ロンドンから西へ約130キロ。30年近く、豚の有機放牧を続けているヘレン・ウェイドさん(59)とサム・ウェイドさんの農場を訪ねた。繁殖用の雌豚が48頭いて、127ヘクタールの農場では約450頭の豚が成長している。豚の農場としては中規模という。
生後4週ほどの子豚から、何年も子どもを産み続けた貫禄あるおばあさん豚まで、同じぐらいの年齢ごとに低い電気柵で区分けされた場所にいる。有機飼料の餌やり機や泥浴び用の水タンク、かまぼこ形のねぐらなどが並ぶ中、子豚は駆け回ったり、大人の豚は泥に寝転んだり。冬には大きな雪玉に驚かされたりもする。豚たちが、積もった雪を鼻で掘り進めて作るのだという。
柵の中に入ると、においをかぐためか、足元に寄ってきてしきりに鼻を近づける。長いしっぽがくるんと丸まってる。
「農業経験がなかったので、大学で学ぶ前に2年間養豚場で働いたのだけど、狭い豚舎で密集して飼っていた。ストレスでほかの豚のしっぽをかんで健康を損ねることが多いから、しっぽを切ったり、前歯を削ったりしていた。欧州連合(EU)は禁止したが、雌豚は妊娠期間中ずっと体の向きも変えられない狭い囲い、妊娠ストールに入れられていた。そうしたことが嫌で、豚の繁殖会社で出会った夫のサムと有機飼育を始めたんだ」とヘレンさんは言う。
理解ある地主が土地を貸してくれたので、今の10分の1ほどのごく小規模から始めて手探りで規模を広げてきた。豚肉価格はずっと低迷し廃業した同業者も多かったが、今は有機飼育の肉を直販で買ってくれるお得意さんがついて引っ張りだこだそうだ。
食用に豚を育てるヘレンさんはヴィーガンの広がりをどう見ているのだろうか。
「私は、植物ベースの食事を選ぶ人々を非常に尊敬している」と少し意外にも思える答えが返ってきた。
「それは簡単な選択肢ではなく、正しく栄養素を摂取できていることを確認するのに多くの努力を必要とする。肉を食べるのは簡単な選択肢だが、私たちは食べる肉について慎重に考え、可能な限り植物ベースのオプションに置き換える必要があると感じている。個人的には、動物がどのように飼われていたかわからない場合は肉の代わりにヴィーガンオプションを選ぶことがよくある。私たちのメッセージは『食べる量を減らし、より良い肉を食べる』だ」という。
日本で耳にした「最後は殺して食べてしまうのに、アニマルウェルフェアを言うのは偽善ではないか」という主張をどう聞くかもぶつけてみた。
「ほとんどの文化は伝統的に肉を食べ、私たちは少量の肉に対応する歯と体のシステムを作ってきた。だが、今は私たちの多くが肉を食べ過ぎている。肉が安い商品であることを期待し、真の生産コスト、特に環境コストを支払っていない。動物と似ても似つかない姿に肉を変えるプロセスを使うため、動物と食肉が切り離されてしまっている」
偽善との批判は理解している。でも、とヘレンさんは続けた。
「家畜は感覚のある存在であり、恐怖や痛みを感じる可能性がある。肉を食べ続ける選択をした場合、科学的証拠がこれを裏付けていることを認識しなければならない。動物が生きて感覚を持っている間、彼らが尊敬され注意深く扱われることは私にとって重要だ。動物がその命の終わりにも注意と敬意を持って扱われることは、私にとって非常に重要なのだ」