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LGBT理解の「同調圧力」超えて トランスジェンダー、サリー楓さんが父親に見た希望

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映画「息子のままで、女子になる」=©2021「息子のままで、女子になる」
映画「息子のままで、女子になる」=©2021「息子のままで、女子になる」

作品について語るサリー楓さんと杉岡太樹監督

――楓さんにうかがいます。映画の撮影を引き受けたのはなぜですか。

 大学院生のときにトランスジェンダーであることをカミングアウトしたんですが、当時、就職活動中ということもあって、今後の人生の参考にしようと、自分と同じような境遇の人を探そうとしたんです。

でも、そういった方が全然見つからなくて。いわゆるトランスジェンダーとしての「ロールモデル」になる方がいなくてすごく困りました。

結局、就活もなんとか手探りで乗り越えて、設計会社に就職できたのですが、このとき感じたり、直面したりしたことを何らかの形で残しておかないと、後に続くトランスジェンダーの当事者たちが同じように困るだろうと思いました。

トランスジェンダーだと言うと、すごく特殊がられます。例えば「実は男子なんですよ」と話すと、「美容整形とかメイクに詳しいんだね」とか「新宿2丁目よく行くの?」とか言われたり、さらには「じゃあ、なんか一発ネタとか持ってるの?」と言われたり。

逆に「ああ、つらかったね。頑張って生きてきたね」みたいにものすごく感動されることもあります。いずれにしても、トランスジェンダーのステレオタイプを押し付けられる感じです。

それは自分の実際の日常とは全く違っています。私は普通に大学に通い、普通に就職活動をして、普通に会社に通っています。

もちろん、トランスジェンダーであるが故に、私にとっては普通だけど他の人には普通じゃないということがあるかもしれません。それでも多くの人が共感するような日常を送ってると思うんです。

そういうことをちゃんと伝えたいと思って、SNSなどで情報発信していたところに、この映画の話が入ってきました。

自分がどんな日常生活を送っているかといったリアルを見せることで、トランスジェンダーも皆さんの中にいる存在なんだということを、作品を通じて伝えたいと考え、撮影を引き受けることにしました。

杉岡 補足しますね。僕らを引き合わせてくれたのは、本作のエグゼクティブプロデューサーでもあるスティーブン・ヘインズなんです。トランスジェンダーの人たちが美を競うコンテストがあるんですが、楓さんはその日本予選に出場した際、彼にトレーニングを依頼したんです。

僕は彼と10年来の友人なんですが、彼女がコンテストに向かっていく様子をドキュメンタリーとして撮ってみないかと提案されたんです。

スティーブンは楓さんにも持ちかけていて、それで撮影が始まったという感じです。

彼女はとてもフォトジェニックだったんですね。造形的な美しさもそうなんですが、多角的な意味での美しさ、恐れ、不安といった内面性が体にも表情にも現れていて。ドキュメンタリーの被写体としてはとても興味深いなと。

シンプルに、撮っていて楽しかったんですね。それで撮り続けてみました。

映画「息子のままで、女子になる」で主演したサリー楓さん=同作より、©2021「息子のままで、女子になる」
映画「息子のままで、女子になる」で主演したサリー楓さん=同作より、©2021「息子のままで、女子になる」

――最初から映画にできるという手応えはあったのでしょうか。

杉岡 最初はわからないまま進めていました。LGBTに関するドキュメンタリーは世の中に結構あるんじゃないかと思っていて、僕が撮影する理由はあるんだろうかって考えて、少し慎重に始めました。

アメリカに住んでいたこともあって、ゲイの友人もたくさんいたので、わかったつもりになっていたんです。

周りの人にも「LGBT、撮るのもうよくない?」と言われました。でも「トランスジェンダーの知り合いが身近にいる? 彼ら彼女らがどんな日常を送って、どんな悩みを抱えているか知ってる?」って聞くと、実際はわからないわけです。

僕自身、トランスジェンダーという存在は、自覚的に対面で話すのは楓さんが初めてでした。そこで、これはまだまだ伝えるべきことがあるんじゃないか、あるいは撮影していけば伝えたいことが出てくるのではないかと考えが変わってきたんです。

映画「息子のままで、女子になる」で主演したサリー楓さん=同作より、©2021「息子のままで、女子になる」
映画「息子のままで、女子になる」で主演したサリー楓さん=同作より、©2021「息子のままで、女子になる」

――タイトルを「息子のままで、女子になる」としたのはなぜですか。

杉岡 何も僕が楓さんに対して「あなたは息子だよ」「あなたは息子として存在しなさい」と押し付けようということではないんです。

彼女のアイデンティティーを考えたとき、少なくとも僕としては楓さんのことを女性として見ています。彼女はそれをどう感じるかわからないですけど。僕としてはそのつもりです。

その一方で、楓さんのことを息子としてしか見られない父親がいます。彼は映画にも登場してくれて、僕は撮影を通じてお父さんという存在に触れてしまったわけです。

僕が撮りたいと思ってお父さんを撮らせて頂いて、それに対して彼はカメラの前で堂々と楓さんのことは「息子だと思っています」と言ったわけです。

LGBTを応援するムードが高まっているこのご時世で、きれいごとではなく、ご自分の本音を明かした。それは簡単なことではないと僕は感じたんですね。

その覚悟に対して、僕自身もしっかり受け止めたいと思いました。人としてリスペクトする感情かもしれません。

お父さんが彼女のことを息子として見ているその視線もまた、彼女のアイデンティティーを形作っている一つのパーツであり、その意味で否定されるべきではないと思うんです。

少なくとも僕は否定しない。彼女や他の人は否定するかもしれないけど、それは僕が関知するところではない。

そういう意味で、僕はお父さんのそういったまなざしを引き受けた、と思ってます。それをなかったことにしたり、否定したりする気はなかったので、そんな父親の目線をタイトルに投影させたということです。

映画「息子のままで、女子になる」で主演したサリー楓さん=同作より、©2021「息子のままで、女子になる」
映画「息子のままで、女子になる」で主演したサリー楓さん=同作より、©2021「息子のままで、女子になる」

――楓さんのお父様の発言に、監督は何を感じましたか。

杉岡 楓さんを撮影する中で、僕自身、彼女の悩みや葛藤を聞いてきましたし、当然、彼女は女性としてみられる方が幸せでしょう。

なので、お父さんが彼女のことを娘、女性として見るようになったという「変化」を撮りたかったし、そうであってほしかった。映画的にはね。

そういう希望はかなわなかったけども、ただ、それは僕のエゴなんです。自分が望むお父さん像を彼に押しつけることになり、それはただの暴力です。

多様性がある社会を目指しましょうとなっているときに、意見が違うから排除するというのでは、それが実現できないのではないかと思ったんです。

では、この親子の関係において、一体どこに光を当てたら希望が見えるんだろうか、と。そいうことを考えて作品づくりに向き合ったつもりです。

――その希望というのはどういうものでしたか。

杉岡 最後の映像ですね。それが何かというところに注目していただきたいです。そこに僕が見出した希望の全てがあると思っているので。

インタビューに応じる杉岡太樹監督=東京・渋谷、関根和弘撮影
インタビューに応じる杉岡太樹監督=東京・渋谷、関根和弘撮影

――楓さんにうかがいます。楓さんにとってお父様はどんな存在なのでしょうか。

 うちの家庭では、父に対しては敬語で、お母さんに対してはタメ口なんですよね。やっぱりそれってある種、父を敬いつつ恐れているみたいな。

私、この映画を撮るまで自分のジェンダーについて父親と話したことがなくて。父親が撮影されるのも嫌でした。なぜかというと、絶対にジェンダーの話になるからです。これまでずっと避けてきた話題に触れるので。親子という親密な関係であるが故に話せない、歩み寄れないという矛盾を抱えていました。

映画にも出てくるのですが、同じトランスジェンダーのはるな愛さんから「頑張りすぎじゃない?」「お父さんに認めて欲しかったんだね」って言われて。そのとき、「ああ、そうだったのかもな」と思いました。

あとから振り返ると、ジェンダーについて父親と話さなかったのも、もしかしたら父親に認めてほしいと言う気持ちがあったかもしれないし、一方で、受け入れてもらえなかったらどうしようという恐怖もあったかもしれない。そんな葛藤があったから、話をすることを先延ばししていたんだろうと思います。

映画「息子のままで、女子になる」にははるな愛さん(左)も出演し、サリー楓さん(手前)と語り合う=同作より、©2021「息子のままで、女子になる」
映画「息子のままで、女子になる」にははるな愛さん(左)も出演し、サリー楓さん(手前)と語り合う=同作より、©2021「息子のままで、女子になる」

――撮影が終わった今、そういう心の葛藤は解決されたんでしょうか。

 認めてほしいという葛藤は今もありますし、父親に対する尊敬とか恐れみたいなものもあります。

一方で撮影を通じてうれしいこともありました。正直、父は撮影を断ると思っていました。出演を承諾したことに驚きましたし、次に考えたのはカメラを向けられたとき、お父さんは急に「いい人」ぶるんじゃないかということでした。

LGBTフレンドリーであることが肯定的に受け止められ、逆にそうでないと悪く言われることもある中、「娘と認めます」みたいなことを言うのかなと思ったんです。

でも実際に父が言ったのは真逆に近いことでした。おそらくLGBTフレンドリーを装う方がエネルギーを使わないと思うんですね。それでもあえて率直な思いを言ってくれたのは、それなりの覚悟があったと思うんです。

18年間という長い時間を父と息子という関係ですごしてきて、カミングアウトしたからといってすぐには受け入れられないと思うんですね。父の立場になれば仕方のないことでしょう。

「私はまだ理解できない」とはっきりと言ってくれたことが、何か父親としての責任を果たしているような気がして尊敬したし、うれしかったです。

でもそうはっきり言ってくれたことで、学び合える面もあると思うんですよ。私も色んな情報を提供したり、自分の気持ちを言えたりするので。

そこは何か、父親としての責任を果たしているような感じがして、うれしかったです。もちろん、受け入れてもらえるのが一番ハッピーエンドなんですが、でも世の中の「認めてあげないといけない」みたいなある種の同調圧力に乗っかって、表面上だけ親子を取り繕うよりはよかたったです。私にとってはかけがえのない財産になりました。

今のLGBTブームみたいなものはやっぱり、正面からぶつかってないような気もするんですね。「自分らしくありたい」「自分らしくあっていいじゃん」と言っても、誰もそれを否定しない。わからない人もいるはずなのに、あえて「わからない」とは言わない。なぜなら、「わからない」と言うこと自体がネガティブに受け止められてしまうから。

でも実際には、なかなかダイバーシティーな社会にならないという矛盾。私と父が「対話」したようなことが、世の中でもまだないのでしょう。そう考えたとき、この映画はうちの家庭の中だけではない、何か大きなテーマだと思いました。

インタビューに応じるサリー楓さん=東京・渋谷、関根和弘撮影
インタビューに応じるサリー楓さん=東京・渋谷、関根和弘撮影

――この作品がなければ、お父様と自らのジェンダーの話をすることはなかったのでしょうか。

 おそらくそう思います。私は、トランスジェンダーとしてどういう生活を送っているかというリアルを皆さんに届けたいと思って撮影を承諾したんですね。その時、親子関係もしっかりカメラに収めて発信すべきなんじゃないかと、そこから逃げてはダメなんじゃないかと監督に言われて。

両親には渋々お願いして出てもらったんですが、今考えると、もし撮影がなかったらジェンダーについては、おそらく話をせずに、なんとなく居心地の悪い親子関係だったろうなと思います。

もしかして世の中にいる多くの親子もタブーの話題を持っているかもしれません。それはジェンダーに限らず、コンプレックスや将来の夢や仕事、進学とか。でも親は一番身近な存在であるからこそ相談できないことがある。そういう親子関係の難しさみたいなものは、私に限らずあるよなと、撮影を通して感じました。

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