『バオバオ フツウの家族』は、英国と台湾を舞台にしたレズビアンとゲイのカップル2組の物語。画家シンディ(雷艾美=エミー・レイズ)とジョアン(柯奐如=クー・ファンルー)の同性カップルは、子どもを持ちたい願いを叶えるため、同じように願うジョアンの取引先チャールズ(蔭山征彦、35)と植物学者ティム(蔡力允=ツァイ・リーユン、34)の同性カップルと協力し、共同で妊活に励む。体外受精でシンディが2人の子どもを妊娠し、それぞれ育てようという計画だ。だが、そう簡単にすべてが進むはずもなく、次第に精神的なダメージや失意を抱えたシンディは、台湾へひとり帰郷する。
台湾はアジアで早くから、同性愛者の権利運動が展開されてきた。性的少数者の権利を訴えるパレードは2003年から中華圏で初めて開催、台北版はアジア最大規模と言われる。2017年には憲法裁判所にあたる大法官会議が、同性婚の届け出を受けつけないのは憲法が定める「婚姻の自由」や「平等権」に反するとして違憲判決を出した。2016年の政権交代で誕生した蔡英文政権は、多様性や性的少数者の権利向上を掲げ、同性婚を認める特別法が今年5月、可決に至った。
LGBTは台湾の小説や映画、ドラマにも多く取り上げられてきた。米国で同性婚を禁じる州がまだ多かった頃、同性愛を描いてアカデミー賞3冠となった米映画『ブロークバック・マウンテン』(2005年)を手がけたのは台湾のアン・リー監督(64)で、アジア初のアカデミー監督賞を手にした。今作『バオバオ フツウの家族』の柯は、ドイツ・台湾合作映画『Ghosted(原題)』(2009年)でも同性愛者を演じている。ちなみに柯は、日本の人気コミックを原作とした台湾ドラマ『流星花園~花より男子』で道明寺の婚約者を演じ、日本にも知られるようになった。
『Ghosted(原題)』から10年、舞台となったドイツも2017年に同性婚を合法化している。「10年の間に、社会全体がLGBTをだんだん受け入れられるようになってきているとは思う」と柯は言う。だが同時に、「確かにLGBTをテーマにした作品は台湾の方が日本より多いけれども、台湾でも多くの人たちはやはり、LGBTをなかなか受け入れられないんだという感覚はありますね」とも語る。
台湾では、特別法の可決に先立つ昨年11月、同性婚をめぐる住民投票が実施された。『バオバオ フツウの家族』の台湾での公開はその22日前の11月2日で、「この問題に多くの人がとてもセンシティブになっていた時期だった」(柯)。柯は同性婚実現への署名運動に参加したほか、「住民投票の投票方法について広める活動もした」という。
ネット上では11月、実際の同性カップルと今作の出演陣が語り合う動画をYouTubeにアップ。柯が「将来子どもを持ったら、どんなことを言いたい?」と問いかけ、同性カップルのひとりが「男の子は青い服、女の子はピンク色というバカげた決めつけをされないといいな」「泣けてくる」と天を仰ぎながら答える様子に、共感するコメントが多くついた。
それでも住民投票は、「民法の婚姻規定は同性婚を保障する」が賛成少数で不成立となった一方で、「民法の婚姻規定は男女に限る」は賛成多数で成立する結果に。そうして同性婚の合法化は民法改正ではなく、特別法の形で決着したのだった。「この住民投票からもわかるように、現実の理解は私たちが思っているよりもっと厳しい」と柯は話す。
「同性婚の合法化はとてもうれしいことではあるけれど、心配もやはり半分くらいある。かなりのチャレンジだという予感がある。台湾は一歩先に進んでいてとても開放的に見えるかもしれないけれど、目に見えない保守的なものがまだ根強く残っている。マイナスの声はずっとこの社会にあるわけで、これからどういう事態がいろいろ起きてくるか、どういう苦難に向き合わなければならないかが未知数で、少し心配ですね」
台北芸術大学出身の柯はもともと、「同性愛の友人が周りに割といた。そういう人たちがいること自体、自然だった」という。そこへ『Ghosted』出演で、「LGBTやフェミニズムにすごく関心が高く、社会運動もしているドイツの女性監督と仕事をし、より関心も強まったそうだ。「だから今回の映画にも本当に自然に入っていくことができた。私にとっては、同性婚についてまだまだ声高に言って認めてもらわなければいけなかったというのがちょっと不思議。社会は自然にそうあるべきだと感覚的に思ってきた」
ただ、それでも「性的少数者本人の友人は知っているけれど両親は知らない、というケースは多い」。台北に比べて台中や台南だと「同性愛者をなかなか受け入れにくい感覚がある」など、地域差もある。
そうした状況は今回の『バオバオ フツウの家族』でも描かれている。柯が演じるジョアンは中南部出身の設定で、両親は台湾語を話す本省人。ティムらも、親との関係は難しい。「親の世代は、自分の子ども世代が自然に受け入れているLGBTの問題になかなかついてこられない点。そうした状況を、監督は人物設定にちゃんと反映させていました」
柯によると、この映画を見た女性の友人が「実は、私も同性愛者」とカミングアウトしてきたという。「彼女が初めて打ち明けてくれて、すごくうれしかった。この映画が心を開放してくれたのかな、って思いました」。LGBTでない人たちからも、映画を見て「気持ちがすごく理解できる」といった感想が寄せられたという。「LGBTを題材にした映画をもっとたくさん撮って、社会の理解をもっと深めていくべきだと思う」と柯はますます感じるという。
日本もLGBTを描いた映画やドラマが増えつつあり、性的少数者のカップルに証明書類を発行する自治体の輪も少しずつ広がっているが、同性婚の合法化というと、道のりは遠く感じられる。
とはいえ、柯からの見え方は少し違うようだ。「日本は一見するとすごく保守的に見えるかもしれないけれども、進んだ面もいろいろあるように思う。日本の統一地方選でLGBTの立候補者が出ているのを見て、台湾に比べて日本は実は進んでるんじゃないかと思った。台湾からすると日本がうらやましく、日本に学ばないといけないなと思う」
台湾では日々、法的に夫婦となった同性カップルが増えている。柯が心配する「いろいろな問題」も、これから顕在化していくのだろうか。柯は言う。「それを扱った映画がいずれ出てくるんじゃないかと思う。もしかしたら、そんな同性夫婦のひとりとして私も出るかもしれませんね」