カラスの知恵って、どこまですごいのだろうか。ニュージーランド・オークランド大学の研究員アレックス・テイラーは、そう思った。
話して教えるわけでも、物まねで方法を伝えるわけでもない。なのに、道具をつくってしまう。なぜだろう。
同じような問題意識を持った欧州の専門家とともに、答えを探り始めた。
研究の対象は、道具づくりの名人カレドニアガラス。南太平洋のニューカレドニア(訳注=海外にあるフランスの特別自治体)に生息している。
細い木の枝からフックをつくり、幹に巣くっている虫をひっかけて食べる特技がある。つがいで飼育されていたメスのベティの場合は、さらにすごかった。相手のオスがフックにできるものをすべて独り占めすると、まっすぐな針金を曲げてフックを作成してしまった。
道具をつくるという点では、「カラスは鳥の中ではずば抜けている」と鳥類の認識力に詳しい米ハーバード大学のアイリーン・ペパーバーグは話す。「それも、驚くほど」
そこで、テイラーたちは、こんな仮説を立ててみた。
仲間が使った道具の映像を自分の頭に焼き付け、それを再現しているのではないか。「mental template matching(知的ひな型への適合行動)」と呼ばれる仮説で、その実証実験の結果が2018年6月、英オンライン科学誌サイエンティフィック・リポーツに掲載された。
「道具を見て、その心像だけをもとに同じ形を再現できるか」という設問を立てたとテイラーは説明する。そして、そうしていることが確かめられたと語る。
使ったのは、自動販売機のような装置。手順を踏んで、カードの紙片をその装置に入れると、エサが出てくることを覚えさせた。必要な行動は、野生の状態でしていることに極めて近い。ただし、道具となるカードを見るのは初めて。そんな組み合わせの実験の課題は、カードを適当な大きさにちぎらないといけないことだった。
最初に教えるときに使った紙片が、仮説の「ひな型」に相当する。これを与えずに、カードを置いてみると、くちばしでちぎり始めた。ときには、両足でカードを押さえながらの行動だった。
これは、美しい鳴き声を出す鳥が、それをどう覚えるかという研究結果とも矛盾しないと米ワシントン大学教授のジョン・マーズラフは指摘する。カラスの行動に詳しい野生生物の専門家だ。鳴き鳥の場合、幼鳥のときに覚えた親の鳴き方を前頭葉の特殊な神経回路が数カ月もたってから思い起こさせているという研究結果がある。同じようなことが、より複雑な今回の行動についてもあてはまるのではないかという見方だ。「鳴き方の習得と、道具づくりの習得に関連性はあるのか。興味は尽きない」
アレックスという名のオウムに100を超える英単語を教え込んだことで有名な先のペパーバーグは、「カラスの心像形成」の実証についてさらに注文をつける。
「確かに、面白い推論が確かめられたわけだが、そうするように導いてもらった上でのことでもある。だから、まだ次の実験が待っている」と話す。
ひな型の紙片を「30秒前に初めて見せて、それでも成功したのなら、もっと素晴らしい」。要するに、心像をすぐにつくり、そこから学んでいることを示す決定的な実証結果が求められると言うのだ。
実験をさらに重ねる必要はあるとマーズラフも認めつつ、今回のような結論を出せたこと自体に十分な意味があると評価する。道具を使い、習熟度を増し、さらに複雑な道具を使うようになるという特性は、人類固有のものと考えていたからだ。
でも、そうではない。この世界で人間は特別な存在だと決めつけずに、もう少し謙虚になれ――カラスの実験結果は、そう教えているとマーズラフは思う。(抄訳)
(Karen Weintraub)©2018 The New York Times
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