北朝鮮の義務教育期間は従来、幼稚園1年、小学校4年、高等中学校6年の計11年だった。2012年の最高人民会議でその期間を11年から12年に拡大することを決めた。2014年から、幼稚園1年、小学校5年、初級中学校3年、高級中学校3年の制度に変更したとみられていたが、全面的な移行は2017年4月からとされている。
世論調査に協力した北朝鮮市民50人は、男性19人、女性31人。職業は教師1人、一般労働者と農漁業従事者が各5人、党職員4人、貿易・外貨関係3人、医療関係者4人、治安・軍関係者2人、自営業・主婦6人、密輸業者19人、政府職員1人。居住地は平壌7人、江原道・慈江道各3人など、人口分布に比例して偏りがないようにした。すべての回答者には子どもが1人ずついる。10歳未満が9人、10代が35人、20代が6人だ。
義務教育の拡大を歓迎できない理由
調査では、北朝鮮による義務教育期間の1年延長を巡る是非を尋ねている。
「良いことだ」「良くも悪くもある」がそれぞれ32%、「悪いことだ」と答えた人が36%いた。義務教育期間の延長について、手放しで喜べない人が6割以上もいる。これはいったい、どういうことだろうか。
それは、北朝鮮の人々の義務教育に対する考え方で変わってくる。日本など民主主義の国々では、義務教育は高等教育へのステップだと考える人が大半だ。義務教育の期間中、親は子どもに、少しでも充実した教育を施し、「良い高校」「良い大学」に進学させようとする。
ところが、北朝鮮の50人のうち、高校生活が大学入試のための準備期間だと捉え、「準備期間がさらに1年増えた」と考えた親は、平壌に住む2人の回答者だけだった。大多数は、義務教育を終えた後、子どもがどのような社会生活を送ることになるのかを考えながら、回答した。
この資料によれば、北朝鮮の大学進学率は、最も高い平壌で8.2%、最も低い黄海北道では2.8%しかない。文部科学省によれば、日本の2022年度の大学進学率は56.6%。北朝鮮が敵対する韓国は約8割とされる。男子の場合、大多数が軍隊に入隊することになる。
このうち、義務教育期間が1年増えたことを歓迎した回答者の一人は、その理由について「子供たちをもっと長く家にとどめておきたい」と答えた。「16歳から17歳で高校を卒業するのは、早すぎる」「16歳か17歳で軍隊に入るのは早すぎる」といった回答もあった。逆に、「長い兵役期間を考えた場合、できるだけ早く卒業すべきだ」と答えた人もいた。
「兵士減る」、軍部が義務教育拡大に反発か
北朝鮮関係筋によれば、義務教育制度の改編を巡っては北朝鮮内部で議論があった。
当初、期間を1年延長することで、高級中学校の卒業年齢を1年遅らせて17、18歳とする案が浮上した。ところが、軍部が「兵士の数が減る恐れがある」として猛反発し、6歳だった幼稚園の入園年齢を5歳に引き下げることで決着したという。結局、当局も義務教育について、主に「軍への入隊までの準備期間」と捉えていたことがわかる。
それでも、以前の北朝鮮では「軍隊に行けば、衣食住の心配はない」「除隊後に優先的に朝鮮労働党に入党できる」といった理由から、子どもの入隊に賛成する親も少なくなかった。ところが、最近は軍隊内部でも食糧が日常的に不足し、駐屯地周辺での農作物の盗難事件などが多発している。
韓国国家情報院は2021年3月、韓国国会での報告で、北朝鮮での徴兵期間が男子は9、10年間から7、8年間に、女子は6~7年間から5年間に、それぞれ短縮されたと説明した。ただ、これは除隊軍人を鉱山や農場、建設などの労働に動員するための措置とみられている。
除隊軍人についても、正規の労働党員資格を与えるまでの党員候補の期間を1年から3年に延ばすなど、入党手続きを厳しくしている。こうしたことから、北朝鮮の人々は子どもを軍隊に送ることに慎重になっているとみられていた。今回の世論調査の資料からも、その傾向が見て取れる。
根強い「女性に高等教育は不要」の考え
また、女の子を持つ親の一人は「早く社会に出た方が、結婚するためのお金を多く稼げる」と答えた。32%の回答者は、「女性は家事や育児をする必要があるから、大学に行く必要がない」とも答えている。
北朝鮮では朝鮮戦争(1950~53年)で数多くの死傷者が出て、労働力不足に陥ったことから、女性が様々な分野で働くようになった。それでも、「結婚するのが女性の幸せ」「社会で責任あるポストに就くのは主に男性」という通念が根強く残っている。
資料もこの回答について「ジェンダーが北朝鮮社会での役割の決定にどう影響を及ぼすかを明確に示している」「北朝鮮ではジェンダーについての理解が不十分だ」と指摘した。