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データでつくる「最強のチーム」 スポーツ界の勝ちパターン、企業でも使えるか

World Now 更新日: 公開日:
SAPのスポーツ専用クラウド「Sports One」の機能を説明するスヴェン・シュヴェーリン=ヴェンツェルさん

データから人間の「価値」を測り、理想のチームをつくる。スポーツ界で進化を遂げてきた手法は、日本企業の人事評価にも応用されつつある。膨大な社員の情報を深層学習(ディープラーニング)によって分析するAI(人工知能)の登場で、近未来の人事評価にはどんな可能性があるのか? そして、気になるリスクは? 最先端のシステムを開発するドイツのソフトウェア大手「SAP」を訪ねた。(玉川透、写真も)

ドイツ西部フランクフルトから車で約1時間半。のどかな田舎町ワルドルフに、SAPの本社はある。人事など企業向けの管理アプリケーションで世界屈指のシェアを誇るグローバル企業だ。

「我々が開発した専用ソフトで、チームとしての勝利、戦略立案を保証します」。スポーツ部門の責任者、スヴェン・シュヴェーリン=ヴェンツェルさん(49)がパソコンでソフトを立ち上げた。大型スクリーンにサッカーのドイツ代表選手たちの顔写真と、多くの数値が映し出される。横の画面では、昨年の公式戦の映像が時間軸に沿って進む。

「パスやシュート、ファウルなど全選手の行動がデータ化され、試合の映像にひもづけられています。どのタイミングで誰がどんなプレーをしたか、瞬時に確認できます」

「サッカー大国」ドイツの代表チームは、2014年のW杯ブラジル大会で24年ぶりの優勝を果たした。不振をはね返すのに貢献したのが、独サッカー連盟と提携して戦略分析などを担った、SAPのテクノロジーだったと言われる。

SAP本社内に展示されているサッカードイツ代表チームのユニフォーム

スポーツ専用のクラウドソフト「Sports One」に入力されるデータは膨大だ。高性能カメラで試合を撮影し、選手22人とボールの動きを1秒あたり25コマで記録。選手の首と両足首に特殊なセンサーを取り付け、試合中の体温や心拍、汗の量などコンディションの変化も刻一刻と計測する。

「1試合のデータ件数は億単位、それ以上かもしれない。選手の心身への負担も分かります。分析結果を元に監督やコーチが次の試合のチーム編成など戦略を練ります」。ブラジル大会では、独ケルン大学のスポーツ専攻科の学生ら50人の協力を得て処理・分析に当たったが、将来はAIの導入も検討されているという。

なるほど。選手たちは丸裸にされてプレーしているようなものなんだ。サボっていて、後で疲れていて走れなかったと言い訳しても、ばれちゃいますね? スヴェンさんは、笑ってうなずく。「ただし、責任追及にデータは使いません。あくまで戦略の改善やけが予防のためです」

SAPのツールは、バスケットボールやアイスホッケーなど他のチームスポーツでも活用されている。昨年のテニス全米オープン女子シングルスで優勝した大坂なおみ選手のチームも、コミュニケーション強化に利用していたという。

スポーツ分野のノウハウは、SAPが開発する人事評価ソフトへの応用も期待できる、とスヴェンさんは言う。「収集したデータを元に、社員の心身の負担や不安が増すのを未然に防ぎ、その時の調子の善しあしを見て最適なチーム編成もできるようになると思います」

かつて人事評価といえば、能力の高い順に採用し、全員に一定の成果を求めるイメージが強かった。しかし、少子高齢化などで人的資源が限られる現代は、ゴールを狙う選手もいれば、アシストに徹する選手もいる、そんなチーム編成こそ必要なのかもしれない。

昨年のW杯ロシア大会で、ドイツ代表チームはまさかの1次リーグ敗退だった。どんなにデータを駆使しても、運の要素は無視できないということか? スヴェンさんは言う。「データ分析のスキルをさらに向上させれば、その運も良い方向に変えていけるはずです」

■上司と部下の会話をAIが分析、退職予測も

SAPでは、自社で開発した「SAP SuccessFactors」と呼ばれるクラウド型人事管理システムを人事評価に積極的に活用している。「かつてはA、B、Cといったレーティング(格付け)が中心でしたが、今は人事評価に使う情報はただ一つ。上司と部下が面談で交わす『会話』です」と、同社日本法人「SAPジャパン」の担当者、南和気さんは言う。

SAPジャパンの南和気さん

具体的にはこうだ。少なくとも四半期に1回、全社員約9万人について上司と部下が目標の進捗(しんちょく)や取り組みの状況について一定時間、面談する機会を設けている。その会話を記録した録音データを、そのまま文章としてデータ化し、AIの自然言語解析の技術で単語レベルまで解析する。すると、会話の中に出てくる特定の言葉の頻度などによって、上司と部下の相性の善しあし、仕事に対する部下のモチベーションの低下などを高い確率で予測できるというのだ。

「様々なデータを吸収しAIが深層学習(ディープラーニング)することで、従業員の退職予測もある程度できるようになりました。この人は近々、退職する可能性があるというランキングが定期的に示され、そのデータに基づいて人事部が未然に防ぐための手立てを講じることができます」と南さん。ええっ、面談の会話だけでそんなことまで分かるんですか?! 自分の会社でも上司との面談はあるけれど、私はこれが大の苦手だ。早く終わって欲しいと、適当な受け答えをして時間が過ぎるのを待つのが常だった。でもそれじゃ、ダメなんですね?

「以前のシステムでは、人事情報の評価歴を見てもAとかBとか記号でしか分からなかった。それをいくらAIに読み取らせたとしても、ただの線グラフが出てくるだけです。でも、『会話』なら、前の部署でどんなことをしてきたのか、それを上司がどう受け止めたのか、客観的に、しかも膨大な情報がAIに読み込ませることができます」と、南さんは言う。

だからこそ、「上司の会話能力が重要です」とも強調する。上司も部下も人間だ。口ベタな人もいれば、そりが合わない場合もいる。でも、上司がうまく部下の本音を引き出せないと、いくら優れたAIでも適切な分析ができない。そこでSAPでは、部下とのコミュニケーション能力を高める訓練を各本社の管理職に定期的に実施している。上司1人が受け持つ部下の数も理想的とされる8~10人に抑えるようできるだけ調整しているという。

でも、そこまで「会話」にこだわらなくても、記述式にすればAIも分析しやすいのでは? 南さんは首を横に振る。「記述式はコミュニケーションが表面的になりやすい。相手の話を聞いてメモをとり、疑問に思う点を尋ねて深掘りする。こうしたやりとりがないと、本音のところまで聞き出せません」

さらにSAPのシステムは、「人材選抜」という機能も備えており、手作業なら気の遠くなるような人材データもAIなら瞬時に判断し、あらゆる組み合わせの中から最適なチームを提案してくれる。たとえば、イノベーションを生み出せそうな「ポテンシャル人材」や、将来会社を支える「部長候補」のグループといった具合だ。

SAPジャパンによると、「SAP SuccessFactors」は、世界約6700社で導入されているという。SAP米国法人の責任者、アミー・ウィルソンさんは言う。「人間のアドバイザーのように、どの社員がどのような潜在能力を持ち、伸ばすべき能力はなにかを助言できる点に加えて、さらに時計やバンドといったウエラブル端末からデータを読み取り、社員の健康促進に役立てたり、ゲーム的な要素を入れて社員の能力を引き出したりといった活用法も検討されています」

■人事評価にAIは必要か?

昨年、米アマゾンがAIによる人材採用システムを開発しようとしたが、AIが「女性嫌い」で使い物にならず、断念したと、ロイター通信が報じて話題になった。欧州連合(EU)は、昨年5月に導入した「一般データ保護規則(GDPR)」で、AIなどによる自動処理のみで個人の重要な決定がされてはならないことを権利として明記した。

最近、AIによるバイアス(偏見)という言葉を耳にする。最後に判断するのは人間とはいえ、AIにデータを読み取られて、人事に口出しされるのは、正直良い気持ちがしないなあ。

『機械の創造的な力』という著作を最近出版したドイツのAI専門家、ホルガー・フォラントさん(49)は、こう語る。「バイアスという点でいえば、むしろ人間にこそ、それがあるのです。その一つが、自分と似たタイプを好む傾向です。たとえば、採用面接で同じ大学を卒業した人とそうでない人を比べたら、優先的に同窓生を採用する可能性が高まります。人間だとそのような偏見を人事決定にも反映させる傾向がありますが、AIを利用すれば、それを乗り越えることができる。AIに学歴を考慮しないよう学習させれば、人間より良い判断ができるかもしれません」

ドイツのAI専門家、ホルガー・フォラントさん

フォラントさんは、人事評価にAIを活用する流れは今後もどんどん加速していくと認める半面、「まだデメリットの方が大きいのではないか」と主張する。「AIは確率をベースに機能しているので、測定し、集積して比較できるデータが必要です。だから、サッカー選手の動きや筋肉の強さなど測定できるデータの分析は得意ですが、創造性や表現力など測定できないデータは評価できません。今、ほとんどの企業は新しいことを考える力、組織をかき乱す意思を持つ人を必要としている。考えが異なる人による混乱は、ポジティブな面もある。そんな人材を見つけられるのは、今のところ人間だけです」