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生食もOK「屋外放し飼い」卵が並ぶ英国の高級スーパー 食の安全を求め消費者が後押し

World Now 更新日: 公開日:
ケージのない鶏舎から日中自由に外に出て過ごす採卵鶏たち=英ノッティンガムシャー州、ノーブル・フーズ社提供

王室御用達というロンドンの高級スーパーマーケット。卵売り場は、屋外放し飼いの採卵鶏に無農薬の飼料を与えた「有機飼育」が最も幅を利かせ、残りは有機飼育でない「屋外放し飼い」(フリーレンジ)だった。ケージ飼いの鶏の卵はなかった。

アニマルウェルフェア(動物福祉)の最先端が「ベターチキン(より良い鶏肉)」をめざす食用鶏での飼育品種転換とすれば、すでに大きな潮流となって世界的に対応が進んでいるのが採卵鶏のケージ廃止だ。

欧州連合(EU)や英国、韓国などでは市場に出回る卵一個一個に飼育方法や農場番号のスタンプが押されている。業者が申し合わせたケージ廃止期限が2025年に迫る英国の場合だと、先頭の数字が「0」なら有機飼育。「1」は有機飼育ではない放し飼い。「2」はケージなし鶏舎内での放し飼い(エイビアリー)。「3」は止まり木などを設置し従来よりは広いものの、ケージが残る改良型ケージ飼育を示している。

卵一つずつに飼育方式と農場番号のスタンプが押されている=2023年6月12日、英スウィンドン州、大牟田透撮影

英国最大手の鶏卵業者ノーブル・フーズによると、現在英国内で生産されている鶏卵は61%が「1」の放し飼いだ。「0」の有機飼育は4%だが、コアな客層があって多少高くても売れるうえ、年々その層が厚くなっている。合わせて65%が、餌は違っても屋外放し飼いということになる。

さらに7%ほどが「2」のエイビアリーで、ケージなしが計72%に達する。

一方で「3」のケージ飼育が、まだ市場の28%を占める。ほとんどの大手スーパーはケージ飼育の卵を扱わないと宣言しているものの、低価格を求めて独立系の食料品店やレストランなどが仕入れているという。とはいえ10年ほど前まではケージ飼育とフリーレンジの割合が今とは逆だった。それが大逆転し、さらに進行中なのだ。

飼育方法が多様化する中で、卵の安全性を担保するために導入されたのが農場番号だ。卵の生産・流通経路を追跡できるようになった。英国では1980年代にサルモネラ菌による大規模食中毒が起き、抵抗力の弱い妊婦や乳幼児、高齢者は生卵を食べないようにと政府が警告していたが、今では「このスタンプがある卵ならば、飼育方法によらず誰でも生食OK」と変わった。

広く普及していたケージ飼育からの転換が一朝一夕にできたわけではない。

ノーブル・フーズの場合、供給数が多いだけに、設備を計画的に入れ替え、段階を踏んでフリーレンジやエイビアリーに切り替えて業界を先導してきた。

ロンドンの北200キロ余り、ロビン・フッドで知られるシャーウッドの森にほど近い同社の農場を訪ねた。

今、力を入れている大規模な鶏舎内飼育にケージはもちろんなく、雌鶏は鶏舎内の人工的な環境下ではあるものの、自由に移動しながら砂浴びをしたり、止まり木で休んだり、巣箱で卵を産んだりできる。人が中に入っても鶏たちは恐れない。

止まり木や砂浴び場、巣箱などを自由に動き回る鶏舎内放し飼い(エイビアリー)の採卵鶏たち。人が中に入っても逃げない=2023年6月14日、英ノッティンガムシャー州、大牟田透撮影

鶏舎内だけで育てれば、日中鶏舎外に出られる放し飼いよりも管理費を抑えられる。一方で、鶏を詰め込みすぎるとストレスで生産性は逆に落ちる。「アニマルウェルフェアを求める消費者と、卵の価格抑制を求める流通業界との板挟みだ。その折り合いを探った結果が鶏舎内放し飼いなんだ」と農場長のジャンポール・ミハルスキーさん(54)は説明する。

EU2012年に禁止するなど、採卵鶏を狭いケージに入れて管理する「バタリーケージ」飼育への逆風が強まる中、考えられたのが今も残る改良型ケージ方式だ。コンビ方式とも呼ばれ、鶏舎内に止まり木や砂浴び場を用意し、広めのケージに人が開閉できるドアが付いている。そこにできるだけ採卵鶏を詰め込んで生産性を維持しようとした米国では、悲惨なことになったとミハルスキーさん。したいことをしたいときにできないこともあってストレスがたまり、つつき合って死んだり、卵の数が減ったり質が悪くなったりしたという。

ミハルスキーさんの実家は放し飼いだった。その経験から「バタリーケージでは鶏も機械的システムの一部のように扱われてきた。ケージを廃止するには、全体のストレス状況にも個々の鶏の健康状態にも気を配らなければいけない。飼育員も鶏のことを学んで、考え方や飼育の仕方を変えることが重要だ」とみている。 

消費者からのプレッシャー

英国や欧州での議論を追っていくと、肉や卵、乳製品を口にする市民・消費者が、アニマルウェルフェアの大きなうねりを支えてきたことがわかる。

きっかけとなったのは1964年に英国で出版され、工業的畜産の現場を告発した「アニマルマシーン」(ルース・ハリソン)だ。「沈黙の春」で殺虫剤や農薬など化学物質の危険性を訴えたレイチェル・カーソンが序文を寄せている。日本でも公害・環境汚染が大きな被害を出していた時代のことだ。

不信感や嫌悪感から畜産農家や肉屋の焼き打ちも起き、英議会は翌1965年に動物学者を長とする専門委員会を設置。工業的畜産は家畜の虐待を招く恐れが潜んでいるとする報告書がまとめられた。

現在183の国・地域が参加し、動物の感染症対策やアニマルウェルフェアの向上に取り組む国際獣疫事務局(OIE、本部パリ)がアニマルウェルフェアの国際基準として加盟国に求めている「五つの自由」(表)も、原型はこの報告書にさかのぼる。市民・消費者の抗議運動が国際基準誕生につながったのだ。

 

1980~1990年代には牛海綿状脳症(BSE)に感染した牛の肉骨粉を、本来草食動物の牛の飼料に使ったために、世界的にBSEが広がった。英国などでは感染した牛の脳や脊髄(せきずい)を食べたためと見られる病気の人も相次ぎ、家畜の健康状態が食の安全や人の健康に直結していることが広く認識されるようになった。

取り組みは欧州から世界へ

こうした状況のなか、EUは基本条約であるアムステルダム条約(1997年調印)で、アニマルウェルフェアに配慮する条文を明記した。畜産品が国境を越えて流通する以上、基準はより広い地域で共通であることが望ましい、という考えからだ。

さらに、EUは法律に当たる「指令」で、加盟国にアニマルウェルフェアの具体化を求めてきた。生後8週以降の子牛を単独で飼うことの禁止や、妊娠した豚を約4カ月の妊娠期間中ずっと身動きできない「妊娠ストール」と呼ばれる装置で飼うことの禁止、採卵鶏でも身動きができない「バタリーケージ」で飼うことの禁止などを次々と決めてきた。

一方で、実際の禁止まで猶予期間を設けるとともに、補助金を出して負担を軽減するなどして、生産者にだけしわ寄せがいかないようにした。

アニマルウェルフェアを「食の安全」の一分野として積極的にPR。定期的な世論調査でも取り上げて、アニマルウェルフェアに域内市民の強い支持があることを確かめながら施策を進めている。

2023年2月、科学誌「ネイチャーフード」に1本の論文が掲載された。独ハンブルク大学社会経済学部グループが独市民2800人余を対象に、新しい食肉税導入の賛否を問う国民投票を模して調べたところ、アニマルウェルフェア向上のための税であれば食肉1キロ当たり0.19ユーロ(約27円)の導入を認めるとする人が約65%に達し、気候変動対策を理由にした場合の55%に比べ約10ポイント賛成が多くなった――などとするものだ。

研究チームのエンリケ・シュヴィカートは「ドイツでは、アニマルウェルフェアの観点と、食肉生産からの温室効果ガスを抑える観点から、肉製品への課税が議論されている。税の名目や税率などによって、市民の賛否がどう違ってくるかを調べようと計画した」という。

そのうえで「先行研究でも、アニマルウェルフェアに配慮した製品の方が、温室効果ガス排出削減に配慮した製品より市民の支払い意欲が高いといった結果があり、アニマルウェルフェア税への支持の高さは予想通りだった。多くの科学的研究が示すように、先進国では環境への負荷、アニマルウェルフェア、それに人々の健康の観点からも、現在の肉の消費レベルは高すぎる。研究者も政策立案者も、そして個人も肉の消費量を減らす方法に注意を払うべきだ。肉製品への課税は消費を抑える効果が期待されている。今回の私たちの研究が示したように、なかでもアニマルウェルフェアで納得する人が多いのならば、それは追求する価値がある道だと思う」と強調する。

屋外放し飼いでも鶏舎外に出るかは鶏たちの自由。日差しが強すぎれば涼しい鶏舎で過ごす=2023年6月14日、英ノッティンガムシャー州、大牟田透撮影

欧米ではアニマルウェルフェアを求める市民・消費者の声を、運動団体が増幅し、生産者だけでなく、流通業界や外食業界なども巻き込むことで、より大きな潮流にしてきた。英国の「コンパッション・イン・ワールド・ファーミング(CIWF、世界の農場に思いやりを)」のように専門家チームを擁し、欧州だけでなく、米国やアジアなどの有力食品企業とも連携して、より人道的で持続可能な食品システムへの移行を奨励・支援する有力な運動団体も出てきた。

最近のもう一つの特徴は、世界各国や国際的企業の取り組みを独自に評価し、公開する運動団体が増えてきたことだ。これを受けて、アニマルウェルフェア意識の高い欧州などに畜産品を輸出しているタイや中国などでは、アニマルウェルフェア改善の動きが顕在化してきた。

日本は消費者の声が欧米ほど強くなく、最近まで畜産品の輸出もほとんどなかった。無風に近い状況で、国際NGOの世界動物保護協会(WAP)による2020年の畜産動物分野の評価では、経済協力開発機構(OECD)加盟国で唯一最低ランクの「G」とされた。アジアでは韓国が「D」で、途上国でもインドやフィリピンが「E」、タイやインドネシアが「F」で、「G」には中国やベトナムなどが並ぶ。

国際的な食品関連企業をめぐる別の評価でも日本企業は軒並み最下位ランクで、生産過程に関しても和牛霜降り肉はビタミンAを意図的に欠乏させていてアニマルウェルフェアに反するといった批判が出始めている。