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カモメが牛耳るローマの都

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ローマのサンタンジェロ城かいわいでは、カモメがおやつを横取りするなど観光客を悩ませている=2018年7月11日、Stephanie Gengotti/©2018 The New York Times

夜明け時だった。エマヌエラ・トリッピは、ドカーンと大きな音がしてびっくりして目が覚めた。自宅はローマの中心街に立つ共同住宅の4階。彼女はそーっとキッチンに入ってみた。そこで目にしたのは、長くて白い首、赤く縁取られた目、黄色い水かき足をしていて、ごみ袋を突っついていたカモメだった。

トリッピはシチリア島育ち。そのせいかカモメを見るとロマンチックな思いしか浮かばなかった。しかし、ローマで日々この「侵入者」と顔を合わせていると、イメージはまったく変わった。海から少なくとも20マイル(約32キロメートル)も離れているのに、繁殖地にしてしまうとは……。

彼女はスリッパをつかんで、カモメに投げつけた。もう一つ、スリッパをつかんで投げようとすると、カモメはクァー、クァーと威嚇の鳴き声をあげ、彼女に突撃してきた。

「アリベデルチ(さようなら)、あなたの勝ちだ」。彼女は走って逃げ、急いでキッチンのドアを閉めた。飼い猫が怖がってすくみ、長椅子でおもらしをした。それを見て、彼女はカモメを追い出そうとキッチンのドアを強くたたいた。侵入したカモメは「大きかった。私のひざの上の高さより大きく、まるでアメリカの野生の七面鳥みたいに大きかった」とトリッピは述懐した。食べ終えるまで、「まるで自分の家みたいに」ずっと居座っていて、食事を終えるとようやくキッチンの窓から飛んで行った。

ここ数年、ローマの人びとは、街全体がひどくなっていると嘆くことしきりだ。道路は穴ぼこだらけ。公共バスは相次いで炎上する。公園はごみだらけで収集されず、街路は悪臭を放ち、川もごみでいっぱいだ。
逆に、カモメたちは嘆いていない。草ぼうぼう、ごみも散らかし放題の場が広がって、エサも食べ放題だ。日没時、カモメたちはフォロロマーノ(古代ローマ遺跡)やパラティーノの丘の上空を、まるで儀式のように耳障りな鳴き声をたてながら旋回する。そんな儀式は、ローマにしてみれば決して吉兆とはいえないだろう。

「もうローマはカモメたちのすみ家になったのだと、私たちは言い渡したのだ」とイタリア鳥類保護同盟会長のフランチェスカ・マンツィアは言った。「そして、連中はその通りに行動している」

ローマ市内で救助されたカモメを調べるイタリア鳥類保護同盟会長のフランチェスカ・マンツィア=2018年7月11日、Stephanie Gengotti/©2018 The New York Times

何人かの専門家によると、ここ数年、ローマのカモメは数万羽に膨れ上がっている。残飯などさまざまなごみをバイキング料理のごとくむさぼり、観光客が与えるおやつを食う。のんきな歩行者からサンドイッチをひったくる。だからか、カモメのずうたいまで大きくなっているという。

キアシセグロカモメ(Larus michahellis)。ハトやコウモリやムクドリ、時には他のカモメの仲間まで捕食し、地元のならず者といった風に自分の領域を死守するカモメ科の一種だ。
この鳥たちは街の屋根、教会塔、古代遺跡に居心地が良さそうにすみついている。その鳴き声は、まるで夜泣きする赤ん坊が一団となったように、夕刻の空をつんざく。

カモメは「いちど新たな種――すなわち私たち人間のことだが――と接触したら、対応の仕方を学習する」とマンツィア。人間が施し物を与えると、カモメは服従のサインと受け止め、「彼らは、オーケー、では今からここはおれの縄張りだ、と考えるのだ」。

カモメの除去計画がない中で個体数を減らしたいなら、街をきれいにし、ローマ市民の日々の行いを改善すべきだと、マンツィアは何度も市当局に説明してきた。

だが、「市の返事は、『不可能だ』の一点張り」とマンツィア。

そんなわけで最近、カモメたちが長年たむろしているカラカラ浴場の遺跡でオペラ「ラ・トラビアータ(椿姫)」が上演された際、私(記者)は、オペラの二重唱が甲高いカモメの声で三重唱に聞こえた。

バチカン外部の屋根では、カモメがサンピエトロ大聖堂のローマ法王の窓から放たれ、平和のシンボルであるハトをズタズタに引き裂いた。私はその屋根から1対のカモメが、バチカン外相がかぶっていた紫のズケット(聖職者がかぶるふちなし帽)をめがけて急降下したのを目撃した。

バチカンに近いサンタンジェロ橋では、大きなカモメがピザの一片を巡って争っていた。それを見ていたジョー・ポテンザは「あれはカモメじゃない」と思わず叫んだ。彼はオーストラリアのメルボルン出身だが、メルボルンのカモメはローマの半分ほどしかない、と言うのだった。「手まで食いちぎるほど」大きい、とポテンザは不安そうに語った。

ローマのサンタンジェロ城の上空を飛ぶカモメ=2018年7月11日、Stephanie Gengotti/©2018 The New York Times

ローマは、何千年にわたって、建国神話のロムルスとレムスの双子の兄弟に乳を飲ませるメスのオオカミを市のシンボルにしている。ところが、ことあるごとに市民の非難、中傷を浴びている市長ビルジニア・ラッジが率いる行政府は2017年5月、フォロロマーノの遺跡の上に勝ち誇ったように立っているカモメの写真を市のフェイスブック画面に掲載した。

市民は怒りの文言を投稿した。「街のイメージをますます見苦しくしてくれてありがとう」と痛烈に皮肉ったコメントもあった。市はこの投稿を削除し、謝罪したうえで「市内のカモメを減らすため」の手続きに置き換えた。

しかし、繁殖活動のシーズンを終えたカモメは夏の終わりから秋にかけてひと休みするため、どこにも行く気配はない。それに、ロムルスとレムスに乳を飲ませたメスのオオカミのように、いったいどこから来たのかも謎だ。

「話は長くなるが、実は私も一役買っている」。著名な野生動物保護活動家のフルコ・プラテーシは、09年に自身のブログにそう記した。

話は1971年にさかのぼる。プラテーシの友人が、トスカーナの島で傷ついたメスのカモメを救助し、靴箱に入れてローマの動物園に持ち込んだ、という。プラテーシはアシカのプールの一角に、カモメの飼育小屋を建てた。その後、ある春の日だったが、傷ついたカモメは「動物園の上空を飛んできたオスのカモメの気を引いた」とプラテーシ。対になったカモメは、ごみ箱をあさって営巣した。その後はご存じの通り。

だがマンツィアは、この話には懐疑的だ。彼女によると、カモメがローマにやって来たのはテベレ川伝いにローマまでエサを求めてきた結果であり、その後ローマのごみ処理のずさんさがどんどん他の鳥を呼び込んだのだ、と解説した。

彼女によると、最初は市郊外にあるマラグロッタごみ埋め立て地にカモメが大群で押し寄せた。当局が廃棄物処理を規制するまで、マラグロッタは欧州最大のごみ捨て場だった。マラグロッタが閉鎖された2013年以来、ローマ市内の散らかし放題のごみがそれに代わっていった。バチカンもカモメ向けのメニューにすばらしいごちそうを提供してきた。

14年1月、バチカンでウクライナの平和のための日曜礼拝が行われた。バチカン宮殿の窓から姿をみせた法王フランシスコの脇で、2人の子供が2羽の白いハトを放った。法王はすべての人に「おいしい昼食を」と、いつもの祈りの言葉を述べた。その言葉に従ったのは、ハイイロガラスを従えた1羽のカモメだった。

「オー、ゴッド、悪夢だった」とマンツィア。「世界中から電話がかかってきた。あれは不吉な予兆じゃないか、って」

彼女は、飼育された白ハトはカモメの格好の餌食になると、これまで何度もバチカン当局に伝えた、と言った。野生のハトならまだ逃げるチャンスがあるから、それに代えるべきだとも訴えた。しかし、バチカンは飼育された白ハトにこだわっている、という。

本能に従って生きている鳥たちを責めることはできない。だが、カモメの臭いは強烈で、容認しがたいのも事実。

マンツィアは、数十羽のカモメで強烈な臭いを放つ鳥小屋から出てきて、ひと言、「ごみを食べる動物は、ごみの臭いを放つ」とつぶやいた。(抄訳)

(Jason Horowitz)©2018 The New York Times

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