フランス在住で子育て・福祉政策が専門のライター安發(あわ)明子さん(42)が2016年、パリ市郊外の病院で出産したときのことだ。生まれてわずか数分の小さな長女に、看護師が話しかけた。
「お母さんは(出産直後の)ケアがある。だから、パパと過ごしましょうね」
そう言って、父親と別室に移動して、カンガルーケア(出生直後の肌と肌のふれあい)の時間をつくった。
安發さんは、さすがに長女は何もわかっていないだろうと思った。でも、生まれた直後から人格ある一人の人間として向き合ってくれることがうれしかった。
フランスでは、子どもを「親の子ども」ではなく、一人の主体とみる。親任せにせず、公的機関の専門職が積極的に手を差し伸べ、状況を把握し、関わる仕組みが充実している。パリ市の担当者は「子どもは国の子どもで、親の子どもではありません。国家として状況を確認するため、専門職が見落とさないようにするのです」と話す。支援は、親の婚姻状況や、国籍・在留資格の有無に左右されないという。
安發さんが退院後には、1日おきに健康保険でカバーされるフリーランスの助産師が家に来て沐浴や鼻の洗い方を教えてくれた。産後、家で専門職から追加の費用負担なく育児のイロハを学べるのだ。訪問は45分間以上。助産師を見ていると、抱っこの仕方一つで、長女の反応が変わるといったことがよくわかった。
長女の体重の増加が安定した退院約2週間後からは3日に一度、区の保健所・妊産婦幼児保護センターに体重測定のため通った。助産師や小児看護師、心理士らさまざまな専門職がいて、自分が話したいときに気軽に雑談や相談ができる。ネットを検索するより、自分たちのことを知っている専門職に直接話を聞けるので安心できた。
何重もの専門職の目で見守る
パリ市の担当者は「センターは予防的な機関として、一番最初にサインに気づき、父母がともに親として育児をすることや、子どものより良い育ちが可能になるようにすることを支えるのです」と説明する。
大人がコミュニケーションをとったときに子どもに反応があるか、子どもに落ち着きがあるか、やけど跡がないかといった子どもが出すサインをさまざまな分野の専門職が観察して、支援の必要性を見極めていく。「フランスではいろいろな場面で専門職の目があり、フィルターが何重にもなっているようなものです。妊婦が見過ごされたり、赤ちゃんが虐待されても気づかれなかったりするようなことがまれにしか起きないようになっています」
安發さんの娘が3カ月から通った民間の保育園には、保健所とやりとりする心理士や児童保護専門医が毎週来て子どもたちと半日過ごしていた。義務教育が始まる3歳からの「幼稚学校」でも専門職が発育を見てくれた。子どもの障害を防いだり、子どもに障害がある場合も、障害を少しでも軽減できるよう、予防したりしていくのだという。
「子どもの最初の1000日プロジェクト」
こんな手厚い支援に加えて、マクロン政権は2019年、専門家による「最初の1000日報告書」を発表し、妊娠4カ月目から2歳半までの1000日が、子どもの発育や人間形成に重要だというメッセージを打ち出した。政府の「子どもの最初の1000日プロジェクト」ディレクターのマヤレン・イロンさんは「赤ちゃんはものを言えないので、親任せだった。実はいろんなことを表現していることがさまざまな研究でわかっている。知見を共有し、安全な環境や必要な医療といったニーズを満たすことが、子どもの権利を守ることにつながる」と語った。
たとえば報告書によって、パートナー間の家庭内暴力(DV)の45%がこの1000日に始まっていることが共有された。専門職が現場でフォローしていく課題のひとつになる。
きめ細かい専門職の支援には、お金がかかる。経済協力開発機構(OECD)の調査では、子ども・子育てに対する公的支出(2019年)は、フランスはGDP比で2.71%。日本の1.74%を上回る。
イロンさんは「子どもに投資し、ケアすることは未来の大人と社会を作ること。母子への当事者支援にとどまらず、広く社会課題と位置付けられるものだ」と強調。パリ市の担当者は「困りごとを抱えたまま大人になる方が、社会保障費の負担が増えると、社会で認識されている」と予防的な効果があることも指摘した。