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公立校でもこんなに自由 テストもチャイムもない、台湾の実験学校

World Now
台湾・台北市中心部にある「和平実験小学校」。実験中の教室では、子どもたちの笑い声が響いていいた

■前評判で地価がはね上がった

台北市中心部。近くにオフィスや官庁、立派なスポーツセンターが並ぶ閑静なエリアに2017年9月、ピカピカの学校が登場した。少子化が進む台湾で、完全に新設の公立小学校というだけでも珍しいが、ここは学習指導要領に沿わない独自の教育ができる「実験学校」。開校前から注目され、入学を希望する保護者たちが近くに住もうと引っ越してきて、地価が跳ね上がったという学校だ。

台北市の「和平実験小学校」。幼稚園も併設、立派な校門や真新しい設備が印象的だ

6月のある金曜日、1時間目の授業中の午前9時前に学校を訪れると、小さな子たちが校庭でポールの周りで駆けっこのようなことをしていた。体育館に行くと、今度はもっと年長の子たちがバスケットボールに汗を流している。230人近いという全校児童が、みんなで体育の時間? 運動会前の練習でもしているのだろうか?

校長室を訪ねると、黄志順・校長(50)は開口一番、にこにこしながら問いかけた。「子どもたちの様子を見ましたか? うちの学校は1時間目の40分は毎日、身体を動かす時間なんです。普通の公立学校では、体育の授業はせいぜい週に2回くらいでしょう。勉強を始める前に体を動かすのはいいことだと誰もが知っているのに、なぜできないのか」。確かに、日本で公立小学校に通う息子の体育の授業も、週に2~3回だ。

黄校長は続けた。「わたしも20年以上、公立小で教えてきましたが、政府が定めたとおりの知識を責任持って児童に教え込もうとしていると終わりはありませんからね。教える機械のようになってしまう。この学校では、なににも縛られる必要はありません。教科書も使わないし、カリキュラムも、子どもの様子を見ながら、『この子には今の段階で、なにを身に付けてたらいいだろうか』とゼロから考える。教師たちの負担は大変なものだけどね」

台湾・台北市中心部にある「和平実験小学校」。広々とした教室では、少人数のグループにわかれた選択授業の最中だった

■クラス分けず、緩やかな編成

1学年は58人で29人ずつ2クラスで編成しているが、教室も担任も、クラスごとに分かれているわけではない。日本の一般的な教室の3倍ほどもある大きな教室を緩やかにゾーンでわけて、3~4人の学年担任が互いに相談しつつ、学年全体に責任を持つかたちだ。「普通の学校では、学級(クラス)の存在が大きくて、お互いのクラスのことにはあまり干渉しない。だから教師はどうしても独断的になったり、孤独になったりもしやすい」と校長は言う。

授業の中身によって、少人数のグループにわけたり、多人数で一つのテーマに取り組んだりと、編成は有機的。授業の開始や終了時にチャイムを鳴らすこともない。3年生からは必修科目のほかに「化学実験」「舞台デザイン」「プログラミング」「フランス文化」といった多彩な選択科目があり、自分で希望する授業を選択して十数人程度の少人数で学ぶ。テストもなければ、授業の開始や終了時にはチャイムも鳴らない。

台湾・台北市中心部にある「和平実験小学校」では、2年生が段ボールや机など、いろいろな材料を使って「密室」をつくり、「脱出ルート」を考える授業をしていた

古くからある私立や公設民営の実験学校では、必ずしも教員免許を持たない多様な人材が教えているというが、この学校の教師たちは当然、もともと普通の公立校で教えてきた教員だ。制度内の教育に尽力してきた教師が突然、実験学校で教えることになったら戸惑うのではないか。

校長は「開校する前、教師たちはそれはそれは緊張していた。チャイムを鳴らさなければ、子どもたちはいつまでも遊んでしまうのではないかとか、いつ授業を終えるべきかわからないのではないかとか。もう死にそうでしたけど、1年たってみると、チャイムや教科書がなくても、やっていけることがわかってきました」と笑った。「ゼロから作り上げるから、教える側の負担は大きい」というが、自ら実験学校で教えたいと応募してきた教師たちは「熱意がすごいから、大丈夫だ」という。

「どんな授業をつくろうかと、いつも頭をめぐらせている」と話す和平実験小学校の黄志順校長と、教師の荘静圓さん

■「公立だから」と安心する親

子どもや保護者にとっては、自分自身が通った一般的な学校とは違い、歴史や前例のない「実験学校」に子どもを入れることに躊躇はなかったのだろうか。詰め込み教育や学歴偏重への批判的な気持ちから、子どもを特別な理念のある学校に入れる親がいるのはよくわかるが、「1学年58人の定員なのに、応募説明会に1000人が詰めかけた」という話を聞いて、疑問に思った。

小学4年生の息子を一般的な公立小学校から転校させて、この学校に入れたという父親に話を聞くと、「これまではオルタナティブな教育に興味はあっても、どうしても体制外の教育という目で見ていた。だけど、公立の実験学校ということなら、話は違う。もともと通っていた学校に不満だったわけではないが、もっと自主的に、興味を持って学ぶ力をつけてもらいたいと思った」という。

台北市の「和平実験小学校」の校庭。青々とした芝生のあちこちに色とりどりの遊具が置かれていた

転校して2年。「この学校に通わせてよかったと思うのは、息子の自己肯定感が増したように感じるから」だという。「元の学校ではしょっちゅうテストがあって、70点、80点という結果を見せられると、親としては、つい『なんでここを間違ったのか』『もっといい点が取れたのに』と間違いばかりが気になっていた。それが、ここではテストのかわりに、長い間かけてやった制作やリポートのプロセス全体が評価の対象になる。そのせいか減点方式で見なくなり、子どもも自信を持てるようになった」

自分の学校時代とくらべて「もっとたくさん漢字を覚えるべきではないか、とか心配になることはある」というが、「意見をしっかり言えるし、下の学年の子たちに優しい気持ちを持てるようになった。今しか学べないことを、しっかり吸収してほしい。保護者も学校の運営に参加しているつもりで、心配なことはなんでも質問すればいい」という。

「和平実験小学校」の児童の絵

我が子が公教育の枠から外れる「リスク」を感じず、柔軟で先進的な授業を「新しい教育のモデルをつくろう」という意欲にあふれた教師のもとで受けられる。そのうえ、ほかの公立校と同様で授業料は無償だ。理想的だと思う一方で、こうした公立実験学校が、教育格差を生み出す可能性も感じた。

和平実験小学校には「お受験」などは一切なく、入学はすべて抽選で決まる。だが、近くに住んでいれば抽選の機会が多くなる制度はある。開校を前にした応募説明会には、1学年58人の定員のところに1000人押し寄せたといい、2年目、3年目になっても人気は変わらない。「経済的に苦しい家庭の子も通っていますよ」と言う一方で、「少しでも近くに住もうとする人たちのおかげで、地価が跳ね上がったそうです」と校長も認める。台北市の一等地に住宅を買ったり借りたりできない家庭が、抽選の過程で不利になるのは確かだ。真新しい遊具などの立派な設備は、保護者からの寄付によるものもあるという。

広々とした食堂で熱々の給食をいただきながら、AI関連の営業職をしているという母親と話した時の言葉を思い出した。姉はここに通っているが、弟は抽選に外れたため、私立の実験小学校に入学させたという。彼女は、こう言い切っていた。「公立で無償だから、ここに通わせるという家庭は多くないと思う。公立であろうと、私立であろうと、最もいい教育を選んでいるだけ」