1. HOME
  2. 特集
  3. スポーツ×(データ+AI)=進化?
  4. 大谷翔平とヌートバー「虎の穴」で飛躍 成長要因は秘密?日本のプロ選手も続々

大谷翔平とヌートバー「虎の穴」で飛躍 成長要因は秘密?日本のプロ選手も続々

World Now 更新日: 公開日:
ヌートバーのバッティング解析画像=写真(左)は西岡臣撮影、解析画像(右)はドライブラインのHPより

足を踏み入れると、壁に飾られたユニホームに目が留まった。

「OHTANI 17」

白地に赤の背番号。大谷翔平のエンゼルスのユニホームだ。

ドライブラインの研究・トレーニング施設に飾られていた大谷翔平のユニホーム(左)
ドライブラインの研究・トレーニング施設に飾られていた大谷翔平のユニホーム(左)=2023年4月、米シアトル、稲垣康介撮影

アメリカ・ワシントン州シアトル郊外にあるドライブライン・ベースボール。この研究・トレーニング施設は、大リーグのスターから日本のプロ野球選手、さらには子どもから大学生らまで、幅広い世代が門をたたく。データ解析に基づくトレーニングに励む「虎の穴」であり、けがからの再起をめざす選手の「駆け込み寺」でもある。

体の動きをデータ化し分析「モーションキャプチャラボ」

大谷がここを訪れたのは2020年のオフシーズンだった。

同社の環太平洋担当ディレクター、フランク南野さんは、大谷がキャンプ開幕までの数カ月間、鍛錬に明け暮れていた姿を覚えている。

2020年シーズン。米国挑戦3季目の大谷はけがの影響もあり、振るわなかった。投手としての登板はわずか2試合で0勝1敗。打者としては打率1割9分、7本塁打にとどまった。

ドライブラインでのトレーニングを経た翌2021年、大谷はメジャーでも二刀流が開花した。今年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本を優勝に導き、今や大リーグの顔だ。

何が大谷を変えたのか。大谷自身は多くを語らない。ドライブラインの創業者カイル・ボディさんに聞くと、笑いながら返された。「大谷がここでトレーニングしていたのは事実。ただ、僕の口から大谷が成長した要因を話すのは控えておくよ」

ドライブラインの心臓部は「モーションキャプチャラボ」だ。選手の体に48個のマーカーをつけ、14台のカメラで動きを解析する。蓄積した膨大なデータをもとに、生体力学の専門知識を持つトレーナーがアドバイスする。

「モーションキャプチャ」の解析用のマーカーを体につけた投手
「モーションキャプチャ」の解析用のマーカーを体につけた投手=2023年4月、米シアトル、稲垣康介撮影

「ピッチデザインラボ」では、球の回転数、回転軸、リリース時の腕の高さや角度、球の縫い目への指のかかり具合などを録画し、投球を可視化していく。1球ごとに、フォームを確認し、改善を図れる。
大谷は施設を離れても、ドライブラインの練習メニューを続けている。

球場では、カラフルなボールを壁に当てて投げている。100グラムから2キロまでの10種類の「プライオボール」だ。重さで負荷を変えることで指、手首、筋肉の正しい使い方が身につく。

WBCに向けた中日との走行試合前、投球練習をする日本代表の大谷翔平。手には、ドライブラインの「プライオボール」
WBCに向けた中日との走行試合前、投球練習をする日本代表の大谷翔平。手には、ドライブラインの「プライオボール」=2023年3月4日、ナゴヤドーム、西岡臣撮影

腕に巻き付けているのはセンサー付きのギア「パルス」。投球に伴うひじへの負荷などを計測し、けがの予防に役立てる。ともに同社が監修する商品だ。

「モーションキャプチャ」は、大谷の打撃の成長も促した。打撃で大切な3要素は、バットを振る速度、打球を飛ばす角度、選球眼だが、2021年の開幕前、身体能力も向上させた大谷のデータを見たスタッフは「本塁打50本は打てるのでは」と驚異的な数値に驚いたという。

この年の実際の成績は、46本塁打。投球でも9勝2敗とファンを魅了した。

創業者の原点はけが予防 日本のプロ野球選手もサポート

ボディさんが2012年にドライブラインを立ち上げた原点は、選手のけがの予防とパフォーマンス向上への情熱だった。自身も野球が好きだったが、けがで断念せざるを得なかった後悔があった。

ドライブラインの創業者のカイル・ボディさん
ドライブラインの創業者のカイル・ボディさん=2023年4月、米シアトル、稲垣康介撮影

2000年代初頭、大リーグでは統計学を用いた選手の評価手法を導入したアスレチックスが旋風を巻き起こしていた。席巻した新理論は「セイバーメトリクス」。重視されたのは、打率や打点ではなく、出塁率や、OPS(出塁率+長打率)という指標だった。その物語「マネー・ボール」はブラッド・ピット主演で映画化もされた。

データ解析に興味があったボディさんは、筋肉の仕組みなどの文献を読みあさり、研究者と議論を重ね、ブログを書き、ドライブラインの設立につなげた。

WBCを制した侍ジャパンのメンバー、ラーズ・ヌートバー(カージナルス)も、ドライブラインの門下生だ。

ヌートバーが訪れたのは、マイナーリーグに在籍していた2020年3月。物足りなかったのがバットを振る速度だった。重さや長さの違うバットでティーバッティングをするなどフォーム改造に努め、打球に鋭さと安定感が増した。ボディさんは「スイングの速度が増し、打球を打ち出す角度が上がり、飛躍的に進歩した」と称賛する。

ヌートバーのバッティング解析画像
ヌートバーのバッティング解析画像=写真(左)は西岡臣撮影、解析画像(右)はドライブラインのHPより

WBC優勝後の今年4月下旬、シアトルでの試合の合間に施設を訪れたヌートバーに感謝されたという。「日本代表の面々に、ドライブラインについて質問攻めにされたと言っていた。我々の親善大使になってくれた」。ボディさんの母親は日本人。だから、日本への親近感もある。

WBC前から、シーズンオフに日本のプロ選手のシアトル詣では盛んだった。今季メッツに移籍した投手の千賀滉大も信奉者だ。いま、年間を通してサポートしている日本の球団の選手は、上沢直之(日本ハム)、近藤健介、周東佑京(ともにソフトバンク)、高橋光成(西武)ら約30人いる。

大リーグでも「ドライブラインを体験した選手は全体の5%程度にはなる」(同社広報)。スタッフが次々と球団に引き抜かれていることが、評価の高さを証明する。

昨季はヤンキースのマイナーリーグ(1A)タンパの監督に女性のレイチェル・バルコベックが就いて話題になった。今季はエンゼルスのアシスタント投手コーチに、ドライブラインで大谷を指導したビル・ヘゼルが就任して注目された。

データ公開が哲学 今後はAIによる分析も

ボディさんの哲学はデータの公開だ。

「私自身、ドライブラインのノウハウはオープンデータから多くを学んで蓄積した。情報を公開することで信頼感が増し、日本をはじめ研究者とのコラボが進む。アイスホッケー、バスケットボール、テニスなど他競技の関係者の問い合わせも増えている」

動作の解析・評価と1カ月間、プロと同じレベルで能力向上のサポートを受ける料金は50万円程度だ。
ボディさんは、脚光を浴びる生成AI(人工知能)の本格活用を射程にとらえる。

「今はデータ解析の結果を個々のスタッフのノウハウで選手に還元しているけれど、モーションキャプチャで動画を撮影したら、AIが最適なメニューを提示する技術開発を進めている」

ドライブラインは、ユース年代の選手たちもトレーニングする
ドライブラインは、ユース年代の選手たちもトレーニングする=2023年4月、米シアトル、稲垣康介撮影

皆がAIを活用してフォームが画一化し、個性が失われる恐れは?

「興味深い質問だ。でも、投手と打者は、互いに追いつき、追い越す努力で進歩してきた。時速160キロを超す直球を打ち返すホームランを見るのは、単純に爽快じゃないか」

夕方、施設には小学生から高校生の年代の子どもたちが集まってきた。大リーグ選手と同じ最新鋭の機器で練習する。飽きないよう、ゲーム感覚で楽しめる工夫が指導から見て取れた。週3回のユースアカデミーの料金は年間5000ドル(約70万円)。

「うまくなることを実感できれば、より楽しくなる。子どもたちが本当に野球の魅力に気づくには、楽しむことが欠かせない。我々はうまくなる近道を助言できる」