野球やゴルフなど選手の動く方向がある程度予測できる競技と違い、サッカーは、ボールも人も絶えず動き続けるため、客観的な分析や評価が難しいといわれてきた。
それを可能にしたのは、ある映像分析ソフトだ。
開発したのは、2015年に韓国で創業した「Bepro」(ビプロ)。
ビプロのソフトでは、シュート、ドリブル、パス、クロスといった19の動きを映像からAIを用いて識別する。
ベストイレブン「印象」ではなくデータで選出
これまでひとつひとつ数えていた作業をAIに覚え込ませ、パスやシュートの本数に限らず、デュエル(1対1の攻防)の勝率や受け手の平均位置情報など大量の項目を1日足らずで解析できるようになった。
専用カメラで選手間の距離や選手のトップスピードも計測できる。欧州などのトップクラブでは練習場でもDFライン間の距離の修正などに使っているという。
ビプロの技術は、これまでのサッカーの大会の「常識」も変えた。
「決勝でのヘディングゴールはインパクトが大きかった」
「ボールタッチにセンスを感じる」
これまで、サッカーの大会における優秀選手(ベストイレブン)はこうした関係者の「主観」で決まっていた。
それが、今年2~3月にあった大学サッカーの大会で変化が起きた。プロへの登竜門「デンソーカップ」。そのベストイレブンの受賞理由には、AIがはじきだしたデータが並んだ。
「パス成功数78.3回は1位」
「インターセプト7.5回で、主要な守備指標で大会上位」
きっかけは、ある大会で優勝チームから10人も優秀選手が選ばれたこと。
「人の『印象』ではなく、客観的なデータで示せないかと考えた」と全日本大学サッカー連盟の櫻井友理事はいう。
そのデータを生み出したのは、ビプロのソフトだ。
ビプロの竹田英司・日本統括マネジャーは「若いうちからデータを見る習慣をつけ、サッカーを深く理解させたい」と育成年代への普及にも力をいれる。
「攻守の切り替えを早くしろ」
「走りが足りない」
育成現場ではこれまで、こんな「決まり文句」が飛び交っていた。データがあることで、たとえば、
「後半30分以降の運動量が落ちている」という声かけが生まれる。
データ活用し選手強化 欧州で先行、韓国と日本でも
選手の動きを追跡データとして生かす取り組みは、2014年のワールドカップで優勝したドイツが採用し、欧州でデータ活用は着々と進む。韓国ではビプロが協会と連携し、15~18歳以下の強化に参画。パフォーマンス評価やデータ指標を採り入れた。
ドイツのフランクフルト、イタリアのACミラン、横浜F・マリノスや浦和レッズ……。20カ国、約1000チームがビプロを利用する。日本の大学でも15校が採用する。
試合後に選手たちのスマホに大量のデータが共有される─。ビプロのソフトを導入した九州産業大(福岡市)サッカー部を訪ねると、欧州のトップクラブでは普通の光景が広がっていた。
「試合後にスマホを見て今日はパスの成功率が高かった、といった話をするようになりました」。鷹巣直希主将が言った。
九産大は昨季、4大会ぶりに全日本大学選手権に出場した九州の中堅校。浜吉正則監督は欧州の指導者ライセンスも持つ。
本田圭佑が実質オーナーを務めたオーストリアのSVホルンで監督を務め、欧州の現場で感じた持論は「選手は客観的な指標を理解することで伸びる」。ビプロだけでなく、GPSを使って走行距離を測定するなどデータを用いた戦術分析に力を注いできた。
一方で、データの数値向上だけを追い求めても試合には勝てない、という。
例えば、「走る本数を増やそう」と言っても「何のために走るのか、自分たちがこういうプレーをしたいから走るという原則を理解していなければ、意味がない」と浜吉監督。
「パスの本数を多く」と声をかけても、相手ゴールから遠いDFライン間のパスが多ければ、点に結びつかない。「アグレッシブなサッカーをしたいから、DFライン間ではなく、斜めのパスを増やそう、と目的を示して数字を見せることで説得力が出る」
欧州のトップクラブでは、理想のプレーをAIに学習させるシステムの開発も進む。AIがはじき出したモデルを目指し、戦術や個人のパフォーマンスを引き上げていく。そんな循環も生まれるかもしれない。