鮮やかな色彩の看板や照明が照らす街を、ドラァグクイーンが練り歩く。レストランやパブで、男性カップルが額を寄せ合って話している。
バンコク有数のゲイスポットとして知られる通りの夜は、にぎやかだ。
アメリカから来た男性(56)は「タイでは自由でいられる。好きな服を着て、好きな人と一緒にいられて、誰も気にしない。私はテキサスの小さな町に住んでいる。自分の性的指向が知られたら? 『バーン』だ」と銃を撃つしぐさをして笑い、少し物憂げな表情を見せた。
大音量が響く近くの路地に入ると、地元っ子の姿が目立つ。クラブで数人がKポップに合わせて踊り、歓声が上がる。男子大学生(23)は「自分を表現できる場所。毎週来ていますよ」。
トランスジェンダーのコンテスト、BLドラマは海外でも人気
タイにはタレントはるな愛さんが優勝したトランスジェンダーの美しさを競うコンテストがある。男性同士の恋愛を描くボーイズラブ(BL)ドラマがブームだ。歴史的に男女に二分されない性のあり方が根付き、「カトゥーイ」(もとは両性的存在を意味し、トランスジェンダー女性らも指す。侮蔑的との指摘も)という言葉は、19世紀に編まれたタイ語辞書にも載っている。
ただ、「ゲイの楽園」「LGBTの楽園」といった現在の「顔」が作られ始めたのは冷戦期以降とされる。
ベトナム戦争に向かう米軍の保養地として歓楽街ができた。ゲイバーやショーを売りにする店が人気を呼び、性的マイノリティーの働く場が広がった。
観光はタイの主要産業の一つ。2012年から政府が主導し、性的マイノリティーの観光客を呼び込むキャンペーン「Go Thai.Be Free.」を進める。
タイ国政府観光庁東アジア局長チューウィット・シリウェーチャクンさん(55)は「タイはLGBTQフレンドリーで、本来の自分をさらけ出せる場所、と明確に示した」。
世界25カ国・地域を対象とした「LGBTキャピタル」の調査によれば、2019年にタイのLGBTツーリズム市場は65億ドル(約9100億円)。アメリカ、スペイン、フランスに次ぐ4位だった。
PINKの商号で日本でLGBTツーリズムを手がけるアスパック企業の社員萩原勇太さん(57)は「男性2人で1部屋を予約している場合、タイだと従業員がカップルと気づいて、ツインベッドをダブルに変えるといった気の利かせ方ができる」と説明。
性別適合手術で渡航する人も多いといい、「タイ語通訳をつけたり、術後に安く泊まれるホテルがあったり環境が整えられている」。
ジェンダー平等法成立、LGBT議員誕生、同性婚審議
ツーリズム促進と並行し、法整備も進む。
2015年にジェンダー平等法が施行された。2019年にはLGBTの下院議員が4人誕生。同性婚の法案も審議された。下院の任期切れで成立しなかったが、観光庁広報部副部長ポンパン・モーンパンさん(35)は「必要性では議会内は一致している」。認められれば、観光にも追い風になるとみる。チューウィットさんとポンパンさんはゲイで、当事者としての関心事でもある。
ただ、課題は残る。
トランスジェンダー女性のケート・カンピブーンさん(36)がタマサート大学の講師職を得るには、裁判が必要だった。学力が自分の力になると信じて大学院まで進学。講師試験に合格したが、採用を拒否された。「トランスジェンダーであることが問題視された以外、考えられない」。2015年に大学を相手取って起こした裁判は3年続き、採用を命じる判決が出た。
「雇用の場は広がっていない」 課題指摘する声
「タイは、性的指向や性自認を表現することには寛容。でも、観光業や娯楽産業以外で、雇用の場はなかなか広がらない」。性別適合手術は盛んだが、性別変更は認められていないという。
でも悲観はしていない。大学には今、複数のトランスジェンダー講師がいる。会議の書類で自分の名前の前に「ナーイ(タイ語の男性の敬称)」とつけられることはなくなった。「性ではなく、能力で人を見るようになってきた」。自身が手がけるジェンダー論の講義には、多くの学生が集まるという。