話を聞かせてくれた人物は、ドラマの放送開始後、現役の別班員たちに感想を聞いたという。皆、一様に面はゆい表情で、「こんなシーンあるあるじゃなくて、ありえねー、ですよねえ」と言いながら、楽しそうにおしゃべりしていたという。
ドラマのどんな場面が「ありえねー」なのか。
別班員の本質からずれた描写が多いのだという。別班は非公然組織であるため、自衛官の身分は維持しつつも、所属は「陸上幕僚監部付き」になる。政府が答弁書で「ない」と答えたのも、「陸上幕僚監部運用支援・情報部別班」という組織はそもそもないからだ。
別班員は自衛隊の組織から切り離され、身分を偽装しての活動を求められる。当然、その第一歩は「自衛官の匂い」を消すところから始まる。
ドラマでは、堺雅人が演じる乃木たちが拳を握って腰に添えた「無帽の敬礼」を行い、時刻の「12時30分」を「ヒトフタサンマル」と表現している。「あれじゃあ、自衛官だと丸わかりです。身分を偽装している意味が全くありません。仲間内でいる時も自衛官らしさを消しておかないと、いざという時にばれてしまいます」
別班は自衛隊の仲間たちにも存在を秘匿している。
だから、別班員になると、自衛隊駐屯地には立ち入らない。当然、自衛官が定期的に行う射撃訓練も受けられない。別班員たちはドラマを見ながら、「あんなに正確に射撃できるわけないじゃないの」とか、「俺たち非公然の身分でしょ。銃撃戦で外国で人を殺したら、日本政府は俺たちを守ってくれないでしょ」とか言い合っているという。
この内情を知る人物は、前回会った別の人物と同様、「別班員が自ら外国で活動することはありません」と語る。ただ、この人物に言わせると、別班の仕事は海外に絞った情報収集活動だという。「別班員は、目標の国を訪れる日本人や、現地の人に頼んで情報を取ってもらうという、いわゆるハンドラーという役回りです」
海外の情報を集めるのならば、別に非公然の組織にする必要もないのではないか。
別班は、1950年代に吉田茂首相に認めてもらった組織だとされる。この人物は「当時は戦後間もない時期で、自衛隊は軍国主義の復活ではないか、という批判の声も多くありました。一方、朝鮮戦争が起きるなど日本の共産化を防がなければならないという緊迫感もありました。このため、世間を刺激しないため、非公然の組織にする必要があったと聞いています」
では、別班員たちはどんな情報を集めていたのか。
昔は自衛隊が「露華鮮」と呼んだ、ソ連(ロシア)、中国、北朝鮮に関する軍事情報を集めていた。よくやったのが「地誌」づくりだという。別班員たちは、滑走路の長さや橋の強度、港の水深などを一つ一つ調べていたという。
「航空機など、すでに大きさがわかっている物体と一緒に写真を撮ってもらい、三角関数で長さを割り出します。橋の強度は、鉄筋の太さやさび具合、コンクリートの厚さなどから推定できます」。橋の強度がわかれば、どのくらいの重量の車両がどの程度の速度で何両ほど渡れるのかと推測できる。その結果、情報収集対象の軍隊の機甲師団の進撃路を割り出すことができるという。
また、時代の流れとともに、別班員の仕事も変化している。
一つは人工衛星の発達だ。昔、苦労して集めた一つ一つの情報が、衛星が撮影する画像から簡単に入手できるようになった。「だからと言って、ミサイル開発の実態をつかんだり、配備状況を知ったりするのは至難の業です。難しいから危険度も高い。一体、どんな情報なら取れるのか、皆の悩みだと思います」
中国は2014年に反間諜(スパイ)法を制定し、2023年7月には改正法を施行した。この人物は語る。「自衛隊も他の官庁も、もう中国を訪れる日本人に情報収集を頼むことはしていないと思います。後は現地の協力者をつくれるかどうかですが、危険性が高いのは間違いありません」
別班員たちは雑居ビルに作った「○○研究所」といった仮の仕事場に出勤し、今日も情報集めに精を出している。場合によっては、仮の会社名のウェブサイトだけ立ち上げ、実際の勤務地はレンタルオフィスの人もいる。悩みながら、今日も情報集めに奔走している。
ドラマのお陰で、ネット上では「別班はやっぱりある」「政府がないと言っているんだから、ないに決まっている」など、議論がかまびすしい。この人物はこうも語った。「あるわけないと言ってくれる人たちがいれば、それだけ別班は活動しやすくなります。また、あると言ってくれる人がいれば、外国は日本も侮れないと思ってくれる。どちらにしても、心理戦としては好都合です。ドラマのおかげですね」