1. HOME
  2. 特集
  3. 食卓にのぼる動物の話
  4. 元農水相の鶏卵汚職事件で注目 それでも進まないアニマルウェルフェアへの配慮

元農水相の鶏卵汚職事件で注目 それでも進まないアニマルウェルフェアへの配慮

World Now 更新日: 公開日:
「バタリーケージ」による鶏の飼育。鶏たちはこのケージにずっと入れられたまま餌を食べ、水を飲み、排泄し、卵を産む
「バタリーケージ」による鶏の飼育。鶏たちはこのケージにずっと入れられたまま餌を食べ、水を飲み、排泄し、卵を産む=アニマルライツセンター提供

なぜ日本でアニマルウェルフェア(動物福祉)への配慮は広がらないのか。背景には、「一時的に多額の投資が必要になる」「価格が上がれば消費者に負担を強いる」「家畜の管理がしやすい」といった畜産業者側の論理がある。

鶏卵生産大手が賄賂 国際基準策定に「反対」要請

日本の養豚場では、母豚を長期間にわたって拘束飼育するための「妊娠ストール」が広く利用されている。採卵鶏の養鶏場では、鶏たちがほとんど身動きできない「バタリーケージ」による飼育が主流だ。

そんな日本で、アニマルウェルフェアという言葉を広く知らしめた事件があった。

吉川貴盛・元農林水産相が、鶏卵生産大手「アキタフーズ」の元代表から大臣在任中に計500万円の賄賂を受け取ったとして2021年1月、収賄罪で在宅起訴された(2022年6月に有罪確定)。元代表は吉川元農水相に賄賂を渡したうえで、国際獣疫事務局(OIE)がアニマルウェルフェアに配慮した国際基準を策定するのに、日本として反対するよう要請していた。

吉川貴盛・元農林水産相の事務所から段ボールを運び出す捜査関係者ら
吉川貴盛・元農林水産相の事務所から段ボールを運び出す捜査関係者ら=2020年12月25日、札幌市北区、日吉健吾撮影

皮肉にもこの「鶏卵汚職事件」が、日本で畜産動物のアニマルウェルフェアに注目が集まる大きなきっかけになった。

ただ法制度の面で、今のところ目立った前進は見られていない。アニマルウェルフェアへの配慮を求める側と、従来通りのやり方を続けたい畜産業者側との「綱引き」が続いている。

狭いスペースに複数の鶏が詰め込まれ、ほとんど身動きがとれない状態で卵を産み続ける。こうした「バタリーケージ」による採卵鶏の飼育を、欧州連合(EU)では2012年に禁止している
狭いスペースに複数の鶏が詰め込まれ、ほとんど身動きがとれない状態で卵を産み続ける。こうした「バタリーケージ」による採卵鶏の飼育を、欧州連合(EU)では2012年に禁止している=アニマルライツセンター提供

鶏卵汚職事件を受けて農水省は、第三者委員会による調査を実施。2021年6月に「政策がゆがめられた事実は認められなかった」などとする報告書を公表した。一方で、報告書をきっかけに2022年1月、「動物福祉に対する相互理解を深めるため」として「アニマルウェルフェアに関する意見交換会」をスタートさせた。

「現状維持」目指す業者 綱引き続くなか議員連盟発足

意見交換会の委員には学識経験者をはじめ流通や食品、飲食などの大手企業の関係者らが名前をそろえ、畜産動物の福祉向上に向けて期待感が高まった。だが、当初「公開」とされていた意見交換会は、直前になって「非公開」とされ、情報公開のあり方などを巡って混乱が起きた。農水省側は「現場の課題など率直な意見を聞くため」などと説明したが、非公開になったことを理由に参加を辞退する委員も出た。

農水省はさらに「畜種ごとの飼養管理等に関する技術的な指針(案)」を策定。2022年5月から約1カ月間、パブリックコメントを実施した。アニマルウェルフェアへの十分な配慮を求める意見が多数寄せられたが、現状維持をめざす業者側の主張も根強く、農水省は今年6月、鶏のバタリーケージ飼育や長期間にわたる豚の妊娠ストール利用を容認する指針を公表した。

「妊娠ストール」には1頭ずつ入れられる。自分の体と同じ程度の広さのスペースしかないため、母豚たちは振り向くこともできない
「妊娠ストール」には1頭ずつ入れられる。自分の体と同じ程度の広さのスペースしかないため、母豚たちは振り向くこともできない=アニマルライツセンター提供

「綱引き」は以前から、たとえば2019年6月に行われた動物愛護法改正の際にも見られた。当初は改正動愛法の付則として、畜産動物を取り扱う事業者を、行政の目が行き届く「動物取扱業」に入れるかどうか「検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずる」などとする条文が盛り込まれるはずだった。ところが改正法案が衆議院に提案される直前、一部国会議員から強い反対の声が出て、条文は削除されてしまった。

一方で2020年2月には、超党派の「動物福祉(アニマルウェルフェア)を考える議員連盟」が新たに発足した。その設立趣意書で「動物福祉については、我が国の法制度では十分に位置付けられておらず、動物を日々取り扱う現場でも、動物福祉への理解が十分に行き届いていない現状がある」などと指摘し、畜産動物の問題を積極的に取り扱う姿勢を見せている。

2023年4月25日、参院議員会館の会議室で同議連の総会が開かれた。参加者は約20人。養鶏場のバタリーケージや養豚場の妊娠ストールについて、問題を指摘する声が相次いだ。この日、新会長に選ばれた岩屋毅衆院議員は「日本においては動物福祉に関して取り組むべき課題がまだまだ多い。動物福祉をしっかり前進させていきたい」と話した。