交通事故の後、先生から電話「お金は足りてる?」
市中心部から車で約30分。中国系やヒスパニックの人が多く住む地域にあるブライトンパーク小学校の壁には、タイルのモザイクにスペイン語の言葉が刻まれていた。昨年11月の週末の夕方、学校前の園庭で遊ぶ子どもたちと、見守る母親がいた。子どもたちはこの学校に通っているという。
学校について尋ねると、母親のアレハンドリーナ・マルドナドさん(36)は「学校が心配してくれるなんて驚いた。でもあれで、私自身の学校とのかかわりが変わった」と3年前のことを振り返った。
当時、交通事故で母を亡くし、自身もけがを負った。先生たちからは「大丈夫?」「お金は足りている?」と何度も電話がかかってきた。子どもを気にかけてくれ、食べ物も提供してくれた。自身もシカゴの学校に通って育ったが、学校がそんな風に暮らしまで気遣ってくれるなんて考えてもみなかった。
仕事と子育てで精いっぱいな毎日。それでも、事故をきっかけに学校が保護者向けに開く裁縫講座を受けた。講座はアートやズンバなどいろいろあり、保護者が生活にあわせて学べるよう、朝や夕方など様々な時間帯に開かれている。
マルドナドさんは「ここまでやってくれると、やれない言い訳ができないです」と笑う。
ブライトンパーク小学校は市内に20あるSCSに指定された公立学校の一つ。SCSは、公立幼稚園から高校まであり、市が20校に対して1000万ドルを予算化。朝9時から午後3時までという通常の学校の時間帯のみの運営ではなく、保護者の出勤時間を勘案して、学校の授業前や授業後も、子どもたちの宿題などを面倒をみてもらえる。
子どもと保護者が一緒に朝食の提供も受けられる学校もあり、中には地域住民も受け入れることもある。地域の学校機能のありようから変えていっているのだ。
学校を核に地域の再生目指し教職員組合が連携
全米第3の都市シカゴは20世紀、南部に住んでいた黒人の人たちが多く移り住むようになった地域で、今も人口の5割以上が白人ではない。その後南米やアジアから移民が加わり、異なる文化背景のある人々が地域ごとに住んでいる。
2000年代初頭、シカゴ市は地価が下がりがちだった中心部の都市開発を進めようとした。その一環として、公立学校を閉校し、チャータースクール(教育委員会から特別認可を受け、民間が運営する学校)を導入する方針を示した。公立学校に通っていた子どもたちが通えなくなる場合が出てくるとして、地域住民らが反対し、ハンガーストライキなどで抵抗した。
その時一緒に運動したのが、シカゴ教職員組合のメンバーたちだった。この運動によって20年以上ストライキをやっていなかったシカゴ教組そのもののを改革。運動の参加者らが労組内でグループをつくり、2010年に当時の執行部に選挙に挑み、新執行部がつくられた。
地域活性化のために閉校するのではなく、学校を核にして地域住民も支援して地域を再生する。公立学校の閉校問題がシカゴ教組を改革し、SCSの活動につながった。
SCSの源流は、シカゴにもともとあった「草の根の教育運動」と呼ばれる社会運動にある。子どもたちの教育、住まいなどさまざまな課題を解決しようとする団体がつながって連合体をつくり、取り組みを進めようとしていたが、なかなかうまくいかなかった。そこに、シカゴ教組が加わることで動き出した。
組合はまず2016年に市と間で結んだ労働協約を結ぶ交渉の中で、社会課題に取り組もうとした。雇用関係にない第三者が協約に入るのは異例だが、地域の団体にも交渉に加わってもらい、協約の中に、SCSのための予算化など、取り組むべき社会課題を盛り込み、実現にこぎつけてきた。
教壇に立つだけではなく、子どもが暮らす地域の課題解決に、教員たちが向き合う。こうした取り組みを進めることについて、シカゴ教組のジャクソン・ポター副会長は「教えるという仕事を遂行するためにも、子どもたちを取り残さず、学べる環境をつくりたい」と話す。
この活動が「健康保険や賃金を要求するだけではなく、私たちのアイデンティティーを広げた」。子どもたちを支援することで、保護者たちの間でも労組への理解も進んでいるという。
移民の文化やキャリア教育…ニーズに合わせたカリキュラム
シカゴ教組のSCSタスクフォースのモニーク・レドー・スミスさんは「SCSで最も大事なのは授業のカリキュラムだ」と話す。それぞれの地域に即した内容を地域の人ともに作り上げている。
たとえば植民地支配前のアフリカやラテン文化などを学んだり、地域の人にも参加してもらって、ときに生き証人として近現代の話を語ってもらったりしている。移民が多い地域では、英語が母語ではない子どもや保護者も多い。その場合は英語教育に加えて、母語にも目配りする。地域によってニーズが異なる。
キャリア教育も、いまある職業を念頭におきつつも、今の時代は今後まったく想定していない仕事が出てくるかもしれないことにも目配りする必要がある。生き抜くために、情報を集め、読み解き、そして議論して伝えるといった、批判的思考を育てることに重きをおく。
このように地域のニーズにあわせながら自由にカリキュラムを作りつつ、発達段階に応じた教育になっているかどうかをしっかりみているという。
SCSは大きな挑戦だ。学校が地域や民間の力を借りて広げるだけではなく、地域と学校が本当の意味で対等な協力関係づくりを目指し、権限も譲渡したからだ。そのために欠かせないのが信頼関係づくりだ。カリキュラムも、予算配分の権限についても、学校だけではなく、地域の団体も等しくもつようにした。
スミスさんは「学校というものは、変化よりも維持を重視し、校長を軸にトップダウンで物事が決まりがち。でも一緒にやるなら権限も分け合わなくてはいけません。学校自体を変化させるのがSCSなんです」と話す。
その結果、保護者が『新しい人生を与えられた』と感じ、自らも学校に行き直すケースもでてきているという。また、SCSの取り組みが全米のほかの地域に広がっている。
「公共のための交渉」運動で労組の役割を再定義
このように労組が他の団体と手を結び、公益のために交渉することは、それ自体が「公共のための交渉」と呼ばれる運動として、米国内で広がりつつある。
また、こうした取り組みを大学なども支援している。その一つ、ジョージタウン大学では、カラマノビッツ・イニシアチブという組織が労組と他団体の間にたち、戦略を考え、計画づくりをアドバイスをしている。産業別組合出身で、同大フェローのスティーブン・ラーナーさんは、「リーマン・ショック後に労組への批判が集まった中で防御的になるのではなく、いいことをやって攻めの姿勢でいこうと考えて始まった」と説明する。
この枠組みに大学が入る理由について、「コミュニティーグループと労組はときにライバル関係にもなりうる。中立的な立場である大学がはいることで協働がやりやすくなる」と話した。
他大学とも協力し合いながら、ニューヨーク州、カリフォルニア州、オレゴン州、ミネソタ州、マサチューセッツ州、最近ではテネシー州、フロリダ州など、全米のさまざまな地域に輪を広げ、さまざまな業界の労組が、公益のための交渉に動き出せるように支援している。
ニューヨーク市立大のステファニー・ルース教授は「リーマン・ショック後の不況で、経営者は労組をやりこめることに成功した。それに対抗するため、労組側が世論を味方にしたいと考えるようになった面もある」と説明する。
伝統的な労組も、社会と向き合うことで自らの役割を再定義しようとしている。