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ベテラン児童精神科医が教える、子どもを子どもとして扱う大切さ

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
外山俊樹撮影

Deutschland VERDUMMT』(馬鹿になるドイツ)の著者ミヒャエル・ウィンターホフは児童精神科医で、本書はドイツの教育の在り方に対する批判である。

現在、学校で年齢が12歳ぐらいまでのクラスでは、授業中に児童が立ち上がって歩いたりするのは日常茶飯事だという。ブレーメン市の調査では、教室内の平均騒音は60~85デシベルと幹線道路で授業しているのと同じで、声を張り上げるため、教師の多くが声帯を痛める。生徒に耳栓を買うように保護者に手紙を出した学校もあり、授業崩壊も珍しくない。

以前なら子供には自分と関係をもってくれる大人がいて、注意されたり、模範にしたりして、絶えず何かを学び精神的に成長した。そんな大人は、親をはじめ身近な人たちであり、また幼稚園や学校の先生でもあった。子供は就学年齢の6歳になると、学ぶことに納得し、4時間ぐらいじっと座ることができた。

今の子供は精神的にこの段階に達することもなく、学校に迷い込んだのに等しい。その理由は、子供は大人との関係が希薄になり精神的に成長しなくなったからだ、と筆者は診断する。

著者は児童精神科医としての長年の経験から、1990年代の中頃から親をはじめ大人たちの方が子供たちを自分たちと同一視し、「小さな大人」にしたと言う。

学校が児童からスマホを取り上げると、母親が自分から取り上げられたかのように反発するのも、自分と子供が区別できなくなったからである。小さくても子供は自主的に学ぶとされて放っておかれ、親も傍らの子供を気にせずスマホにかまけることができる。でも、子供が何かを学ぶために必要なのは、大人との関係である。

本書によると、今や義務教育を終えて就職した若者は遅刻を気にせず、目の前の客より自分のスマホを優先するといわれる。大学へ行く者も、その半分は精神的に成長していないために読解力が乏しく、卒業後働き始めたうち38%は試用期間終了後に採用されないという。

教育現場で声をからす人々から共感される本書を権威主義的として酷評する人がいるが、この反応は時代の変化に気づかないためのように思える。

クイズの賞金で巡った、世界12の街

Bin im Garten』(庭にいます)の著者マイケ・ウィネムートは、アイデアの豊かなジャーナリストである。例えば、女性は所有する衣服の10分の1しか着ないで、残りは置いたままにしているとも言われることに注目し、青色のワンピースを一年中着て、その体験をつづって注目された。

10年近く前、彼女は高額賞金が出るテレビクイズ番組に出場し、50万ユーロ(約6000万円)を獲得。一躍有名になる。この賞金で1年間世界旅行に出かけ、12の町にそれぞれ1カ月滞在した。この旅行記がベストセラーになった。

旅行中、ある町で毎朝犬と散歩して海をじっと眺める男性に気づき、無性にうらやましくなった。こうして一つの場所に腰を落ち着けたくなった著者は、バルト海沿岸に800平方メートルの庭がある小さな家を購入した。ここで2018年初頭、「地面に穴を掘って何かを植え、自分も根を下ろす」ようになる。本書は1月1日から12月31日までの彼女の不慣れな庭仕事の日記である。

例えば、4月6日、苗を分けてもらってもお礼をしてはいけない、と叱られた。お礼をすると、苗が成長しないからだという。初めての収穫はハツカダイコンで、5月11日。子供も栽培できる野菜だが、著者はうれしくて仕方がない。

この国に多い白鳥は筆者(美濃口)には傲慢(ごうまん)に感じられて、好きになれない。でも本書を読んで自分だけでないことを知った。というのは、4月9日に「1664年にハンブルクで、白鳥を怒らせる者は牢獄に3日間監禁される、という条例が布告された」とあるところをみると、昔も人々は白鳥の姿に見とれているだけではなかったことになる。

日本人が本書を読んだら、何とたわいのないと思うかもしれない。でも、2年連続で、ドイツ人は夏、連日のように40度を超える記録的な猛暑や干ばつ、なかなか消えない山火事を体験した。多くの人々は、CO₂の排出削減といわれても、まだ先の話だと高をくくることができたのが、どうやらそうでない感じがしてくる。

12月17日、著者は収穫されるまで半年近くもかかるニンジンに尊敬を覚えるようになり、これまでは乾燥して縮むと捨てたが、そんなことは絶対しないと記す。以前なら気にかけなかったこのような箇所も、多数の読者は素直に受けとめて共感するようである。

世界の紛争地で「偽善」を叫ぶ78歳

Die große Heuchelei』(大きな偽善)の著者ユルゲン・トーデンヘーファーは78歳の高齢にかかわらず、イラク、シリア、パレスチナ、イエメンなどの紛争地帯に出かける。彼は、米国をはじめとする西欧諸国の戦争や武力紛争加担に断固反対する。西欧は人権、民主主義、自由、平等といった理想を掲げてその行動を正当化するが、本当は覇権の維持や経済的利益の獲得のためであるとして、本書は「大きな偽善」という題名になった。

本書は中東の多くの紛争を扱っているが、ここでは2011年から続くシリア内戦を例に、著者の考え方を説明する。著者によると、この紛争について二つの説が国際社会では流布しているという。第1の説は、独裁的なアサド政権が、民主化を求めて抗議する自国民を武力弾圧している内乱とみる。これは欧州社会では、多数派によって繰り返し語られている。

第2の説は、米国やサウジアラビアなどの湾岸諸国が、目の敵のイランに近いアサド政権を何とか打倒しようとして、いろいろなイスラム過激派を支援。反対に、イランやロシアはシリアを支援し、戦争になっているとみる。多数派が言うような「国内民主勢力対独裁者」の争いではないので、内戦とはいえないとする。これはドイツでは少数派の説であるが、著者は米国の政治家の発言や米国防情報局のリポートなど多数の証拠を挙げており、説得力がある。

著者はシリアを含めて「アラブの春」の現場を訪れているので、「国内民主勢力対独裁者」の争いとみる多数派の説が間違っているとはいわない。でも、早い時期に内乱ではなくなり、隣国からいろいろなイスラム過激派が来て、アサド政権と戦うようになったという。この点で、昔、欧州中から傭兵(ようへい)がやって来て、ドイツを戦場にし、人口を半減させた三十年戦争のような戦争に似ているという。

多数派の説が著者から批判されるのは、欧米の人々に対して「国内民主勢力対独裁者」という善か悪かの図式を強調し、戦争の残酷さに目を向けさせない結果、何が何でも戦争を終了させるという意志を弱くさせる点である。そのため、著者は、独裁者を倒すためには命がいくら失われてもいいと思っているのだろうか、という痛烈な問いを投げかける。

ドイツの主要政党も、また主要メディアも、民主主義や自由を守るため、自国も国際社会で軍事的に貢献すべきだと考え、著者の人命尊重の平和主義を、冷戦時代の遺物で独裁者を利すると見なす傾向がある。

そのために、本書は主要な新聞や雑誌の書評に取り上げられなかった。とはいっても、幸いなことに、公共放送が本書を重要な「反戦の書」だと評価し、多くの若い人が朗読会を訪れている。

ドイツのベストセラー(ノンフィクション部門)

7月27日付Der Spiegel誌より

1 Der Ernährungskompass

Bas Kast バス・カスト

健康な食事を求めた科学ジャーナリストがその研究成果を発表。

2 Kurze Antworten auf große Fragen                               

Stephen Hawking スティーブン・ホーキング

著名物理学者が神の存在からはじめて10の難問に簡潔に答える。

3 Deutschland verdummt

Michael Winterhoff ミヒャエル・ウィンターホフ

児童精神科医がドイツの教育の危機をきびしく指摘する。

4 Becoming

Michelle Obama ミシェル・オバマ

ミシェル・オバマ前大統領夫人による回想録。

5 Das gestresste Herz                

Gustav Dobos グスタフ・ドボス

自然療法の大家が説く体のエンジン・心臓とのつきあいかた。

6 Stauffenberg. Mein Großvater war kein Attentäter

Sophie von Bechtolsheim ゾフィー・フォン・ベヒトルスハイム

ヒトラーを暗殺しようとした貴族の軍人を孫の目から見る。

7 Was ist so schlimm am Kapitalismus?               

Jean Ziegler ジャン・ツィーグラー

スイスの社会学者が孫に資本主義を打倒するべき理由を説明する。

8 Bin im Garten                                               

Meike Winnemuth マイケ・ウィネムート 

庭仕事に精を出すことにした女性文筆家の1年間の日記。

9 Toleranz: einfach schwer        

Joachim Gauck ヨアヒム・ガウク

前ドイツ大統領が民主主義を守るために戦闘的寛容を説く。

10 Die große Heuchelei

Jürgen Todenhöfer ユルゲン・トーデンヘーファー

中東での戦乱に対する西欧諸国の偽善を批判。