■総当たり戦のどつきあい
「ニワトリは厳しい縦社会。朝コケコッコーと鳴く順番も厳格に決まっています」。ニワトリの生態を長く研究している東京農工大学准教授の新村毅さん(37)は、そう言い切る。ニワトリにはもともと、1羽の雄鶏が鳴き始めると他の雄鶏たちが続いて鳴く習性がある。新村さんは、同じケージで4羽が鳴き交わす様子を観察していて、毎朝、同じ雄鶏が最初に鳴くことに気づいた。しかも、続く順番もきれいに決まっていた。
ニワトリは集団で飼うと、互いにつつき合いを繰り返し、数日するとぴたりとやむ。「総当たり戦のどつきあいのようなもので、自分が何番目に強いか分かるまでやります。ひどいときは傷口から感染して、死ぬ個体までいるんですよ」と新村さん。どつきあい……。まるで、学園ドラマに出てくる不良同士のけんかのようだ。
ニワトリの場合、そこで決まった順序は絶対だと新村さんは言う。体内時計が狂って1位の雄鶏が鳴くのに遅れても、2位以下はじっと様子をうかがって待つ。もし1位が集団から消えれば、次は2位が最初に鳴くようになる。「それでも、ごくたまに下位の個体が間違えて、上位より先に鳴いてしまうことがあります。そんな粗相があると、上位がさっと寄ってきて、これでもかというほどつつきます」
ひえー、なんと厳しい縦社会! そもそも、どうして、ニワトリは鳴くんですか? 新村さんによれば、祖先である野生種は森に住んでいて、1羽の雄と複数の雌によるハーレムをつくる。鳴くのは、他の雄鶏に縄張りを主張しているためと考えられているという。
集団の中でいったん順位が定まると、強い雄が優先的に餌を食べ、雄のホルモンが強く出て鳴く回数も増える。交尾の回数も増し遺伝子を残す確率が高まる。優秀な遺伝子が残れば、種全体の繁栄にもつながる――というのが、生物学的な理論付けだ。
■多くの動物に序列が
だから、鳥類や哺乳類のほとんどにも順位付けがある、と新村さんは言う。家畜化された犬や猫、ウサギやハムスターなどにも、その性質は受け継がれているという。「たとえば犬であれば、オオカミから家畜化された動物なので、オオカミで知られている厳しい順位制の習性は、家畜化された犬のほとんどに遺伝的に残っていると考えられています」と新村さん。一見おとなしそうなウサギやハムスター、仲良く見える犬にも互いを順位付けする性質があるなんて、びっくりだ。
面白いところでは、ブタが良い例だ。多産なブタは、産まれて数日以内に子ブタの順位が決まって、吸い付く乳首の位置が固定される。強い個体ほど栄養価の高い乳首の母乳を飲むことができ、大きく育つと考えられているという。赤ん坊のときから、そんな順位が決まるなんて、自然界は厳しいなあ。
そういえば、2年前に東京・上野動物園のサル山の生態を取材したとき、ベテラン飼育員さんがこんな話をしてくれたのを思い出した。サル山のニホンザルたちの間にも「順位」があって、1位のオスは「第1位オス」「アルファ・オス」と呼ばれている。ところが、他のサルからエサを奪ったり、乱暴したりする厄介者のボスがいると、下位のオスたちが結託して、その暴君を追い落としたというのだ。まるで、人間世界のクーデター!
しかも、「アルファ・オス」は、必ずしも腕っ節が強いだけじゃない。高齢でけんかもさほど強くなくても、小ザルと遊んであげるなど優しい性格で、メスたちの支持を得ているオスが、長く君臨していたケースもあると、飼育員さんが教えてくれた。クーデターに、イクメン……。駆け引き上手でないと、組織の中では生き残れないということか。なんだか、妙に身につまされるなあ。
新村さんは言う。「温泉に入る野生のニホンザルの群れでは、最上位の雌は下位よりも長く温泉につかり、ストレスホルモンの値が低いことが知られています。霊長類の順位制は他の動物に比べてもとても複雑で、その究極の形が人間だと思います」
人間の世界でも多かれ少なかれ、自分の「格」が他人より高いか、低いかを気にしてしまうものだ。最近すっかり定着した「マウンティング」という言葉も、そもそも強いサルが弱いサルに馬乗りになる示威行動だったっけ。自分の会社の中でも、思い当たる節がいくつもある。自分はあいつよりイケてる。あの人にはかなわない。そんな順位付けを、私たちは無意識にしているのかもしれない。