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アルテミス計画で米国はなぜ再び月へ? アポロ計画から半世紀、背景に「地球の危機」

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
アメリカの宇宙船・アポロ11号が人類として初めて、月面への着陸に成功。星条旗のそばでポーズをとるオルドリン飛行士
アメリカの宇宙船・アポロ11号が人類として初めて、月面への着陸に成功。星条旗のそばでポーズをとるオルドリン飛行士=1969年7月、NASA提供

月を拠点に火星を目指すアルテミス計画

長島氏によると、アポロ計画は米国が自国の威信をかけた「科学的な国家事業」(長島氏)だったという。この頃、米国は人工衛星の打ち上げで旧ソ連に先を越されるという「スプートニク・ショック」のただ中で、軍事・科学技術部門の改革に奮闘していた。

長島純氏
長島純氏=2022年6月、東京、小村田義之撮影

アポロ計画は、当時のケネディ大統領が1961年5月、「1960年代の終りまでに月着陸を実現させたい」と議会で演説したのが発端だった。米国は当時、ソ連と激しい宇宙開発競争を繰り広げていた。

ケネディ大統領の演説の直前にあたる1961年4月、ソ連の宇宙飛行士、ユーリー・ガガーリンがボストーク1号で史上初めて宇宙飛行に成功していた。「とにかく、人類を月面に立たせ、無事に帰還させるのが目標でした」。長島氏はこう指摘する。

ユーリー・ガガーリン
ユーリー・ガガーリン=イタル・タス提供

そして1969年7月。アポロ11号のアームストロング船長らが初めての月面着陸に成功し、米国だけではなく世界が熱狂した。

これに対し、アルテミス計画は2025年に初の女性宇宙飛行士による月面着陸を目指しているが、これが最終目標ではない。トランプ米大統領(当時)は2017年末、月に拠点を築き、そこを足がかりに将来の火星探査につなげるとする「宇宙政策指令1」に署名した。

米国は2030年代にも火星の有人探査を始めたい考えだ。月に拠点を建設するほか、火星に行くための中継地点として、月の近くに新たな宇宙ステーション「ゲートウェー」をつくる。飛行士が生活する居住棟などを段階的に打ち上げていき、規模を拡大していく。

米フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられた新型ロケットSLS(アルテミス1)
米フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられた新型ロケットSLS(アルテミス1)=NASA提供

月の南極には多くの氷があるとされ、飲み水や燃料に使える可能性がある。水だけでなく、鉄やアルミニウムなどがあるとされ、ロケットや基地の材料としての使用も期待されている。

長島氏は「アポロ計画当時は、人類が24時間、365日の間、月に滞在できるだけの技術がありませんでした。当時から半世紀が経ち、技術の急速な進化を背景に、宇宙に進出できる力が人類に備わってきたと言えます」

米中ロの宇宙開発競争

では、米国など関係諸国が、アルテミス計画に力を入れる背景には何があるのか。一つには、激しい国際間競争がある。アルテミス計画も当初は28年の月面着陸を計画していたが、トランプ政権は突如、計画の4年前倒しを決めた。

米国は2011年の宇宙船スペースシャトルの退役後、自前で宇宙に飛行士を運ぶ手段を失った。国際宇宙ステーション(ISS)への往復もロシアの宇宙船を頼っている。2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まった。

最後の打ち上げに成功したスペースシャトル・アトランティス
最後の打ち上げに成功したスペースシャトル・アトランティス=2011年7月、米フロリダ州のケネディ宇宙センター、安冨良弘撮影

中国も2022年10月末、独自の宇宙ステーション「天宮」のモジュール「夢天」を打ち上げ、ドッキングに成功するなど、猛烈な勢いで宇宙開発を進めている。国際社会で、米国が主導する自由主義陣営と中・ロ両国が引っ張る権威主義陣営の対立が深まるほど、宇宙開発競争にも拍車がかかる構図になっている。

また、長島氏は「経済的な理由もあります。宇宙は産業・資源の場として重要なのです」と語る。人類が月や火星を目指す背景には、金属やレアアースなど、新しいエネルギー源を求めた資源探査という性格が強くなっているという。長島氏は次のように述べる。

「例えば、宇宙空間に太陽光パネルを設置すれば、地球環境の汚染を気にせずにエネルギーをつくれるでしょう。作り出したエネルギーをケーブル(軌道エレベーター)でつないで地球に運ぶという構想もあります」

アルテミス計画、もう一つの背景に「地球の危機」

アルテミス計画は宇宙ステーションを拠点に、月から火星にロケットを飛ばすことも考えている。地球から火星に飛ばすより、無重力空間から発射した方が効率が良いためだ。

「小惑星探査機はやぶさのように、様々な資源を地球に持ち帰る試みが相次いでいます。今後はディープ・スペース(深宇宙)に向かう探査機も増えるでしょう」。長島氏はそう見通しを語る。月面や月周辺での経済活動について、市場規模が2040年には23兆円になるという民間の予測もある。

そして、長島氏は「まだ先の話かもしれませんが、地球の危機も背景の一つにあるのです」とも指摘する。それは地球を襲う気候変動の問題だ。

地球の平均気温上昇は、現状の温室効果ガスの排出が続けば今世紀末に産業革命前と比べて3.2度に達する見通しだ。世界は、産業革命前からの気温上昇を1.5度に抑えることを目標としている。

しかし、国際共同研究団体「グローバル・カーボン・プロジェクト」は2022年11月、現在のような二酸化炭素(CO₂)の排出水準が続けば、50%の確率で9年以内に1.5度を超えてしまうかもしれないとする報告書を、国連気候変動会議(COP27)に合わせて発表した。

同じ排出水準が続けば、パリ協定が掲げた、気温上昇を2度未満に抑える目標も、50%の確率で30年後に超えてしまうという。国連のグテーレス事務総長はCOP27で各国代表に対して「私たちは、気候変動地獄へと向かう高速道路(a highway to hell)を、アクセルを踏んだまま走っている」と警告した。

長島氏によれば、気候変動を予測する専門家たちの多くは、「地球は、すでにティッピング・ポイント(tipping point・後戻りできない地点)を超えた」と述べ、次のように言う。

「これから、気候変動の速度を遅らせることができても、人間が地球上に存在する以上、解決できないという指摘だと受け止めています。それこそ、宇宙空間に新たな移住先を求めざるを得なくなるかもしれません。その際には、無重力の宇宙環境で新たな生活を開始するために、人類が厳しい試練に直面する事態は免れないでしょう

地球を襲う危機は、アルテミス計画が火星探査でその使命を終えることを許してくれないだろう。