1. HOME
  2. World Now
  3. 「不毛の地」今は昔 米国にもサッカー人気がやってきた

「不毛の地」今は昔 米国にもサッカー人気がやってきた

Insight 世界のスポーツ 更新日: 公開日:
冬場はフットサルで練習するアーロン・ハード君 Photo: Yuko Lanham

かつて米国は「サッカー不毛の地」と呼ばれるほど、サッカーの人気がなかった。なぜか。

2014年のワールドカップ(W杯)ブラジル大会の開幕日に、ワシントン・ポスト紙は「Against the World Cup(W杯に反対)」というコラムを掲載した。筆者のアレクサンドラ・ペトリは、こんな見方を書いている。

●(海外の多くの国でサッカーは)フットボールと呼ばれるが、これはフットボールではない。アメリカンフットボールが、フットボールだ。
●サッカーとは8歳までの子供が親から強いられるスポーツである。
●サッカーは、ほとんど点が入らない。興奮した選手が走り回るフィールドの芝が育つのを見ているようなものだ。
●優れた外国選手を何週間も見るのがグローバリゼーションだというなら、孤立主義のほうがましに聞こえる。

ユーモアを交えながら、「W杯は見なくてもいい」と読者に呼びかけた。少なからぬ米国人の本音を代弁しているように思えた。

だが、米国代表はこの大会でベスト16と健闘。1次リーグのポルトガル戦では、約2500万人がテレビ観戦し、米国のサッカー中継の新記録となった。

スター選手も参入

米国では長年、サッカー人気が広がらなかった。1967年には世界の一流選手が参加して「北米サッカーリーグ(NASL)」が設立されたが、人気が一部のチームに偏るなど経営に行き詰まり、85年に解散した。94年のW杯米国大会をきっかけに、少しずつ人気が高まり、96年にプロリーグ「メジャーリーグサッカー(MLS)」が開幕した。2007年にデービッド・ベッカムがスペインの名門レアル・マドリードからMLSのロサンゼルス・ギャラクシーに移籍し、一気に注目を集めた。

MLSの本部 Photo: Yuko Lanham

米国とカナダの20クラブが参加するMLSの本部は、ニューヨークにある。取材に応じたMLS副社長のダン・コータモンチは、米国サッカーの未来を、自信満々に語った。

「見てください」と差し出されたパンフレットには、元イングランド代表主将スティーブン・ジェラードや、元ブラジル代表カカらの写真が載っている。彼らを始め、今や多くのスター選手が、MLSでプレーする。

ただ、コータモンチが強調したかったのは、スター選手の存在ではなく、サッカー人気を示す「数字」の方だった。

18歳から34歳を対象にしたスポーツ放送局のアンケートによると、サッカーを「最も好きなスポーツ」として挙げた人は、アメリカンフットボール、バスケットボールに次いで3番目に多かった。18歳以上のサッカーファンは7000万人近くいるとみられ、06年に比べると4割以上も増えている。

昨年のMLSの1試合平均の観客数は約2万1500人と、前の年に比べ13%近い伸びを示した。アメフトと野球よりは少ないものの、バスケットとアイスホッケーを上回ったという。

サッカー人気は、「若い世代と、(サッカーファンが多い)ヒスパニック系の人口増に支えられている」。約20年前には2700万人だったヒスパニック系の人口は、現在5500万人。「スペインの人口より多いんだよ!」とコータモンチは手を広げた。

ライバルの「壁」

冬場はフットサルで練習するアーロン・ハード君 Photo: Yuko Lanham

米国サッカー協会は、米国代表の底上げを図るため、若手育成にも力を入れている。07年に発足した「アカデミー」という教育プログラムがその中核をなす。

MLSを含む約90の有力クラブが「アカデミークラブ」に指定され、才能にあふれる選手たちが、トレーニングを積み、チーム対抗のリーグ戦を行っている。そこでは、プロや大学のスカウトたちが目を光らせ、とりわけ優秀な選手を引き抜く。

米国内の枠を超えた試みも始まっている。「Next Gen USA」という団体は、イギリスの有力クラブのアカデミーで教えた経験を持つコーチが所属。米東部のクラブチームから優秀な選手を集め、欧州とのパイプを生かして、選抜チームで欧州遠征も行っている。

サマーキャンプに参加する予定のアンドリュー・ハード(11)は、「欧州でプロ選手としてプレーするのが夢」と語る。弟のアーロン(9)とともに、メリーランド州の強豪クラブで活躍する。

父親のデリック・ハードは、大学時代はバスケットボールの選手で、一時はプロになることも考えたほどの実力の持ち主だ。息子たちにバスケットをやらせたこともあるが、サッカーにしか興味を示さないという。「サッカーは、ポジショニングがバスケとも似ているし、実は面白いんだよね」と、今ではサッカーにはまっている。

ただ、米国のサッカーファンの多くが、MLSファンというわけではない。ハード一家も、テレビ観戦するのは、もっぱらレベルが高い欧州のプロリーグだという。MLSのコータモンチは、「米国のサッカーファンの目を、もっとMLSに向けたい」と話す。

米国のサッカー人気は、ヒスパニック系の人口増など、米国内のグローバル化に支えられている。一方で、ファンの関心も、選手の移籍も、米国内にはとどまらず「グローバル化」している。米国サッカーの未来には、明るさと厳しさが共存している。

日米の違いは 中村武彦氏に聞いた

MLS国際部などに勤めた後、スポーツマネジメント会社「ブルー・ユナイテッド」を立ち上げた中村武彦氏に、日米のサッカーの違いについて聞いた。

カナダのMLSと日本のJリーグはともに、設立からほぼ20年。現在、MLSの1試合あたりの観客動員数は、Jリーグより多い。

かつての米国のプロリーグは、ペレなどのスター選手を呼んだが失敗した。MLSは、フロントに優秀な人を集め、自前のスタジアムにもお金をかける。ロサンゼルス・ギャラクシーも、経営基盤を固めてからベッカムを呼んだ。

MLSは、収入の約4割をチケット販売が占め、Jリーグなど他の多くの国より高い。各チームが多数の販売促進の社員を置いて、地元密着で頑張っている。日本のJリーグも、やり方次第で販売収入が伸びると思う。

日本のサッカーの技術は世界レベルで、美しくボールは運ぶけれど、なかなかシュートにいかない。米国は不器用だけれど、バスケットに似てゴールまでの最短距離を探る。両極端なんでしょう。工藤壮人が柏レイソルからMLSのバンクーバーに入団したり、メリーランド大の遠藤翼がMLSのドラフト1巡目でトロントに指名されたり、日米の関わりが増えてきたのはうれしい。