中国中央部の農村にそびえ立つ26階建てのビルに、最初の雌ブタの群れが着いたのは2022年9月の下旬だった。雌ブタは、授精期から成獣までのブタがいる高層階に、大型エレベーターで一度に数十頭ずつ運ばれた。
これが中国で行われている養豚だ。中国は、農地が不足し食料生産が遅れており、ブタの供給は戦略上不可欠だ。
中国全土で見られる画一的な集合住宅に似た建物で、ビッグ・ベンがあるロンドンのタワー(訳注=この時計塔「エリザベスタワー」の高さは約96メートル)と同じくらい高い巨大ビルの中で、ブタはNASA(アメリカ航空宇宙局)の指令センターにいるような制服姿の技術者に高解像度カメラで監視されている。各フロアは、若いブタの成長段階に対応する自己完結型の飼育場のように運営されている。妊娠しているブタのエリア、子ブタの分娩(ぶんべん)ルーム、授乳スポット、太らせるためのスペースなどがある。
飼料は、ベルトコンベヤーで最上階まで運ばれて巨大なタンクに集められ、そこから1日100万ポンド(約45万4千キロ)以上がハイテク給餌(きゅうじ)管を通じて階下のフロアに配給される。ハイテク給餌(きゅうじ)管は、ブタの成長段階や体重、健康状態に応じて餌を自動的に分配する。
このビルは、揚子江南岸の鄂州(がくしゅう)市郊外にある。世界最大の自立型養豚場といわれており、2番目の養豚用高層ビルもまもなくオープンする。最初の養豚場は2022年10月に操業を開始したが、今年中に2番目のビルもフル回転するようになれば、年間120万頭のブタを飼育する予定だ。
中国には長い「ブタ愛」がある。農村では何十年間にもわたり、多くの家庭が裏庭でブタを飼育してきた。食肉用だけでなく、糞尿(ふんにょう)も肥料に使える価値ある家畜だからだ。ブタにはまた、繁栄のシンボルとしての文化的な重要性もあった。豚肉は特別な機会にだけ供されてきた。
今日、中国ほど豚肉を大量に食す国は他にない。世界の豚肉の半分が中国で消費されている。その価格はインフレの指標として注意深く監視されており、国の戦略的な豚肉の備蓄――供給量が少なくなった時に政府が価格を安定させるための備蓄――を通じて慎重に管理されているのだ。
しかし、中国の豚肉価格は、養豚がずっと前から産業化されてきた主要諸国と比べると高かった。政府による是正政策として、この数年の間に何十もの工業型の巨大養豚場が中国各地に出現した。
鄂州の養豚場は、セメント製造業から養豚業に転身した「湖北中新開維現代牧業」が建設したもので、豚肉生産の近代化を目指す中国の記念碑的な存在だ。
同社のチューコー・ウェンター社長は、「中国の養豚業の現状は、まだ、先進諸国に比べて数十年遅れている」と言う。「改善して追いつく余地があるということだ」と続けた。
同社の養豚場はセメント工場に隣接している。そこは、肥沃(ひよく)な農地と周囲の水域が中国料理にとって重要なことから、「魚とコメの国」と呼ばれる地域にある。
名称は養豚場だが、その運営の実態はiPhoneの生産ラインに求められる精度を備えた「Foxconn(フォックスコン)」(訳注=世界最大の電子機器受託生産企業で、台湾に本社があり、中国大陸に主な生産拠点を置く)の工場により近い。ブタのふんでさえ測定され、集められて再利用される。飼料のざっと4分の1が乾燥させた排泄(はいせつ)物になり、発電用のメタンとしても再利用できる。
中国で何千万人もが飢饉(ききん)で死亡した時代から60年が経つが、効率的な食料生産に関しては今日もなお大半の先進国から後れをとっている。中国は農産品の最大の輸入国で、主に動物の飼料に使う大豆は世界の(貿易量の)半分以上を輸入している。地球の耕地の約10%を(中国が)占めるが、世界の人口の約20%が暮らしている。農作物の生産コストは高く、その農地は他の主要経済国と比べてトウモロコシや小麦、大豆の収穫量が少ない。
ここ数年、米国との貿易摩擦、パンデミック(感染症の大流行)による物資供給の混乱、ウクライナでの戦争によって中国の潜在的な食料安全保障上のリスクが浮き彫りになり、その弱点はより顕著になった。中国の最高指導者・習近平は、2022年12月の政策演説で、農業の自立を優先事項だとした。
習近平は「国が大国になるためには農業を強化しなければならず、強固な農業だけが国を強くすることができる」と述べた。過去には、中国が「丼飯をしっかり持たないと、他人の支配下に落ちる」と警告したこともある。
中国の食卓において、豚肉ほど重要なたんぱく源はない。中国政府は2019年に、すべての政府部門は豚肉産業を支援する必要があるとの布告を発令した。これには、大規模な養豚場への財政援助が含まれている。また、政府は同年、比較的狭い土地でより多くのブタを育てられるようにと、垂直型の養豚を可能にする高層畜産を認めるとした。
「これは画期的だ。高層畜産は中国だけでなく、世界にインパクトを及ぼすと思う」と、養豚場の設計会社「ユイ・デザイン・インスティテュート」の代表取締役ユイ・ピンは言う。
中国が近代化し、何億もの民が地方の農村から都市部に出てくるにつれ、裏庭の小規模な養豚場は姿を消した。業界の報告書によると、中国で年間500頭未満のブタを生産する養豚場の数は2007年以降、75%減少し、計約2100万頭にまで減った。
巨大養豚場への移行は2018年に加速した。この年、アフリカ豚コレラが中国の豚肉産業を荒廃させ、ある推計によるとブタの個体数の40%が壊滅した。
市場調査会社「Global AgriTrends(グローバル・アグリトレンズ)」の創業者ブレット・スチュアートは、養豚タワーやその他の巨大養豚場は、中国の豚肉産業が直面する最大のリスクである病気を悪化させていると指摘する。一つの施設で非常に多くのブタを一緒に飼育すると、汚染の阻止が難しくなる。彼によると、米国では大規模な豚肉生産業者はバイオセキュリティー(訳注=人間や社会に重篤な悪影響を及ぼす生物由来の物質や毒素の管理)のリスクを軽減するために養豚場を散開させている。
「米国の養豚業者は、中国の養豚場の写真を見ると、頭をかいて、こう言うだけだ。『我々だったら、こんなこと絶対にしないね』」とスチュアート。「あまりにもリスクが大きいから」
しかし、豚肉の価格が1年で3倍に跳ね上がると、中国政府による大規模養豚場に対する支援と相まって、その見返りはリスクを上回るようにみえた。建設ブームが続き、供給が限られていた市場に入手可能なブタがあふれるようになった。豚肉価格は2019年の高値から約60%下落している。中国の豚肉産業はビットコイン並みの乱調が特徴で、景気に波があり、価格の乱高下で巨額の利益や損失が出たりする。
かつては裏庭養豚場が点在していた農村で、巨大な養豚場が急に増え出している。湖北中新開維現代牧業は3年前、不動産やインフラ部門が低迷していた時に近隣の土地を利用し、建設業の専門知識を活用して、より成長が見込める事業に進出することを決めた。6億ドルを投入して高層養豚場を建て、さらに近くの食肉加工工場に9億ドルを追加投入した。
同社は、セメント製造の経験が役立っていると言っている。既存の従業員を活用し、土地を効率よく使って強化コンクリート造りの高層ビルを建てた。セメント工場の余熱を利用してブタに温かい風呂と飲み水を与えている。同社によると、少ない飼料でブタを速く成長させることができるそうだ。
裏庭を使った小規模な養豚業者は、この種の規模の業者に対抗していくのは困難だと感じている。
チアオ・ユイピン(66)は、中国東北部の遼寧省で、夫と一緒に年20から30頭のブタを飼育している。彼女の話だと、2022年、豚肉価格が下落した時は利益があがらなかった。飼料やブタ向けのワクチンの価格を押し上げる巨大養豚場の影響を免れるのは難しいと言うのだ。
「何もかもが値上がりした」とチアオ。「どうやったら影響を受けずに済む?」と彼女は続けた。(抄訳)
(Daisuke Wakabayashi、Claire Fu)Ⓒ2023 The New York Times
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