海の温暖化、4000メートルの深海までじわり
陸は暖まりやすく冷めやすいので熱をためにくいが、海は暖まりにくい分、冷めにくい。つまり、海の温暖化はこれからが本番だということだ。
東京大学大気海洋研究所の渡部雅浩教授は「海は長期間にわたって熱を吸収し、海面の熱は平均4000メートルの深海までじわじわと伝わっていく」と言う。
陸上の動植物が温暖化に適応するため、北半球では北上、南半球では南下しようとしている。海の生物もサケのように北上・南下しているが、海洋酸性化の影響と挟み撃ちに遭い、より深刻な状況になっている。貝類やサンゴなどの生物が死滅し、多くの海洋生物もえさやすみかを失い、絶滅の危機にひんしている。
こうした状況について、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は「サンゴ礁や一部の沿岸、湿地などの生態系は限界に近づいているか、限界を超えている」と指摘した。人の暮らしにもふれ、「漁業者間の国境を越えた対立のリスクを高め、魚種資源が低緯度から高緯度に移動するにつれて、食料供給の公平性に負の影響を及ぼす」と警告した。
海の中でも特に生物の多様性に富み、危機的な状況なのがサンゴ礁だ。
IPCCは、2018年の「15℃特別報告書」で、世界の平均気温が産業革命前より1.5℃上昇すると、世界のサンゴ礁の70~90%が消失し、2℃になると事実上絶滅(99%以上)すると指摘している。
サンゴはわかっていないことが多く、知られざる宝が眠っているかもしれない。
慶応大学の岩崎有紘専任講師(現、中央大学准教授)の研究チームは、沖縄県・伊江島のサンゴ礁にすむバクテリアから抗がん剤開発に有用だと期待されている化学物質イエゾシドを発見した。岩崎さんは「自然界の生物には人知を超えた可能性がある。何がいるかわからないうちに消えていくのは人類にとって損失だ」と話す。
5月に開かれたG7広島サミットを前に、日本学術会議などG7ナショナルアカデミーによるGサイエンス学術会議は3月、G7首脳に対し、率先して海洋と生物多様性の再生・回復などに取り組むよう共同声明文を発表した。
声明文づくりに関わった、東京大学の安田仁奈教授は「海の生物多様性の相互作用はわかっていないことが多い。私たちはその実態すらわかっていないうちに失おうとしている。その答えはすべて人間にはね返ってくる」
サンゴ礁の衰退隠した集客に違和感 「このままではまずい」
1979年に私は初めて海に潜った。
沖縄県の石西礁湖の色鮮やかなサンゴ礁に光が差し込み、熱帯魚が舞い、人の手を感じさせない美しさに圧倒された。その後オニヒトデの大発生や赤土の流入、白化現象などで急激にサンゴ礁は衰退していった。
だが、ちまたには美しい海をことさら強調し、沖縄へといざなうCMがあふれていた。あの時抱いた違和感が心にずっとひっかかっていた。「このままではまずい。知られていない海の中のことを伝えたい」と環境問題の取材を続けてきた。
世界が今すぐ二酸化炭素(CO₂)の排出を止めても、海の温暖化は今後数百年にわたって続く。それでも、2015年に採択された、「世界の平均気温の上昇を1.5℃に抑える」というパリ協定の目標を実現できれば、酸性化の影響は抑えられ、絶滅を免れる生物も増える。
今回オーストラリアのサンゴを取材し、「海はよみがえる」と信じたいと強く思った。私たちにはまだやるべきことが残っている。