今年の全州国際映画祭(4月29日~5月8日)では、LGBTの当事者と母親たちを追ったドキュメンタリー映画「Coming to you」(ピョン・ギュリ監督)を見た。全州映画祭は韓国で2番目に規模の大きな映画祭で、今年は48ヶ国の194作品が上映された。大半の作品はオンラインでも見られたが、久しぶりにオフラインの映画祭に参加したくて、全羅北道・全州(チョンジュ)まで足を運んだ。
新型コロナウイルス感染症対策のため座席数が限られていたこともあり、オフライン上映はほぼ売り切れだったが、運良くキャンセルが出て見られたのが「Coming to you」だった。LGBTの当事者として登場する2人のうち1人はゲイで、韓国では暮らしにくいと言ってカナダへ留学する。もう1人はトランスジェンダーで、女性の体に生まれたけれども違和感に耐えられず、性別適合手術を受ける。映画ではむしろ2人の母親たちが主人公で、カミングアウトにうろたえ、葛藤しながらも少しずつわが子を理解し、寄り添っていく様子が描かれた。
母親たちの成長物語には感動したが、韓国でLGBTの当事者が置かれた状況の厳しさには言葉を失った。例えばLGBTへの差別反対を呼びかけるデモに当事者と母親が参加する姿が出てきたが、そのデモを阻止しようとする人たちが、まるでヘイトスピーチのように酷い言葉で罵声を浴びせ続ける様子も一緒に映し出された。
劇映画ではトランスジェンダーの高校生を描いた「ヨコヅナ・マドンナ」(2006)など以前からLGBTが登場する作品はあり、近年では北海道の小樽で撮影された「ユニへ」(2019)も女性同士の恋愛感情を描いた作品として注目を浴びた。「ヨコヅナ・マドンナ」は高校生の主人公が、性別適合手術の費用を稼ごうと「シルム」と呼ばれる韓国の相撲で賞金を狙う話、「ユニへ」は学生時代に互いに好意は持っていたが日本と韓国に離ればなれになった女性2人が小樽で再会する話だった。
一定の観客に向けた映画はタブーに挑むことも多いが、お茶の間で老若男女が見るドラマでもLGBTの登場が目立ってきた。これは、ある程度視聴者に受け入れられるようになってきたからだろう。
ドラマ「サバイバー:60日間の大統領」(2019)は国会議事堂爆破により大統領が亡くなり、主人公パク・ムジン(チ・ジニ)が臨時の大統領(大統領権限代行)を務めるというストーリーで、米国のドラマのリメイクだが、実際の韓国社会の様々なイシューが取り上げられた。その一つが同性愛者への差別だった。
パクは次期大統領候補として立候補を表明して初めての公式スケジュールとして映画祭受賞作の試写会に出席する。その場で作品の監督は自身がレズビアンであることを公表し、メディアはパクの出席は同性愛者を支持する政治的意図があったと報じた。同性愛者への差別禁止を盛り込んだ「差別禁止法」の制定をパクが進めようとしている、というのだ。世論は激しく反発する。
ドラマの中では、差別禁止法は国連の再三の勧告にもかかわらず、韓国では国民の合意が得られないという理由で、長年にわたって制定できない法律となっている。実際はどうだろうか? ニュースをたどってみると、差別禁止法について韓国の国会で議論されるようになったのは2007年からだが、いまだに制定には至っていない。政治に少なからず影響を与えるキリスト教団体が「同性愛を助長する」などと反対しているという。
一方、「梨泰院クラス」では、トランスジェンダーのマ・ヒョニ(イ・ジュヨン)が偏見に立ち向かう。
マ・ヒョニは主人公パク・セロイ(パク・ソジュン)が営む飲み屋「タンバム」の料理長で、料理対決番組に出演して勝ち上がり、一躍人気者となる。ところが、決勝戦の直前に自身がトランスジェンダーであることが報じられる。マ・ヒョニは動揺するが、セロイをはじめ「タンバム」の仲間たちの温かい言葉に背中を押され、見事に1位を勝ち取る。ドラマのハイライトのような場面でもあり、トランスジェンダーが偏見に打ち勝ったという強い印象を残した。
「サバイバー」「梨泰院クラス」共に、韓国社会の偏見を前提にしながら、視聴者に問題を投げかけた形だ。
さらにドラマ「それでも僕らは走り続ける」(2020~2021)では、もっとさりげない形でゲイが登場した。脇役の一人、コ・イェジュン(キム・ドンヨン)がゲイであることを家族にカミングアウトし、母はショックを受けるが、妹は「私も男が好き。男が好きなことがそんな大したこと?」と兄のイェジュンを励ます。主人公を含め、意思疎通の難しい変わり者たちが、互いの違いを認め合って成長していくストーリーだっただけに、すんなりはまるエピソードだった。
韓国で法的にLGBTへの差別を禁じたり、同性婚を認めるまではまだ時間がかかりそうだが、映画やドラマに様々な形で登場するようになってきたこと自体、社会の変化の兆しのように感じる。