統一省などによれば、所得と合計特殊出世率の関係は、上位中所得国(1人あたりの国民総所得=GNI=が4466ドルから1万3845ドル)が1.53人、下位中所得国(同1136ドルから4465ドル)が2.55人、低所得国(同1135ドル以下)が4.47人となっている。
韓国銀行によれば、北朝鮮の2022年GNIは1116ドルに過ぎず、低所得国にあたる。
高所得国(1万2696ドル以上)の日本の合計特殊出生率は1.3人(同188位)、韓国は同0.9人(同203位)だ。北朝鮮で65歳以上の人口は2023年時点で12.2%とみられ、2028年に「高齢社会」(65歳以上の割合が人口の14%超)に、2039年に「超高齢社会」(同21%超)に、それぞれ突入するという。
統一省は19日付の資料で、北朝鮮で出生率が上がらない理由として、①1990年代半ばの「苦難の行軍」呼ばれる食糧難によって、出生率が一時期激減した、②経済の混乱で、女性が生計を助けるために経済活動に参加せざるをえなくなった――と分析した。
ただ、統一省の分析だけでは十分ではないようだ。北朝鮮を逃れた朝鮮労働党の元幹部は「朝鮮ではすでに1970年代半ばから一人っ子政策が始まっていた」と語る。
北朝鮮当局は当時、内部向けに「아들 딸 가리지말고 아이는 꼭 하나(息子、娘に関係なく、子どもは必ず1人)」という非公式スローガンを宣伝していたという。
中国のように人口爆発を懸念したからではない。元幹部は「70年代半ばから、北朝鮮経済がおかしくなり、子どもを2人以上産んだら育てられない、という意識が各家庭に浸透していた」と証言する。70年代初めまで、一日の穀物配給量は労働者が700グラム、一番少ない主婦が300グラムだった。ところが、80年代末には労働者で同500グラムくらいまでに減り、山間地など地方の一部では配給が停止した。
北朝鮮では朝鮮戦争で男性が大勢死亡したこともあり、1948年の建国当初から女性の社会参加を奨励していた。託児所や保育所は地域や職場ごとに設けられた。
預かる期間も日本のように朝から夕刻まで、というものではなく、「月曜日の朝から土曜日の夕方まで」というスタイルが一般的だった。ただ、北朝鮮の経済が悪化するにつれ、託児所などに預ける費用も上昇した。元幹部は「託児所で働く人の食料も負担しないといけない。預けて働いても、預けないで働けなくても、負担はそれほど変わらない」と話す。
ただ、これだけでは、「低所得国なのに出生率が低い」という、世界の流れに合わない状況が説明できない。
元幹部は「それは北朝鮮の政治体制に関係がある」と語る。
正確な統計は存在しないが、元幹部は「北朝鮮の識字率は100%だ」と言い切る。独裁体制を浸透させるためには、最高指導者の「お言葉」や「業績」、「党の唯一思想体系確立の10大原則」などを丸暗記しなければならない。字が読めないと、洗脳作業に支障を来すのだ。
逆に、国連児童基金(ユニセフ)が発表した世界子供白書2023によれば、合計特殊出生率が6.7人で最も高かったニジェールの識字率は男性51%、女性36%に過ぎない。北朝鮮の高い教育水準が、「子どもは1人まで」という政府当局の指示の徹底を後押ししたとみられる。
また、別の元労働党幹部は「北朝鮮の深刻な住宅不足も原因の一つだ」と語る。平壌のアパートでは、2LDK規模に3世代が同居したり、全く関係のない2世帯が同居することも珍しくない。
金正恩総書記は今、平壌に5万戸を新たに建築する事業を推進しているが、「子どもを育てる空間がない」現実も北朝鮮の少子化に影響している模様だ。
金正恩氏は最近、「キム・ジュエ」と呼ばれる娘を同伴して公式の場に現れる回数が増えている。自らの後継者として育て、世襲を金日成主席、金正日総書記、金正恩氏に続く4代目につなげたいと考えているようだ。
しかし、少なくとも北朝鮮メディアは、出産助成金や教育費の補助など、欧米や日本が進めている出生率の改善政策について伝えていない。例え、最高指導者の世代交代がうまくいったとしても、人口減少に歯止めがかからなければ、国自体が立ちゆかなくなる。
元幹部はこう言った。「核兵器やミサイルをいくら作っても、国がなくなってしまったら元も子もない」