「ESG投資の観点から日本企業を見たときに、畜産動物のアニマルウェルフェアは無視できない領域になる」。そう話すのは、JPモルガン証券でESG&サステイナビリティリサーチ責任者を務める佐野友彦・株式調査部共同部長だ。ESGとはEnvironment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の頭文字を合わせた言葉。環境や社会問題に配慮する企業に対して積極的に資金を振り分けたり、配慮のない企業からは逆に資金を引き揚げたりする仕組みを、ESG投資という。
そのESG投資で、なぜ日本企業のアニマルウェルフェアへの対応が重視されるようになるのか。背景には、世界自然保護基金(WWF)や国際NGOなどでつくる「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」が今年9月に示す情報開示のフレームワーク(枠組み)があるという。
TNFDは自然に関するリスクを評価して情報開示することを、世界中の企業に促し、投資判断の一助とすることをめざしている。この枠組みでは、企業が畜産物を調達するにあたり、森林などの自然環境にどのような影響を与えたかを開示する必要が出てくるとされる。
佐野さんは「もともと全くなかった情報が少しでも出始めると、一気に分析がしやすくなり、様々な課題も浮かび上がる。投資家は、開示が進むに従い、どこにリスクがあるのかという点に着目するようになる。そのプロセスのなかで特に日本では、現状ではほとんど放置されているアニマルウェルフェアへの対応状況について、リスクとしてスポットがあたりやすくなる」と説明する。
すでに欧米の企業では、「調達している卵の何割を『平飼い卵』が占める」とか、「豚の飼育にあたって『妊娠ストール』を廃止している」などといった情報を、積極的に開示しているという。つまりアニマルウェルフェアの領域に関して、「攻めの開示」が一般的になっている。
一方、日本では畜産物にかかわる情報をなるべく外部に出さない「守りの開示」に徹するところがほとんどで、情報開示は進んでいない。ネガティブな情報をわざわざ開示したくないし、海外から畜産物を調達していて結果的にアニマルウェルフェアに配慮できていたとしても、その価値に気づいていない場合もある。佐野さんは「投資家からは既にこのギャップは認識されていて、投資先を評価する際に確実に減点要因になっている。市場による選別は、今まさに現在進行形で進んでいる」とみる。
そんな現状に対して、さらにTNFDの枠組みが適用されるようになるわけだ。佐野さんは「日本において、畜産動物の福祉が全般に低いレベルにあることはもう知られていて、ビジネス上のリスクとして注目が高まっている。日本企業も、守りの開示を続けるのは難しくなるだろう。そして、攻めの開示に転じるとなれば、たとえば流通企業では、平飼い卵の採用率をあげていくなどの判断をするところが出てくるはずだ」と話す。
米国では、ケージ飼育される鶏の割合が2016年に90%だったのが、現在65%まで減少。今後5年間でさらに30%程度まで減るという予測が出ている。佐野さんは言う。「投資の世界を見ていると、日本もまずは米国の現状並みに、これから5年くらいのスパンで追いつく必要がある。資本市場における資金の動きは、企業に大きな変化をもたらすもの。その兆しは見えつつある」