――宇宙の汚染のリスクはいつごろから議論されていたのですか。
生命体の「持ち出し」「持ち込み」による汚染のリスクは、1957年に旧ソ連が世界初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げた直後から科学者の間で考えられてきました。地球から地球外天体への汚染を「前方汚染」、地球外天体から地球への汚染を「後方汚染」と言います。
翌58年には国際科学会議が天体汚染特別委員会を開き、惑星保護方針(Planetary Protection Policy=PPP)をまとめました。これを国際宇宙空間研究委員会(COSPAR)という国際組織が引き継いでいます。66年採択、67年発効の宇宙条約で国際法上の根拠ができています。
――どのような天体が汚染される可能性があると考えられているのですか。
現時点では、PPPで保護される太陽系天体は火星と、木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンケラドスの3つです。いずれも水の存在が科学的に観測されている天体です。衛星は今後増える可能性が大きいとみられています。
地球からの前方汚染に関しては、火星などへの探査機では増殖可能な微生物を50万個以下にするルールがあり、滅菌後の細菌量を検定する培養法なども決まっています。
――ウイルスによる宇宙の汚染はどのように考えられているのでしょうか。
ウイルスは宿主がいなければ増殖できないからと、これまで特に対策は求められてきませんでした。しかし、ここ10年ほどCOSPARで「ウイルス対策も考えるべきではないか」という議論が活発になってきました。ウイルス量の測定方法から開発しなければならないので難題です。JAXAとしても今後、ウイルスに詳しい人にご協力を頂き、研究開発していきたいと考えています。
COSPARでの議論の背景には、火星の有人探査計画が浮上してきたこともあります。細菌やウイルスまみれの人が火星に行くとなると、地球から火星への前方汚染が一気に現実味を帯びるからです。米航空宇宙局(NASA)は火星で無人探査車を走らせるときも探査車で汚染しないように、水の存在が確認されて生命体がいるかも知れない場所は注意深く避けてきました。
火星の居住区から細菌やウイルスがどれぐらい放出され、どれぐらい生き残るかを月探査や国際宇宙ステーション(ISS)などでのデータに基づいて推定しようという話になっています。
――地球の外から未知の生命体が入ってきて地球が汚染される可能性はありますか。
前方汚染は「固有の生態系がもしあれば、影響を与えるべきでない」という倫理観に基づくものです。一方で、地球の人類に影響するような後方汚染はより真剣に避けなけなければなりません。
人類初の月面着陸を成し遂げた米アポロ計画では当初、地球帰還後の宇宙飛行士を特別な検疫施設に3週間隔離する対策が取られました。ISSでは飛行士の皮膚にいる細菌が変わることなどが確認されています。今後の有人宇宙活動でもこうしたデータをさらに蓄積し、火星では飛行士自身や居住区内のフローラ(細菌叢=細菌の多様性とそれぞれの数)を継続的にモニターすることになるでしょう。大きな変化があれば、何らかのエンカウンター(遭遇)があったのではないかと疑うことになります。そうしたことが起きたらどうするか、NASAでもCOSPARでも検討が始まっています。
ふじた・かずひさ 1967年、長崎県生まれ。専門は極超音速空気力学、宇宙探査工学、惑星保護など。2018年から現職。はやぶさとはやぶさ2のサンプルリターン事業、火星衛星探査計画などに携わる。