鶏たちは止まり木で体を休め、もみ殻を敷いた床面の運動場では砂浴びもでき、巣箱に入れば落ち着いて卵を産める……。横幅18メートル、奥行き80メートルの体育館のような鶏舎で、新鮮な水と餌を提供されながら、1万数千羽の鶏が自由に動き回っていた。卵を集めたり、ふんを回収したりといった作業は自動化されている。
アジアで初めて立体型の平飼い鶏舎「エイビアリー」を導入したナチュラファーム(埼玉県寄居町)。社長の一柳憲隆さん(51)が鶏舎を案内してくれた。
エイビアリーによる飼育を、一柳さんは「楽しい」と表現する。「たまに巣箱以外のところに卵を産んだりして、人の思い通りにならない時もある。そういうことがあれば、じゃあどうすればいいのか考え、工夫をする。生き物を飼っている、生き物に向き合っているという実感がある。楽しいですよ」
欧州視察で衝撃受けアジアで初導入 今は3万羽を平飼い
一柳さんには1996年に欧州を視察した時の衝撃が、強く心に残っている。
スイスで、立体型の平飼い鶏舎を訪ねると、鶏が足元に集まってきた。人に興味を持って寄ってくる鶏なんて見たことがなかった。一柳さんは振り返る。「当時もいまも日本では一般的なバタリーケージでは、鶏舎に人が入ると一瞬、鶏は驚いてザワザワとする。子どもの頃から鶏に接してきて、それが当たり前だった。でも、鶏が本来持つ行動欲求を満たしてやると、これほど落ち着いて穏やかに過ごすものなのかと、ビックリした」
そのころ、スイスではすでにバタリーケージの使用が禁じられていて、欧州連合(EU)でも同様の流れができていた。スイスの養鶏場を目の当たりにし、「ケージ飼育がダメだと言われるのもわからなくはない」と感じたという。
それから何度か欧州の養鶏場に足を運び、畜産関係の展示会なども見て回った。「エイビアリー」と呼ばれる立体型の平飼い鶏舎のあり方は、年々洗練されていった。習性を利用して巣箱に卵を産ませる仕掛けや排泄場所をコントロールする方法などが次第に確立、万単位の飼育ができるようになり、「より安定的、衛生的に卵を生産することが可能になってきた。労力もバタリーケージとそれほど変わらない。これなら、自分もできるかもしれない」。そう思えるようになった。
一柳さんは2006年にアジアで初めてエイビアリーを導入。2021年には3棟目のエイビアリー鶏舎を新設した。少しずつ飼育数を増やしてきて、今では約3万羽をこの方式で飼育する。
外資系ホテルが調達する卵について「ケージフリー宣言」をしたり、一部の大手流通チェーンが「平飼い卵」の扱いを増やしたりといった動きが、後押しになっているという。生産する平飼い卵の売り上げは、少しずつだが確実に前年比プラスで推移する。
一方で一柳さんは、バタリーケージによる飼育も続けている。エイビアリーの5倍にあたる約15万羽を依然としてケージ飼いしているという。
バタリーケージによる飼育では一般に、鶏は1羽あたりB5判(467.74平方センチメートル)かそれ以下のスペースしか与えられない。そのうえケージから出られないのだから、ほとんど身動きを取れない。一方、ナチュラファームのエイビアリーでは1羽あたり1111平方センチメートルと2倍以上のスペースが与えられ、しかも鶏舎の空間を自由に動き回れる。
価格差1.5倍 消費者の意識変われば一気に変わる可能性も
だが同じスペースで飼育できる鶏の数が大きく違えば、卵の価格差となって表れる。最近は鳥インフルエンザの流行や原材料高の影響で一般的なケージ飼いによる卵の相場もあがっているが、それでも平飼い卵の価格は1.5倍ほど。例年なら2倍程度の差になるという。ケージ飼育に問題意識を持たない取引先や消費者からしてみれば、受け入れにくい価格差だ。
「同じスペースに1羽でも多く入れれば、取れる卵は増える。ケージ飼育は飼育効率が高いから、卵の生産コストを抑えられる。日本では1羽あたりどれだけの面積が必要かを定めた法制度はないので、一般論としては、どれだけの飼育密度にするかは経営判断になる」と一柳さんは説明する。
公益社団法人「畜産技術協会」の2014年度の調査では、採卵養鶏農家の91.5%(棟ベース)がバタリーケージを使っていた。詰め込み飼育はほかの鶏への攻撃行動につながりやすく、83.7%の農家が鶏のクチバシを切断(デビーク)している。
エイビアリーによる平飼いと、バタリーケージによるケージ飼いを併存させていて葛藤はないのだろうか。一柳さんはこう答えた。「祖父の代からケージ飼いに慣れ親しんできた。それをかわいそうという目で見ていたら、養鶏業はできない。一方で、ケージ飼いでは確かに、鶏の行動欲求は阻害される。そのことである程度ストレスがかかり、それが、人が鶏舎に入った時のざわつきにつながるのだと思う。それでも鶏はちゃんと卵を産む。だから健康に過ごせているのだと判断できる」
ケージ飼いで生産された卵を、ほとんどの消費者が特段の問題意識を持たずに購入する。そんな状況が続く限り、わざわざ平飼いに切り替えようという養鶏農家は、日本ではなかなか増えないだろう。現状では、ナチュラファームや、こだわって屋外放牧までしている小規模養鶏農家をのぞけば、数十万羽から百万羽単位で飼育している大手が、そのうちの数%程度を試験的にエイビアリーに切り替えている程度、というのが現実だ。
だが、それは逆に事態が一気に変わる可能性も秘める。一柳さんは言う。「卵を買うとき、それを産んだ鶏の飼育方法に関心を持つ消費者が増えたら、生産者も変わらなければならないと考え始める。いまの子どもたちは、学校でSDGs(持続可能な開発目標)について習っている。そういう子どもたちが『消費者』になった時、日本の養鶏業も大きく変わるかもしれない」