5月。梅雨明け間近な沖縄県恩納村の小さな漁港には、いつもより一層パワーを増した太陽の光が燦々と降り注いでいました。カメラを持って吹き出る汗を拭う私の目の前では、心が浮き立つようなリズムの琉球民謡「唐船ドーイ」が響きわたり、沖縄の守り神であるシーサーのOISTロゴがプリントされた真っ赤なTシャツを着た多国籍の若者たちが、ハーリー船という伝統漁船に乗って青い海の上を力一杯進んでいました。
彼らは、600年前から今に伝わる沖縄の伝統行事に参加したOISTの学生や研究員たち。豊かな歴史を物語るこのボートレース「ハーリー」は、10人程度の漕ぎ手からなるチームが、漕ぎのスキルとチームワークを競い合います。その昔、それは漁師たちが漁場から安全に港に帰ってくるために必要な技術でした。海との関係、海との「縁」はこの島と切っても切れないものであり、現代においてもそれは続いています。
そんな海との縁で、私は沖縄にやってきました。スコットランド北東海岸の漁村で育った私は、いつも海の近くに住み、海に魅了されてきました。大学でも海洋生物学を専攻し、卒業後はホンジュラスやニュージーランドなど海の美しい場所で研究や報道に関わる仕事をしてきました。これらの場所と比べても、沖縄の海の美しさは格別です。
そのように思っているのは、私一人ではないようです。私が働くOISTには多くの海洋学者たちがいて、海の中の未知の世界を明らかにしようとそれぞれが日々研究に取り組んでいます。OISTには、メインキャンパスから車ですぐの場所に、新鮮な海水をふんだんに取水することができる独自の海洋研究施設もあり、海洋学者たちを虜にする海の世界の「不思議」を追求する理想的な場所と言えます。
沖縄はご存知の通り、サンゴ礁に囲まれた島々で構成されています。沖縄には、世界中のサンゴの種類のうち約30%のおよそ400種が生息しており、その美しさで観光客を魅了。観光産業にとってなくてはならない役割を果たしています。また、サンゴ礁は様々な海洋生物のすみかとなる場所であることから、漁場としても大切な場所です。
しかし、この重要な生態系は近年様々な要因により脅かされています。私がOISTのサイエンス・コミュニケーション・フェローとして着任して間もなく執筆した記事の一つは、この問題に取り組むために地域社会と協力している科学プロジェクトでした。OISTで働く生物学者の座安佑奈博士は、地元の漁業協同組合と協働で、サンゴの再生・保全を行っている「サンゴ畑」のサンゴの遺伝学的分析を行い、サンゴの長期的な生存率を確保する支援をしています。
サンゴの生息地を維持することは、漁師としての生計に直結し、また、地元の環境保全の面からも必須です。そこで地元の漁業者が考え出したのが、サンゴの一部を移植して、新しいサンゴ群集を養殖するというものでした。サンゴは植物ではなく動物であり、成長には数年かかるものの、移植という技術自体は、植物栽培ではよく使われる技術の一つです。しかし、これには遺伝的多様性の観点からリスクがあります。切り取ったサンゴは、元の親サンゴと遺伝的に同一のクローンであるため、同じサンゴばかりを養殖すると再生されたサンゴの群集の遺伝的多様性が限られてしまい、生存を脅かす有害な影響を与える可能性があります。そこで、座安博士らがサンゴのゲノム分析を行ったところ、恩納村の漁業協同組合が養殖したサンゴ畑のサンゴは、野生のサンゴとほぼ同じ多様性があることを確認できました。これにより、例えば、死にかけているサンゴ礁を、養殖という方法を利用することで次世代のサンゴ群集へと再生し、あるサンゴ種の全滅という最悪のシナリオに対し、「根本的な原因が解決されるまでの時間を稼ぐことができる」(座安博士)という希望を科学的にサポートしたこととなります。
さて、サンゴ礁を取り巻く危機の原因と言われているのは気候変動です。この問題に対処するには、現在使われている発電方法に代わる代替エネルギーが必要です。OIST発の技術が、この問題に一石を投じるかもしれません。現在モルディブでは、波のエネルギーを電力に変える波力発電機の実験が行われています。 OISTの新竹積教授らが設計・製作した装置は、ボートのプロペラが水面上に顔を出して立っているかのように見えます。しかし、そこに波が当たったとき、このプロペラが回ることで電力を生むのです。現在二つ設置された試作機は、まだ実際に、設置場所のモルディブのリゾートホテルに電力を供給するまでには至っていませんが、将来的には小さな島の電力の大部分を担うことを目指して研究開発は進んでいます。将来は、世界の海岸がこの沖縄発のクリーンエネルギー発電機で埋め尽くされる日が来るかもしれません。
また、日常的に、海やそこに住む生物たちに関わっている研究者たちは、海が危機的な状況に陥っていることについても知ることとなります。最近、世界中で、マイクロプラスチック問題が注目されています。数十年に亘って小さな粒子となったプラスチックゴミや、工業的に作られたマイクロビーズなどからなるマイクロプラスチックは、海の生物の体内に取り込まれ、世代を超えてゆっくりと彼らを汚染していくのです。 OISTの博士課程で海洋環境学を研究しているマギーと真紀が中心となって活動するのがOIST エコクラブ。エコクラブは、学内の日常的なプラスチックゴミを減らそうと発足され、今ではビーチのゴミ拾いをしたり、こうしたマイクロプラスチックの原因となるプラスチックゴミが身近な海に与える影響を訴えていくために、Instagramを通じてストローの使用を断ち切るという#stopsucking キャンペーンを実施したり、定期的に環境に関するドキュメンタリーの上映会を行ったりと、地域の海洋環境への意識を高めたいと取り組んでいます。
海を救うことだけではありません。海には科学者の知的好奇心をくすぐる多くの生き物が存在します。OIST技術員の増永あきさんに初めて会った時は、彼女の研究対象であるワカレオタマボヤ(Oikopleura dioica)の魅力について、はっきり言って理解できませんでした。プランクトンの一種であるワカレオタマボヤは小さな動物であり、海洋生物の食物連鎖の基盤となる生き物です。でも、それ以上に、彼らは優れたモデル生物で、普遍的な生命現象を研究するための理想的なモデルとして認められた、数少ない動植物の一つなのだそうです。
ワカレオタマボヤは、ゲノムがコンパクトで可変性も非常に高く、遺伝学研究に理想的です。また、体が透明であることから、極めて簡単に体内構造を観察することもできます。さらに、成長が早く、研究室で手をかけずとも簡単に飼育でき、研究に用いることができます。 現在この小さな生物を飼育するのは、世界でも4つの機関に限られていますが、その有用性から、将来的にはより一般的なものになる可能性が高いです。ここまで聞くと、がぜんこの小さな生物に興味が湧いてきて、これを主役にTiny Titans(小さな巨人)というビデオを作りました(第1話、第2話、第3話)。
今回ご紹介したものはすべて、ちょうど大海に落ちた小さな雫の一滴に過ぎません。しかし、小さな小さな雫の起こしたさざ波は、時間をかけてやがては大きな波を引き起こします。私は毎日、OISTの窓から見えるサンゴ礁の海に将来の可能性に満ちた輝く光を見ています。まるでハーリー船が新しい土地に到着するような科学的発見が生まれることを。海は、この沖縄島の海岸線をはるかに越えて、私たちすべてをつないでいるのです。(by アンドリュー・スコット OISTメディアセクション)