家庭教師」としてアルバイトに手を染めるのは自然な流れでもある。
親たちが教育に熱心なのは、子どもの未来を案じているからでもある。
40.4%が「大学に入学すれば幹部になれる」と答えた。北朝鮮では一般に管理職を「幹部」、党や軍、政府の高官など最高指導者の側近たちを「最高幹部」と呼ぶ。そして、大学に入るためには「成績が最も重要だ」と答えた人は50人のうち、47人にものぼった。
進学のハードルは性別と「身分」
しかし、北朝鮮では大学入学を果たすまでに、様々な不条理と戦わなければいけない。まず、多くの北朝鮮の人々が「女性は大学に入学する必要がない」と考えている。回答者の32%が「女性は家事などを手伝うべきだと教えられている」と答え、23.7%が「女性は家事などを手伝う必要があるから、大学に行く必要はない」と答えた。
さらに、北朝鮮には出身成分という独特の身分制度がある。独立運動や朝鮮戦争に参加した人の子孫らの「核心層」、一般の市民が属する「動揺層」、親族や祖先に日本統治の協力者や韓国に逃れた人がいる場合の「敵対層」に分かれる。さらに50前後の細かな身分に分かれ、敵対層であれば、決して大学進学や管理職への就職はかなわない。
回答者の45.1%は「出身成分が良ければ、大学で学位を取って幹部にもなれる」と答える一方、30.4%は「ほとんどは軍隊に入ることで朝鮮労働党への入党を目指す」と説明した。出身成分は秘密とされ、普段は自分がどの階層に属しているのかを知ることはできない。回答者の32.8%は「希望する仕事に就けなかったとき、自分の成分が悪いことを知った」と答えた。48%が不公平だと感じているが、出身成分制度を改革する手段はない。
この世論調査は、北朝鮮社会が停滞し、人々が無力感にさいなまれている様子を改めて浮き彫りにしたが、社会が少しずつ変化している様子も映し出した。我が子の未来を案じる感情は、日本人も北朝鮮人にも変わりがないこともわかる。金正恩総書記がこの世論調査をみた時、果たして何を考えるだろうか。