この人物も毎週、「VIVANT」を視聴している。「なぜ、ドラマを」と聞くと、「二別(別班の所属は、陸幕2部情報1班特別勤務班とも言われ、別班をこう呼ぶ人も多い)について描くと聞いて、ドキッとしてしまって。どこまで知っているんだろうと思って見始めました」と答えた。
政府がはっきり否定していた「別班」は、存在するらしい。
では、ドラマと現実は何が違っているのか。
「まず、司令部なんかないです。あんな格好いいスクリーンがある場所に勤務できたら素敵ですけど」。「それから、海外に行くことなんかありません。パスポートなんて持たされていませんよ」とも語る。「いくら秘密だと言っても、自衛官であることに変わりはありません。堺雅人みたいに、自衛官じゃない人が別班の要員になることはありえません」
でも、2013年11月に配信された共同通信の記事は、別班について「冷戦時代から、独断でロシア、中国、韓国、東欧などに拠点を設け、身分を偽装した自衛官に情報活動をさせてきた」と伝えている。1973年に金大中(キムデジュン)氏が日本滞在中にホテルで拉致された事件でも、「別班」関係者の関与が疑われた。
「別班と海外は切っても切れない関係じゃないんですか」と聞くと、「そうですけれど、本当の役割はFBI(アメリカの警察機関)みたいなもんです。ドラマはCIA(アメリカの対外諜報機関)みたいに描いていますけれど。公安と協力するというのは本当ですね。ただ、オウム真理教事件の時、自衛官にも信者がいたことから、関係が悪化しました。公安は今でも(別班に)不信感を持っているようです」と答えた。
FBIのような機能を持つ背景には、別班の歴史と関係があるという。
「もともと吉田茂に認めてもらった組織なんです」。吉田茂の首相在任期間の最後は1954年12月。もう70年近い昔の話だ。自衛隊は同年6月に発足した。
当時も今も、公安が警戒する相手はソ連(ロシア)や中国、北朝鮮などの新旧共産圏諸国だ。
「当時、漁船の乗組員に化けたソ連の工作員が北海道・稚内などから上陸してくるケースなども想定していたようです。国内に入ってきたら何もしないというわけにはいかず、監視する機関が必要だということで、吉田茂に、自衛隊内に特別な組織の編成を頼み込んで、許可を得たと聞いています」
最近、韓国の情報機関、国家情報院が韓国内での北朝鮮に対する捜査権限を取り上げられた際、関係者が「国外の動きを把握していない警察なんかに任せても、北朝鮮のスパイを摘発できない」と怒っていたことを思い出した。
防衛省・自衛隊は現在も、当時の吉田茂が別班設置を認めた文書を保持しているという。「金庫にでもしまっているんですか」と聞くと、にやりと笑ってこう答えた。「金庫になんかしまっていませんよ。金庫を使えば書類を登録しなければいけなくなりますから」
では、別班の活動とはどんなものなのだろうか。
「例えばですけれど」と前置きしたうえで、こう語った。「ある者はガソリンスタンドの従業員、またある者は監視対象組織の職員になっていますね。ガソリンスタンドと言ったのは、立地が監視対象をずっと見張るのに便利な場所にあれば、どこにでも潜り込むという意味です。身分を隠して採用してもらうわけです」「もちろん、海外の脅威に備えるわけですから、語学の能力は必要です。みな、小平学校の経験者ですよ」
陸上自衛隊小平学校。現在はそこから分離され、陸上自衛隊情報学校となっている。ここでは、情報戦のイロハやロシア語、中国語、韓国語などの語学を教えている。
「通常、2等陸尉か3等陸尉くらいのころに希望を取り、希望者は語学学校で言葉を学びます。その後で(別班に)配属されます」。昔は別班に所属しているときの肩書は「○○部付き」になったという。「付き、がつく人間は何百人といますから、普通の人なら気がつきません。ドラマでは6人ですが、現実の世界でもせいぜい25人程度でしたから」
別班の要員は「つまらない、地味で細かい情報」を根気よく集めるのだという。「班長は2等陸佐クラスです。彼らは決してエリートじゃない。普段はどこで何をしているのかもわからない。1カ月に1度くらい、集めた情報を(陸上幕僚監部指揮通信システム・情報部情報課の)地域情報班長に届けていました」。
地域情報班長は歴代、必ず将官になるエリートが座るポストだという。それだけ情報を分析し、取捨選択する能力が必要とされるということなのだろうか。
別班はその後、1997年に創設された自衛隊情報本部に吸収されたそうだ。ただ、普段の活動は今も続いているという。「彼らの仕事は誰にも明かせません。仕事を辞めても、もう普通の自衛官には戻れません。情報保全隊くらいしか行き場所がないわけです。ストレスも相当たまると思います」
「彼らは普通のおっさんです。目立ったらスパイになれないでしょ」。別班の人々は堺雅人のような格好良い見せ場をつくることもない。ストレスを解消するため、普通に居酒屋で酒を飲み、くだらない話に花を咲かせているという。「もちろん、仕事の話は厳禁です。陸幕長を社長などと言い換えて、今日もどこかで飲んでいると思いますよ」