世界のサプライチェーン(供給網)の混乱、悪天候、エネルギー価格の上昇に伴う食料価格の急騰は、世界中の貧しい人たちの大きな負担となり、社会不安を引き起こす危険性を高めている。
価格高騰は穀物、植物油、バター、パスタ、牛肉、コーヒーなど多岐にわたって影響を及ぼしている。作物に大きな被害を出した干ばつや氷雨、肥料や燃料の値上がり、パンデミック(感染症の大流行)による労働力不足、製品の流通を困難にするサプライチェーンの混乱など、世界各地の農業従事者はさまざまな難問に直面している。
国連食糧農業機関(FAO)が2月3日に発表したグローバルインデックスによると、1月の食料価格は、価格急騰がエジプトとリビアで民衆蜂起(訳注=「アラブの春」)につながった2011年以来、最高水準に上昇した。食肉、乳製品、穀物の価格は昨年12月から上昇傾向にあり、石油価格はインデックス調査が始まった1990年以来、最高水準に達した。
国際通貨基金(IMF)の元エコノミストで、ピーターソン国際経済研究所の上級研究員モーリス・オブストフェルドの指摘だと、食料価格の値上がりは貧困国、とりわけ人によっては収入の50%ないし60%を食料費に充てているラテンアメリカやアフリカの一部で家計を圧迫する。
地球規模の食料危機が近づいているといっても「過言ではない」と彼は述べ、経済成長の鈍化や高い失業率、パンデミックに対処するための多額の支出による政府予算の逼迫(ひっぱく)が「最悪の状況」を生み出したと指摘する。
「広範囲にわたる社会不安を懸念する多くの理由がある」と彼は付け加えた。
パンデミック以前でも、中国のブタの多くが病気で一掃され、米中貿易戦争で中国が米国の農産物に関税を課したことで世界の食料価格は上昇傾向にあった。
だが、2020年初期にパンデミックが始まると、世界は食料需要の劇的な変化を経験した。レストラン、カフェテリア、食肉処理場は閉鎖され、より多くの人たちは家庭で料理し家庭で食事をするようになった。畜産品を消費者に届けられなくなった米畜産農民の中には、畑にミルクを捨て、家畜の一部を殺さなければならなかった人たちもいた。
IMFのエコノミスト、クリスチャン・ボグマンズによると、2年後の現在、食料の世界的な需要は堅調を保っているが、燃料費や輸送コストの高騰、トラック運転手や輸送用コンテナの不足といった他のサプライチェーンの目詰まりが価格を押し上げ続けている。
ブラジル、アルゼンチン、米国、ロシア、ウクライナなど主な農業生産国での干ばつや悪天候が、状況を一段と悪化させてきた。
IMFのデータによると、世界全体における食料価格の平均インフレ率は昨年12月時点での年間ベースで6.85%に達し、一連の調査が始まった2014年以来、最高水準を示した。20年4月から21年12月までの間、IMFのデータだと、大豆の値段は52%上がり、トウモロコシも小麦も価格が80%上昇、コーヒーは主にブラジルでの干ばつや霜害で70%アップした。
食料価格は安定する方向に見えるが、小麦とトウモロコシの主要生産国ウクライナでの紛争のような事態や、悪天候が計算を狂わせる可能性もある――と、ボグマンズは話している。
食料価格の上昇がもたらす影響は、世界中どこでも同じというわけではない。アジアではコメが豊作なため最悪の影響を免れている。しかし、輸入への依存度がより高いアフリカや中東、ラテンアメリカの一部は厳しい状況下にある。
ロシアやブラジル、トルコ、アルゼンチンといった国々もドルに対して自国通貨の価値が下落した影響を被っている。ボグマンズによると、通常、食料の国際取引はほとんどがドルで決済される。
米国防大学のアフリカ戦略研究センターでリサーチディレクターを務めるジョセフ・シーグルの推計によると、アフリカ大陸では1億600万人が食料不安に直面しており、その数は2018年から2倍に増えた。
メキシコ市のフアレス地区にある市場で2月3日、買い物をしていた家事労働者ガブリエラ・ラミレス・ラミレス(43)は、値段が上がり毎月の支出の約半分を食料費につぎ込むので、きついと話していた。
メキシコのインフレ率は、昨年12月になって少し緩和したが、11月は過去20年超で最悪の事態になっていた。
ラミレスは「十分な収入がないから、私にはその影響が大きいし、昇給があってもわずかだ」と言い、「時々、ちゃんと食べられないことがある」と話していた。
米国の場合、家計支出に占める食料費は平均して7分の1以下なので、(食料価格上昇の)影響はさほど深刻ではなかったが、インフレは燃料や中古車、食器洗い機、サービス、家賃など広範囲に波及し、物価上昇は40年ぶりの高水準に達している。
しかも、米国の食料価格は依然として著しく上がっており、全体の支出をより食料品に費やす最貧層家庭の負担を大きくしている。米労働統計局によると、昨年12月の食料価格は1年前に比べて6.3%上昇し、食肉、鶏肉、魚、卵は12.5%アップした。
燃料費の高騰は特に難問だとオブストフェルドは指摘する。食品の輸送費を上昇させ、肥料の価格を引き上げるからだ。食料生産には多くの燃料を必要とし、人の口に入るはずの穀物をバイオ燃料生産に回すことになる。
全米豚肉生産者協議会(NPPC)の国際問題担当副会長補佐マリア・ジーバは、豚肉生産農家はさまざまな困難を抱えていると言う。1年前より170%上昇した輸送コンテナ価格や運送のドタキャン、さらにはトラックや冷蔵施設の不足といった問題だ。
「これらはいずれも、食料品店の小売価格に付加されているのだ」とジーバは言っている。(抄訳)
(Ana Swanson)©2022 The New York Times
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