サンゴ礁があるところは、世界の海底の1%に過ぎない。それでも、人間のたんぱく源として重みを増す海の魚の25%を宿している。
そのサンゴ礁に、いくつもの脅威が迫っている。海水の温度の上昇と酸性度の強まり。破壊的な漁法や農薬などの流入もある。
それなのに、地球上にどれぐらいのサンゴ礁があるのか、正確にはつかめていない。1千エーカー(400万平方メートル)あると考えられているのは、1500エーカーかもしれないし、500エーカーに過ぎないかもしれない。きちんと地図に収まっていたとしても、健全な状態なのか、どんな魚がいるのか、どんなサンゴの種類から成り立っているのか――こうした基本的なことが、分からないままになっている。
問題は海水だ。海洋は広大で、サンゴ礁の位置を正確に把握することが難しい。衛星や航空機で上からのぞき込もうとしても、海面に妨げられる。
そんな問題を乗り越える技術が、開発されている。率いるのは、米アリゾナ州立大学のグレッグ・アスナーとロビン・マーティンの科学者夫妻だ。そのための機器が、低空を飛べる飛行機に積み込まれている。名付けて「Global Airborne Observatory(空飛ぶ地球観測所。以下AO)」。海水をはぎ取るようにして、深さ50フィート(15メートル強)までの海底図を3次元で描くことができる(危機に直面している世界のサンゴ礁の広大な部分が、こうした浅い海にある。海水温の上昇は、主に海面付近で起きているからだ)。
これまでのサンゴ礁の地図は、ソナーを人間が持って泳ぐか、船で引っ張って必要なデータを集めてきたため、どうしても作製に時間がかかった。ところが、AOだと1日25万エーカーを4センチの高解像度で処理することができる。
「もし、この方式で海底を深さ50フィートまで把握できるとしたら、大変な進歩を意味する」とスミソニアン国立自然史博物館の海洋学者ナンシー・ノウルトンは語る。「サンゴ礁に取り組む人は、保護するために役立つことなら、何でものどから手が出るほど欲しがっている」
アスナーは、アリゾナ州立大学に新しくできた関連研究所「Center for Global Discovery and Conservation Science(地球再発見と自然保護科学の研究センター)」の所長を務めている。マーティンは生化学者で、遠隔探査の専門家だ。 夫妻は、もう何年も二人三脚で熱帯林の地図を作る手法の開発を進めてきた。マダガスカル島やアマゾンの木に登り、葉の標本を集めた。研究室に持ち帰ると、マーティンが分析し、その化学的組成を特定した。これを受けてアスナーは、熱帯林の上空を飛んで観測データを集めた。小型機に観測装置を積み、森林の上層部からはね返る(ほとんどは人間の目には見えない)光の波長を測った。
この波長のスペクトルが持つ特性と森林の葉の化学的組成とを重ね合わせながら、2人はこれまでなかった詳細な森林地図を作った。ペルーでは、新しい国立公園の位置と範囲を定めるのに使われた。南アフリカでは、ライオンの生息地をもっとよくする方法を探るのに貢献した。
2人とも、スキューバダイビングが趣味だった。それぞれに、もう何千時間ものダイビング歴があった。
「熱帯林の探査とは関係なく楽しんでいた」とアスナーはいう。しかし、サンゴ礁にもこの探査方法を適用できる、と2人は数年前に考えるようになった。それだけ、技術的な進歩がめざましかった。
「すべてのサンゴの生態に関心がある」。ハワイ島の西海岸で、ダイビングが可能かどうかを見極めていたアスナーは、電話でこう話した。
ハワイでは、デービッド・イゲ州知事が2016年に、州内のサンゴ礁の30%を2030年までに保護すると宣言していた。「Marine 30×30 Initiative(30・30海洋イニシアチブ)」と呼ばれる計画だ。
アスナーとマーティンは18年の冬に、サンゴ礁の健康状態を示す地図を作るために現地に入った。ハワイの海域で州が管理できているのは、まだ12%に過ぎないという現実があった。
AOは18年には、カリブ海のサンゴ礁の地図作りもしている。前年に相次いでハリケーンに見舞われており、米自然保護団体「ザ・ネイチャー・コンサーバンシー」と協力しながら作製した地図の初期版は、すぐにドミニカ共和国で最大の海洋保護区を策定するのに使われた。
「熱帯林の探査では、やり方が分かれば。もっと大きなスケールで取り組むことができた」とマーティンは振り返る。「サンゴ礁の問題に関わる人たちもそれを求めており、空からの探査でこれに応じることができると私たちは認識するようになっていた」
2人が作った地図で、生きているサンゴがあるところが判明した。人手をかけて保護すべきところだ。さらに、サンゴの生育を助け、サンゴ礁の復元を促す海底環境がどうなっているかも把握できるようになった。。
サンゴの分布地図の作製は、まず手で触れることから始まる。2人は潜って標本を採取し、研究室でその化学的な組成を調べ、分光スペクトルの特性を割り出す。
次いで、上空からの作業に移る。平均すると数千フィート(1フィート=0.3メートル強)の高さから、こうした分光スペクトルを探り出す。搭載したカメラが、人間の目には見えない光の色の中から、サンゴ固有のものを見つけていく。
サンゴの健康状態によって、化学的組成も変わる。サンゴの死滅にもつながる白化現象は、ごく初めの段階から組成を変化させるので、実際に白化が目に見えるようになる前からカメラで捕捉することができる。こうしたデータが集まるようになったことで、本格的な対策が可能となり、サンゴ礁の管理もうまくできるようになった。
AOの現在の観測装置は第3世代にあたり、他にはあまり例のない機能を備えている(一部には、軍事機密に関わるものもある)。
人間の不可視領域の光をとらえる分光画像装置は、米航空宇宙局(NASA)が複製品を作ったほどのものだ。さらに、ライダー(訳注=レーザー光線を使ったレーダー)が、毎秒50万光パルスのレーザー光線2本を放射して、その反射具合を計測。飛行機の下にあるものすべての位置と形状を3次元化し、記録していく。これに、高解像度カメラによるデータの集積が加わる。
この三つの手法で得た情報を(人工知能も部分的に使いながら)総合的に分析するやり方によって、2人の遠隔探査による地図作りの技能は大幅に向上した。
いかに詳細か。その彩りを見てみよう。フライトごとに、427種類もの色をもとにした画素で分光スペクトルが収集される(427色のインクカートリッジを使うことを想像してほしい)。これを研究室に持ち帰り、集めたデータを人工知能も使ってふるい分ける。サンゴは生きているのか。白化現象の有無は。さらに、サンゴの種類も、一部は見分けられるようになった。
2人の森林探査では、3万種類もの樹木をその分光スペクトルの特性で識別できるまでになった。世界中の樹木種の半分ほどにあたる数字だ。
サンゴでは、まだそこまで進んでいない。今は、知られている830種の約6%について、分光スペクトルの特性図鑑を作っているところだ。
「サンゴの種の数は樹木よりはるかに少ないが、分光スペクトルの特性をつかむのがはるかに難しい」とアスナーは話す。
「私は、真に効果的な自然保護の方法を追い求めている。関連の学術論文はいくつもあるが、科学の世界に望みたいのは、問題を解決することにもっと立ち向かってほしいということだ」。アスナーはこう続け、唇をかんだ。
「現状はあまりにも待ち時間が長過ぎる」(抄訳)
(Paul Tullis)©2019 The New York Times
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