「相手の選手がみんな、僕を見ていたんですよ」
2010年の世界選手権。真鍋氏はタブレット、iPadを手にしていた。イタリア発祥のソフト「データバレー」の分析が表示されていた。
データ活用しメダル獲得 だが「外れる」ことも
バレーでは試合中に、アナリストがデータを収集分析する。
選手ごとのスパイクの決定率や効果率、トスの傾向、レシーブの成功率……。
それまではベンチ裏のパソコン画面や印刷された紙を見なければならなかったが、タイムアウトの際にiPadで瞬時に伝えられる。司令塔のセッターには画面を見せ、誰がこの日よく決めているかを教えた。
21世紀に入り、日本はデータバレーのソフトを導入。独自に場面に応じた細かいデータを集め、分析するコートのエリアを細分化した。
2008年の北京五輪でメダルを逃した後、女子の監督に就いた真鍋氏は情報戦略班を強化。マイクロソフトのウィンドウズ用だったデータバレーを独自にアップルのiPadで見られるようにした。
2010年の世界選手権で3位に入り、32年ぶりのメダルを獲得した。ロンドン五輪では、3位決定戦で、相手の韓国に相性のよい迫田さおりを起用した作戦もはまり、宿敵を破った。
数々の成功の陰には、失敗もある。
身長の低い日本の最大の弱点はブロックだ。スパイクを打つ選手を読み切れば、止められる可能性が上がる。トスを上げるセッターのあらゆるデータを人工知能(AI)も用いて、分析した。
ローテーションやフォーメーション、得点、場面に応じたトスのデータをもとに、ブロックの戦略を立てた。
「でもね、これが外れるんですよ」
セッターはデータ通りにトスを上げてくれなかったのだ。
「経験に基づいてトスを上げるベテランなら、当たる確率は高かった。でも、ひらめきで上げる若いセッターもいる」
結局、この分析データは活用しなかった。2016年リオデジャネイロ五輪は、5位に終わった。
「ほかにも、面白い失敗例がありますよ」
「スポーツは大逆転があるから面白い」
就任した当時、日本が先に8点取った時の勝率は8割、16点だと9割近くまで上がり、21点だと92%になった。このデータを示すと、司令塔のセッター竹下佳江に疑問を投げかけられた。
「先に8点取られたら、私たちは勝てないということですか?」
「スポーツは大逆転があるから面白いんや」と返した真鍋は「ID野球」を掲げた故・野村克也さんのこんな言葉を思い出した。
「一流選手になればなるほど数字を疑う」
それでも真鍋氏はデータに基づき、策を練った。
「スタートダッシュが大事。先に取った方がサーブが強く打てる。とにかく先行だと」
ラグビーでは、試合前に時に感極まって涙を流してグラウンドに入る。親交のあった元ラグビー日本代表監督の故・平尾誠二さんからヒントを得て、全員で円陣を組み、試合に臨んだ。
「でも、バレーは公式練習に国歌斉唱もあって、始まるまでに30分ぐらいかかる。テンションだだ下がりで……」。試合は惨敗。以来、試合前に気合を入れすぎるのもやめた。
「間違ってはいけないのは、統計は大事だけれど、データは過去。過信したらダメなんです」
2010年世界選手権の3位決定戦では、フルセットに持ち込まれると、竹下に言った。
「好きにやれ。最後はお前に任せる」
iPadを使うのをやめ、米国に競り勝った。竹下は試合後、こう言ったという。
「あれで監督を信用した」
ロンドン五輪では、登録選手からアタッカーの石田瑞穂を外すと、ほかの選手たちから一緒に行きたいと懇願された。ベンチ外の選手として連れて行ったが、石田の母親の体調が悪化し、日本に戻った。
「選手たちは彼女のために頑張ろうと結束した。目に見えない力が働いた」
チームは一つにまとまり、28年ぶりのメダルを獲得した。
データは選手選考にも生かしているが、「最後の1、2人は悩むけれど、数字では決めない。石田のように誰からも好かれる選手、雑用も進んでやるような選手が必要なんです」と言う。
復帰後にまずデータ集め でも勝敗は別
10位に終わった東京五輪後、5年ぶりに監督に復帰した真鍋が最初に手を付けたのは、やはり、データの収集と分析だった。東京五輪の上位8チームの試合データを集め、情報戦略班と分析した。
「現状では金メダルは無理。でも、数字を見ると、頑張ればメダルは取れるかもしれない」
一方で、データは必ずしも勝敗を示さない。
昨年10月の世界選手権の準々決勝。日本はブラジルに2-3で敗れた。
スパイクの決定率に効果率、サーブやブロックで挙げた得点、レシーブの返球率は、すべて日本が上回っていた。
「数字で勝って、試合で負けた。典型的な『見えない力』。ブラジルの勝負に対する執念、貪欲さです。『真鍋イコールデータ』と言われるが、最後は人間がやる」