サイクロンと海洋熱波、地球温暖化が招いた3度の危機
この10年間、グレートバリアリーフは3度の危機に見舞われた。2011年に巨大サイクロンがサンゴ礁を破壊、2016、2017年に相次いで局所的に海水温が上昇する現象「海洋熱波」が襲い、サンゴにすむ褐虫藻が体内から抜ける白化現象が起きた。いずれも、地球温暖化が原因だ。
グレートバリアリーフの中でも、観光客が多く訪れるムーアリーフでツアーを企画運営している、政府公認のマスターリーフガイドのエリック・フィッシャーさん(53)は17年間にわたって現地のサンゴや魚の状態を調査をしてきた。
グラフで示しながら、惨状を示した。「2009年、サンゴが最も多く生息していたのはムーアリーフの外縁で、サンゴの被度(海底で生きているサンゴの割合)は90%だった。それが、2011年のサイクロンでリーフの外側の被度は20%にまで減った」
サイクロンに見舞われた2011年当時、たくさんのサンゴが破壊され、いくつものがれきの山ができた。「このままだとサンゴは消えてしまうのではないか」と思った関係者も多かった。
だが、外縁のサンゴは驚異的な回復力を見せ、12年間でほぼ元通りになった。「サンゴはほとんど壊れ、断片化されてしまった。それがかえって成長を速めた側面もあるかもしれない」とフィッシャーさんは言う。
2016、2017年の大規模な白化現象では、約90%あったムーアリーフのサンゴの被度が中央部で25%、内側で45%まで落ちた。だが、わずか6年で60~80%まで回復した。
ここ数年は幸いにして大きなサイクロンもなく、海洋熱波も発生していないのが理由だが、人の手による保全、修復の取り組みも回復を支えている。
折れてまもないサンゴ 破片集めて再生目指す
3月、ムーアリーフを実際に潜ってみた。
すると、水深7~8メートルの辺りに新しいサンゴがいくつも伸びているのが確認できた。あたかも自然にサンゴが育っているようだが、よく見ると土台に鋼鉄製の六角形の格子がある。
「リーフスター」と呼ばれる鋼鉄製の構造物だ。
がれきの上に置いて、折れてもまだ生きているサンゴの断片を固定する。そうすることで、折れたままでは死んでしまうサンゴが息を吹き返し、新たにサンゴ礁が形成される。
フィッシャーさんは「サイクロンで多くのサンゴががれきと化すが、底に落ちた破片は直後はまだ生きている可能性がある。サンゴの破片を素早く回収し、リーフスターに固定すれば再生することができる。その際にさまざまなサンゴを使うことで多様性を維持することが重要です。リーフスターには現在、約60種のサンゴがいます」と話す。
また、ムーアリーフでは、「コーラルツリー」と呼ばれる再生事業も行われている。
鋼鉄製の木に、サンゴの破片を七夕の短冊のようにぶら下げて再生して、サンゴ礁に戻す方法だ。サンゴ礁回復基金という団体が取り組んでいる。
保全・回復する取り組みはほかにもある。ケアンズの水族館では、様々な造礁サンゴを集めて研究・培養する「生きたサンゴのバイオバンク」という取り組みを進めている。絶滅を避けるため「サンゴの箱船」をつくるのだという。まずは200種類を採取、2026年には800種類の生きたサンゴ礁を集めた施設を建設する予定だ。
サンゴの保全・回復作業に欠かせないのが、市民や観光客の理解だ。
フィッシャーさんは「私たち観光業者は、海洋生物学者や地元の学校、市民とともにサンゴ礁の保全と回復に取り組み、研究と教育の機会を提供しています」と話す。「サイト・スチュワードシップ」という取り組みで、各セクターが協力してサンゴの世話をすると同時に、サンゴがどのように影響を受け、どのように回復していくのかを調査し理解して、それぞれができることを考える。
「生きたサンゴが増えれば、産卵が盛んになり、赤ちゃんを作る機会が増える。そして、赤ちゃんが増えれば、新しいサンゴが増えるという良い循環が生まれる。素晴らしいと思いませんか」
また、グレートバリアリーフには、一般の人が日帰りで参加できる環境保全の体験ツアーもある。「ここでのサンゴ礁の保全には、『人』の要素が非常に大きい」とフィッシャーさん。人為的にサンゴ礁全体を保全することは不可能でも、生きているサンゴに触れることで少しでも多くの人が環境問題に目を向けてくれるのを期待している。