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普段食べているブロイラーは病的? 「ベターチキン」に初めて切り替えた大規模業者

World Now 更新日: 公開日:
家畜にもアニマルウェルフェアの考え方が浸透しつつある

日本で鶏肉の9割以上を占めるブロイラーで、肥満が鶏自身の健康問題を引き起こしていることをご存じだろうか。効率よく体重が増えるように品種改良を続けてきた結果、心臓をはじめとする内臓や脚の成長が体重増加に追いつかず、突然死したり歩くこともままならなくなったりする鶏が少なくないのだ。状況は世界でも同じ。「もっと健康な鶏肉を」と、欧米では動物福祉団体が食品メーカーや外食チェーンなどに「ベターチキン(より良い鶏肉)」への切り替えを働きかけ、有名企業が相次いで近い将来の実現を約束している。ブロイラーで大量の鶏肉を供給する大規模事業者としては世界で初めて、この「約束の鶏肉」に全面的に切り替えた企業を訪ねた。

自由に動くヒヨコたち 成長は遅いが死亡率は改善

案内された鶏舎は、幅25メートル、長さ83メートル、高さ約8メートルもあって大きな工場のようだった。その中で「新時代」のヒヨコ2万1600羽が育てられていた。まだ生後2週間ほどの鶏のヒナには不釣り合いなほど巨大な空間に、仕切りは一切ない。過密飼育を禁じる欧州連合(EU)の基準に従って、1平方メートル当たり10羽ほど。日本に数値基準はなく、平均でこの1.5倍ほど詰め込まれているという。

鶏舎の中で、ヒヨコたちはスロープ付きの台に駆け上がったり、天井からつるされてゆらゆらと動く円盤に乗ったり、砂浴びをしたり、と思い思いに動き回っている。追いかけっこが始まった。スロープの下に逃げ込んだのがいる。正面衝突しそうになって急停止し、お互いにじっと見つめる2羽がいる。

大きな窓から日の光が差し込むと、窓際にいたヒヨコたちが、波のように一斉に動いた。曇りがちで冷たい霧雨も降っていた6月初旬。現地の人々が待ちかねた初夏の強い陽光は、ヒヨコたちを驚かすのに十分だったようだ。

大きな窓もある鶏舎で育てられる「ベターチキン」のヒヨコたち=2023年6月8日、ノルウェー中部、大牟田透撮影

そこは、ノルウェーの首都オスロのほぼ真北350キロ。「新時代」を象徴するハバード種のヒヨコたちは、山あいの村でゆったりと育っていた。

ノルウェーの鶏肉生産大手ノルスク・キリングがこの施設で飼っているハバード種は、ブロイラーではあるものの育つのが遅い。最も急速に育つ品種に比べると、成長率が15%前後低いのだ。

成長が遅ければ出荷できる大きさになるまでの日数が増え、餌代や様々な経費も余計にかかりそうなものだが、世界の鶏肉業界は徐々にそちらに動きつつある。ノルスク・キリングはその先頭を切って2018年から、契約農家も含めてハバード種への全面的切り替えを進めた。

「『欧州チキンコミットメント』に世界で最初に適合した鶏肉生産者」と誇らしげに説明する=2023年6月8日、ノルウェー・オルカンゲル、大牟田透撮影

しかし、親会社の流通大手が展開するスーパーマーケット店頭での価格は据え置いた。「値上げを避けようと様々な努力を積み重ねたが、より健康になって日々の死亡率が40%、輸送中の死亡率が76%も下がったことが大きい」と、プロダクションマネジャーで獣医のトル・インゲ・リエンさんは説明する。「最初は品種変更に不安そうだった農家が、実際にやってみて『もう前の品種には戻れない』と言っている」

大手チェーン店もベターチキンへの転換を約束

あえて成長の遅い品種にする最大の理由は、アニマルウェルフェア(動物福祉)の向上だ。成長が速い品種では、病気を防ごうと抗生物質を使う生産者もいる。「食用動物もより健康に育てられるべきだ」という動物愛護の主張と、「より健康に育てられた鶏肉を」という食の安全の追求が、様々な企業や生産者にアニマルウェルフェアへの取り組みを迫っている。

代表例が世界の運動団体(現在40以上)が大同団結して2017年にまとめた「ベターチキン・コミットメント(より良い鶏肉の約束)」だ。食品メーカーや小売業者、外食チェーンなど、鶏肉製品を提供する企業に対して、「鶏を適切なペースで成長させること(成長が遅い品種への切り替え)」「鶏舎の設計や構造、通気性、照明などの条件を改善し、鶏が快適に生活できる環境を提供すること」「乾燥した敷きわらや木くずなどを使って、鶏の快適性と脚の健康を向上させること」「鶏1羽あたりの最低スペースを定め、過密飼育を防ぐこと」「集団行動を取る鶏が互いに交流できるスペースを提供すること」「苦痛を与えない方法で食肉処理すること」を求めている。

ECCの要求項目をまとめたプレゼンテーション資料=ノルスク・キリング社提供

サンドイッチチェーンのサブウェイは2021年、欧州圏で2026年までに使用する全ての鶏肉に適用すると宣言した。「約束」を適用する地域や実現時期は様々だが、誓約企業は欧州で350、米国で200を超え、ケンタッキーフライドチキンやネスレ、バーガーキング、デニーズ、スターバックスなどの名前も並ぶ。

ノルスク・キリングは、生産者として世界で初めて「約束」を実現したと運動団体から認定され、2022年から製品にECC(欧州チキンコミットメント)認証マークを表示するようになった。

品種を替えただけではない。鶏本来の行動ができる鶏舎の工夫に農家と二人三脚で取り組む。1日約6万羽を食肉処理する際も、二酸化炭素濃度を徐々に高める方法で苦しまずに意識を失わせ、さらに1羽1羽電気で完全に失神させてから処理。見学も広く受け入れている。

ノルウェーでは、「ベターチキン」を扱っていないスーパーの前で活動家らが抗議を繰り広げるなどしており、他の鶏肉生産者にもノルスク・キリングに追随する動きがあるという。

「動物愛護」から「人間の食の安全」の問題に

アニマルウェルフェアは、日本では「動物愛護」の文脈でとらえられることが多い。確かに、議論を先導する英国は、世界初の動物愛護団体といわれる「動物虐待防止協会」が1824年に設立された国だ。ただ、その後、肉や卵などを食べる消費者に、家畜の状態が食の安全につながることが広く認識されるようになった。

ECCの認証シールが貼られたノルスク・キリング社の鶏肉商品=2023年6月8日、ノルウェー・オルカンゲルのスーパーマーケット、大牟田透撮影

さらに近年、畜産業と肉の消費をめぐっては、地球温暖化や世界的な貧富の差とも絡んだ議論が進む。温室効果ガスの約15%は畜産業由来だし、トウモロコシなど大量の穀物が家畜の飼料に回り貧しい人々の口に入りにくくもなっている。「世界を持続可能にするには、アニマルウェルフェアにも配慮したより良い肉を、より少なく食べるようにすべきだ」という考え方も広がりつつある。

家畜のアニマルウェルフェアは動物だけでなく、私たちの生き方についても鋭く問いかける問題なのである。

ノルスク・キリング社の鶏肉加工工場=2023年6月8日、ノルウェー・オルカンゲル、大牟田透撮影