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「LGBT理解増進法案」三つの迷走ぶり その違いは?当事者「現状より悪くなる」

World Now 更新日: 公開日:
自民党本部前で、LGBTへの差別発言に抗議する人たち=2021年5月30日、東京・永田町、内田光撮影

「LGBT理解増進法案」が迷走している。2年前に自民を含めた超党派議連でまとめた法案を、与党が修正。元の案は立憲・共産・社民が提出。さらに維新・国民による独自の案の3案が提出されているのだ。性的マイノリティーへの理解を広げることを目的にした法案だが、当事者らからは「これほどまでに後退するとは」と嘆く声が聞こえてくる。
LGBT関連団体の代表者らと面会する岸田文雄首相(右)=2023年2月17日、首相官邸、上田幸一撮影

「外圧」で進むも党内保守派の反発で先送り

自民を含む超党派の「LGBTに関する課題を考える議員連盟」が法案をまとめたのは2016年にまでさかのぼる。

海外で同性婚の法制化の動きが次々と起きたことや、2015年に東京都の渋谷、世田谷区で初めてパートナーシップ宣誓制度が導入されるなどの流れを受けたものだ。

しかしこの法案はその後5年「棚上げ」されていた。東京オリンピック・パラリンピックを前にした2021年、法案提出の機運が高まった。五輪憲章が、性的指向を含むいかなる理由の差別も受けない権利と自由をうたっているためだ。さらにこの年の3月、札幌地裁で同性愛者らに対して、「同性婚を認めないのは差別にあたる」とする初の判決が出たことも後押しとなった。

LGBT理解増進法案の要旨
国や 自治体
・基本計画を策定し、施策の実施 状況を公表
相談体制の整備に努める
・関係省庁による連絡会議の設置
事業者
・労働者への啓発、 就業環境の 整備などに努める
学校
・教育環境の整備、 相談機会の 確保などに努める
LGBT理解増進法案(原案)の要旨(朝日新聞から)

だが結局このときも、「伝統的家族観」を重視する自民党内の保守派議員からの強力な反発があり、国会提出は見送られた。

今年になって再び法案提出の動きがあったのは、広島で開催したG7サミットという「外圧」のためだった。
5月の開催を控え、G7の中で唯一、同性カップルに対して国として法的な権利を与えず、LGBTQに関する差別禁止規定を持たない議長国日本の対応が注目されていた。

そんななかで2月には荒井勝喜首相秘書官(当時)の「(性的少数者が)隣に住んでいるのもちょっと嫌だ」という差別発言があり、岸田文雄首相が同性婚の法制化で「社会が変わってしまう」という国会答弁も、世界中から批判や反発が起きた。4月にはエマニュエル駐日米大使が、日本の取り組みを「米国の大使として、個人として気にしている」と発言した。

岸田首相はサミット前に議長国としての体面を保とうと法案提出を急いだ。だが、中身は保守派議員らの反発を受けないよう修正された。

G7 同性婚ができる国 法律施行年

カナダ○  2005年
フランス○2013年
英国 2014年 北アイルランドは 2020年
米国 2015年
ドイツ 2017年
イタリア 未定 2016年にパートナー 制度を法制化
日本 X  未定 一部の地方自治体 でパートナー制度。 4月1日現在で少なくとも278 自治体が導入。人口の約 68%を占める


差別禁止規定
カナダ ・フランス・ 英国・米国・ドイツ
国内法や判例などで性的マ イノリティーの人たちへの差 別などを禁止

米国
米連邦最高裁は20年、性別 による差別を禁じた公民権法 について、性的指向や性自認 による差別も対象にしている と判断

フランス・ドイツ・イタリア
欧州連合(EU)加盟国は、 EU法で雇用での性的指向に よる差別を禁止


日本
性的マイノリティーの人たち への差別などを禁止する国 レベルの明文化規定なし
(NPO法人EMA日本、み んなのパートナーシップ 制度などの資料から)
G7 同性婚ができる国/差別禁止規定(朝日新聞から)

「差別は許されない」→「不当な差別はあってはならない」に

与党修正案の主な変更点は三つある。

2021年に超党派でつくった原案(立憲・共産・社民が提出)にあった「差別は許されない」という記述を修正案は「不当な差別はあってはならない」に変えた。

また、原案の「性自認」は与党修正案ではすべて「性同一性」に変更。「自認の性で権利を認めれば、トイレや風呂で性を都合良く使い分け、犯罪につながるケースもある」などの主張に対応したという。

また、原案にあった性的少数者への理解を促す「学校の設置者の努力」の文言が削除された。「性教育だって十分にできていない」「子どもが混乱する」と複数の反発意見が上がったことに対応したものだという。

「LGBT理解増進法案」 自民の主な修正点
2021年の超党派合意案との比較
法案名
性的指向及び性自認 →性同一性の多様性 に関する国民の理解の増進に関する法律案

立法の目的
全ての国民が、 その性的指向又は性自認に かかわらず、 等しく基本的人権を享有するか けがえのない個人として尊重されるものであ るとの理念にのっとり、性的指向及び性自認 を理由とする差別は許されないものであると この認識の下に、→削除

定義 
「性自認」 → 「性同一性」とは、自己の属する性別についての認識に関する 性同一性 →その同一性の有無又は程度に係る意識をいう
基本理念
性的指向及び性自認 →性同一性を理由とする 
不当な差別は許されない→あってはならない
学校の設置者の努力
7条 「学校の設置者の努力」の文言 →削除
条文の位置づけを 「6条の2」 に→変更
LGBT理解増進法案 自民の主な修正点(朝日新聞から)

維新・国民民主案は、与党の修正案をベースに、「性同一性」に改めた部分は、日本語に訳す前の「ジェンダーアイデンティティ」に修正して「折衷案」だと主張する。

そのほか維新・国民案には「全ての国民が安心して生活できるよう留意する」との条文が新設。学校でのLGBTに関する教育・啓発の規定を「保護者の理解と協力を得て行う心身の発達に応じた教育または啓発」と明記されている。

また支援団体が啓発の取り組みとして原案にあった「民間の団体等の自発的な活動の促進」を削除した。

そもそも不十分な「理解増進」法案 独自案の根拠は「フェイクニュース」?

当事者や支援団体などは修正案や独自案を批判している。

LGBT法連合会の神谷悠一事務局長は、「2年前にできた原案に対しては、不十分だが、それでも一歩だということでかろうじて評価できると声明を出しました」と話す。「まさかこの最終段階で与党案の議論がこれほど後退するとは」

同連合会では、そもそも就職時の差別やいじめの問題、ハラスメントによる自殺などを防ぐためには、単なる啓発をうたう「理解増進法」ではなく「差別禁止法」が必要だと訴えてきた。

だが原案で理念として掲げられた「差別は許されない」というごく当たり前の文章すら「不当な」がつき、「不当でない」差別、許される差別があるかのようだという批判が上がった。国民民主党からは「多数派への配慮」という言葉も出てきていて、神谷さんは「当事者の方を向いていない。現状の改善どころか悪くなるのでは」という懸念も抱く。

さらに議員とのやりとりでは、「トランスジェンダーがトイレや公衆浴場に無理やり入ることでトラブルが起きる」「アメリカではLGBTの教育で混乱が起きている」などの声があり驚いたという。

「トランスジェンダーと犯罪を結びつけるフェイクニュースやデマを根拠にしたり、アメリカでの極右のバッシングを社会混乱として議論しているんです」。その結果維新・国民案では「全ての国民の安心」という条文の新設や「保護者の理解と協力」といった文言が追加されたとみている。

立憲・共産・社民案 (超党派議連案)
性的指向及び性自 認を理由とする差別は許されない
この法律において 「性自認」とは、自己 の属する性別につい ての認識に関する (中略)意識をいう

自民・公明案
太字部を「不当な 差別はあっては 「ならない」に修正
太字部を「性同一性」に修正

維新・国民民主案(自民・公明案が) ベース」
自民・公明案のまま
「ジェンダーアイデ ンティティ」に修正
LGBT理解増進法案 与野党3案の違い(朝日新聞から)

また同案では啓発の取り組みとして原案にあった「民間の団体等の自発的な活動の促進」を削除したのは、「支援団体が利権団体であるかのような発想ではないか」と批判する。

名古屋地裁では30日、同性婚を認めないのは「憲法違反」との判決が出るなど、性的マイノリティーの権利に関して前向きな動きもある。

だが神谷さんは、「そもそもこの法案に賛成している議員は同床異夢も。権利擁護の動きが進む中で、逆に押さえ付けるためにこの法案を使おうという発想もあるのでは」と警戒している。