海面上昇や二酸化炭素濃度の高まり、それに埋め立て地や海洋にあふれるプラスチックボトル。地球環境の持続可能性をいかに確保するかは、今や大きな問題になっている。ホテル・リゾート業界も取り組みを強め、資源やエネルギーの消費そのものを減らし始めただけでなく、完全にやめるところすら出てくるようになった。
「大手のホテル各社が数歩でも前に進んでくれたら、大きな波紋を呼び起こすことになるだろう」。米国の非営利団体「ツーリズム・ケアズ(Tourism Cares)」のトップを務めるポーラ・ブラミングスはこう語る。観光が環境に与える影響を減らすよう、旅行業者とともにさまざまな対策を重ねている。「持続可能性の問題は、単なる省エネやリサイクルにとどまるものではない。観光に関わる業界や地域社会のすべてで支えるようにしないと、目標の達成は難しい」
すでに、マリオット・インターナショナルなどの大手ホテルチェーンは、完全には分解されないプラスチックストローなどの製品を使わないようにすることを明らかにしている。それでも、やるべきことはまだ数多くある。
「こうした個別に実施すべき対策は山ほどあるが、問題は宿泊業界の中での取り組みに濃淡があることだ」とニューヨーク大学教授のビョルン・ハンソンは指摘する。
では、この業界は、温暖化防止に向けてどこまで対策をとるようになったのだろうか。あるいは、地球環境について考える「地球の日」を啓発するために、どんな手を打っているのだろうか。その最先端を四つの分野で追ってみた。
サンゴを救う
南太平洋の仏領ポリネシア。ボラボラ島にある114室の高級リゾート「コンラッド・ボラボラ・ヌイ(Conrad Bora Bora Nui)」は、17礁の構築物を沖合の水中に作った。サンゴをはり付かせて再生させるためだ。海洋生物学者デニス・シュナイダーが開発した「バイオロック」(水中の電極を介して低電圧の電流を流す)という技術を採用している。サンゴの死滅を防ぐ最適な方法の一つとされている。
総支配人のセバスチャン・ピサノによると、近辺ではサンゴがはっきりと増えている。その広さは半エーカー(約2千平方メートル)ほどにまでなった。「サンゴはプランクトンのエサとなり、プランクトンは魚のエサとなるという生態系全体がそこに関わっている」とピサノは言う。そのサンゴ礁を、宿泊客は無料のシュノーケリングツアーで楽しめる。
メキシコのリビエラ・マヤにあるマヤコバ地域には、サンゴ環礁で囲まれたラグーンとマングローブの森が一面に広がる。その一角にある高級リゾート「フェアモント・マヤコバ(Fairmont Mayakoba)」は、NGO「オセアナス(Oceanus)A.C.」とともに初心者向けの水中エコツアーを宿泊者用に組んでいる。国立海洋公園に近いところで、参加料は1人9ドル。潮流によって引きはがされたカリブ海のエルクホーン(訳注=ヘラジカの角)サンゴを収集し、ツアーガイドの手を借りながら、サンゴが成長を続けられるように海底に移植している。
エネルギーと水もポイント
天然資源をうまく活用しているところもある。
大西洋・西インド諸島のセントルシアにある高級リゾート「ジェード・マウンテン(Jade Mountain)」では、飲料水を含めて、使われる水のすべては、アンセ・マミム渓谷の川から引き込んでいる。浄化などの必要な措置は一括管理し、飲料に適した水なのでどんな用途にも使えるようになっている。さらに、外気が入り込むオープンエアの客室区画も設け、空調を不要にしている。
「それでも、豪華な感じの滞在をたっぷり楽しんでもらえる」と施設担当のカール・ハンターは自信を示す。
メキシコのサンルーカス岬にある「ソルマル・ホテルズ・アンド・リゾーツ(Solmar Hotels and Resorts)」。ここでは、プールも含めて、太陽光発電で水を温めている。
「1千室近くを抱えながら、この再生可能エネルギーを使うことで暖房用のガスを不要にしている」と業務担当のリカルド・オロスコは胸を張る。これによって減る有害物質の放出は、198台の自動車を使わずに済むようにしていることに相当すると換算してみせる。
米国でユースホステルを運営する「ホステリング・インターナショナル(Hostelling International=HI)USA」は、ホステル界では初めての「スマートシャワー」を使い始めた。利用時間を7分間に限ったシャワーだ。今後は、全米50の施設にある750余りのシャワーすべてをこのタイプに切り替えていくことにしている。いずれも、カラフルなLEDライト付きで、利用時間の終わりがくることを優しく告げてくれる。「1人が30秒短く使えば、毎年約100万ガロン(378万リットル強)の水を節約できる」とHIのマーケティング担当のネタニャ・トリムボリは語る。
インド洋のモルディブにあるプライベート・リゾート・アイランド「クダドゥー(Kudadoo)」は、すべてのエネルギーを持続可能方式で賄う同国初の施設となった。中核となっている本館「ザ・リトリート」の屋根に備え付けたソーラーパネルで、島の全電力を供給できるようになっている。
ノルウェーのヘルゲラン沿岸にある「スヴァト(Svart)」(99室)。北極圏にあり、2022年までには世界で初の(訳注=エネルギーを自ら作り出す)「ポジティブ・エナジー・ホテル」として完成する。
ソーラーパネルによる発電で使用電力をすべて賄い、余剰電力を蓄えて夜の方が長くなる時期に備える。「コンクリートなど大きな電力消費につながる建築素材は避けた。代わりに、木材と天然の石材、ガラスを中心に組み立てた」とプロジェクトマネジャーのイバイロ・レフテロフは説明する。
食ベ物とゴミもなんとかしよう
世界の食料のほぼ3分の1が、失われたり捨てられたりしている。これに対してホテル・リゾート業界では、それぞれの施設でこうした浪費を抑える取り組みが始まった。
米サウスカロライナ州チャールストンの「ザ・スペクテーター・ホテル(The Spectator Hotel)」は最近、生ごみとして捨てていたフルーツやペストリーなどの食べ残しを有効利用する事業を立ち上げた。消化槽に入れて、再利用水を作るようにした。「18年8月の開始から、1万1234.5ポンド(約5096キロ)の食物廃棄物を944ガロン(約3573リットル)の水に変えた」と総支配人のカルロ・カロッチャは数字をはじく。
テキサス州ワシントン郡のホテル「ザ・イン・アット・ドスブリサス(The Inn at Dos Brisas)」は、環境保全に尽くしたことで業界の表彰を受けた。乗馬施設から出る廃棄物を堆肥(たいひ)にして、かなりの広さのやせた土地を改良した。木の枝から出る廃棄物も含めて有機肥料も作り、ファーマーズ・マーケットで売りに出している。
エコ志向のコミュニティーに
ニューヨークにある二つの「アーロ(Arlo)」のホテルでは毎月、さまざまな業種を超えて、持続可能性をテーマにした無料の会合を開いている。環境を意識した旅行者コミュニティーづくりが狙いで、ソーホーにあるアーロの次回の会合では、食べられる野生植物の収穫や民族植物学、緑のライフスタイルについての解説がある。
マイアミビーチの「ザ・パームズ・ホテル・アンド・スパ(The Palms Hotel & Spa)」では、3カ月ごとに3時間かかるビーチの清掃コースを設けている。ホテルの公式サイトから申し込むことができ、参加者には再利用可能な容器に入った水を持参することを勧めている。(抄訳)
(Charu Suri)©2019 The New York Times
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