1. HOME
  2. 特集
  3. 怒りの正体
  4. 私たちの怒りの矛先は「システム」だ 「顔のない敵」を相手にする無力感

私たちの怒りの矛先は「システム」だ 「顔のない敵」を相手にする無力感

World Now
カナダの学生が参加した、大学の登録料値上げ反対デモ=2012年、AFP

2018年から米国各地で、公立学校の教師たちがストライキや抗議行動を次々に起こしている。カリフォルニア州オークランドの高校教師アレックス・ウェブスター・ガイニー(38)は2月、学区内の公立学校全86校で決行されたストに加わった。授業をボイコットし、教育委員会に3年間で12%の給料アップを要求。参加した教師は合計で3000人に及んだ。

教師になって8年目。ニューヨーク州の学校で4年勤めた後、オークランドに移ってきた。障害などを理由に支援が必要な生徒たちを担当している。今の給料はニューヨークの初任給より年額で約1万ドル(約110万円)少ない。それなのに、本来は学校の予算でそろえるはずの消毒液などの消耗品も自腹で買わざるを得ない。「自分はまだマシ。週末にスターバックスで働いている教師もいる」

2019年2月にストライキに参加した高校教師のアレックス・ウェブスター・ガイニー=米カリフォルニア州オークランド、宋光祐撮影

教師たちのストは米国で「歴史的な出来事」として報道されている。昨年2月に口火を切ったウェストバージニア州は28年ぶり、今年1月のロサンゼルスは30年ぶりで、オークランドも大規模なストは23年ぶりだった。労働組合ではなく、個々の教師たちがストを主導したことや、党派色がないことも異例だった。追い込まれた先生たちに理解を示し、生徒や保護者の多くがストを支持した。

図書館はあるのに司書がいないために使えず、スクールカウンセラーもいない。予算は削られ、公立学校は窮地にある。オークランドはかつて、アフリカ系やヒスパニック住民が多く、生活費も安かった。しかし、テクノロジー企業がシリコンバレーに集まったことで高所得の社員らが移り住むようになって物価が高騰。富裕層の子どもらが多く通う学校には多額の寄付金が集まる一方で、税収は増えているはずなのに、公立校には予算が回ってこない。改善されないままの教育環境や待遇に、教師の怒りは限界に達した。

ガイニーたちの怒りの原因は、賃上げで消え去るわけではなく、もはや教育委員会だけでは解消できない複合的なものだ。「不平等が永遠に続くような『システム』になっている」…… 世界に渦巻く怒りにとって「システム」は大切なキーワードだ――。カナダのモントリオール大学教授のセシル・ヴァン・デ・ヴェルデ(43)はそう考えている。

フランスから2012年にカナダに移ってきた。当時ケベックでは、学費値上げに反対して、大学生たちが抗議行動を続けていた。現場に足を運んでみると、前年にスペイン・マドリードで緊縮財政に抗議の声を上げた若者たちと同じ、「民主主義」「教育」「正義」という言葉が使われていることに気がついた。

2012年4月にモントリオールであった学費値上げへの抗議デモ。プラカードには「一人親家庭でがんばっている博士課程の学生……学費値上げには反対。これでも甘ったれですか?」=セシル・ヴァン・デ・ヴェルデ撮影

抗議の原因も国の制度も違うのに、訴えが同じであることに関心を持ち、本格的な調査を決心。直後に再びマドリードに行き、若者たちのデモを観察した。そこから6年かけて南米チリ、雨傘運動の香港、労働法改正に反対する「立ち上がる夜」と昨年の「黄色いベスト運動」のフランスで若者を中心に毎回30~50人の話を聞いて回った。

彼らが自分の感情を表現するのに使った言葉は「怒り」。その矛先として出てきた共通の言葉が「システム」だった。高学歴の参加者は学位を取っても仕事が見つからないことなどを例に挙げて怒りを説明した。高等教育を受けていない人たちの中にはなすすべなく、自分に怒りを向けている人もいた。

現場で掲げられた手書きのプラカードには、怒りと絶望がにじんでいた。「一人親家庭でがんばっている博士課程の学生。これでも甘ったれですか?」「失うものは何もない」「未来がない」

「システム」とは何か。ヴェルデは「顔のない敵」と言う。「会社や大学、銀行、政府……。どの組織も問題を完全には解決できないことをみんなが知っている。怒りは無力感から生まれているのではないか」……

人々の怒りは増している。米国ボストンに住むボストン大学研究員、ネイサン・パーキンス(33)とソフトウェアエンジニアのトミー・リヤン(36)はそう感じている。ただし、統計はなく感覚に過ぎない。だから、2年前から「カウント・ラブ」と名付けたウェブサイトを立ち上げ、全米の抗議デモを記録してきた。

全米の抗議デモを記録するサイト「カウント・ラブ」を運営するトミー・リヤン(左)とネイサン・パーキンス=米マサチューセッツ州ボストン、宋光祐撮影

トランプ大統領の就任翌日にボストンの公園であった「ウィメンズマーチ」に参加して、参加者の多さに衝撃を受けたのがきっかけだった。以来、2人は毎晩手分けをしてパソコンで米国中の新聞のサイトを「デモ」「抗議」「集会」などのキーワードで検索。記事を見つけては、日時やテーマ、参加者数をサイトに落とし込んでいる。ダウンロードした記事は2年間で7万本に上る。 全米の抗議デモをウェブ上に可視化して分かったのは、マスメディアでは銃規制や医療保険制度改革が注目されるのに対して、実際に多いのは人種差別に対する抗議だったことだという。

リヤンは「少なくともトランプ政権の後しばらくまでは続けたい。今の抗議が普通よりも多いのかどうか比べたい」と話す。パーキンスがこう言葉をつないだ。「未来のために歴史的な記録を作っているつもりだ」